【 夏、お兄ちゃんとお姉ちゃん 】
◆cfUt.QSG/2




11 名前:No.03 夏、お兄ちゃんとお姉ちゃん 1/3 ◇cfUt.QSG/2 投稿日:07/05/12 20:25:27 ID:0yfkP69S
「お兄ちゃん、アレやってよ、アレ」
「アレか? ミチルはほんとにアレ好きだな」
「だってかっこいいんだもん」
 さらさらときれいな水が流れてる小さな川の横で、わたしはお兄ちゃんにお願いした。 
「よーく見とけよ」
 そう言うと、お兄ちゃんはおせんべいみたいな石を持って、川を狙って横向きにまっすぐ投げた。
 一回、二回、三回……十二回。ピョンピョンピョンと石が水の上をはねていく。向こう側までとんでって、どこかに隠れちゃった。
「いつ見てもすごいね!ね、もう一回、もう一回」
「はいはい」
 さっきと同じような石を見つけると、お兄ちゃんはまた石を投げる。くるくる回って、水の上。まるで生きてるみたいに、石は走っていく。
「いいなあ。わたしにも出来るようになる?」
 背の高いお兄ちゃんを見上げながら、わたしは聞いた。
「練習すれば出来るようになるぞ。やってみなよ」
 そう言いながら、持ちやすそうな石を渡してくれる。お兄ちゃんのまねをして、えいっ。
「沈んじゃった」
「一回目で出来たら天才だって。俺もいっぱい練習したんだぜ」
「れんしゅう?」
「そ。何回も投げてると、そのうち出来るようになるから」
 優しく笑ってくれる。まだ夏休みが始まったばかりなのに、お兄ちゃんの顔は日に焼けてて、なんだか、強そうだった。
 一年に数回しか会えないお兄ちゃん。わたしとお兄ちゃんの関係はいとこっていうんだって前にお母さんが教えてくれた。
 わたしは一人っ子だから、友達でもなくて、一緒に住んでるわけでもないお兄ちゃんは、特別な人って感じ。気持ちいい風ときれいな景色の中で、お兄ちゃんはすごい人に見えた。

12 名前:No.03 夏、お兄ちゃんとお姉ちゃん 2/3 ◇cfUt.QSG/2 投稿日:07/05/12 20:25:59 ID:0yfkP69S
「ほら、もう一回投げるからよく見とくんだぞ」
 うん、とうなずいて、わたしはお兄ちゃんをじっとみつめた。腰をひくくして、左手を後ろにひいて、投げる。左手って使いにくそうだけど、なんだかあこがれちゃう。
「わかったか?」
「やってみる」
「よし、がんばれ」
 また、投げやすそうな石を渡してくれる。えいっ。
「ダメだあ」
「さっきよりだいぶよくなったぞ」
「ほんと!?」
「ああ、ほんとだ。ほら、次の石」
 思い切りがたりないのかな。そう思って、今度は思いっきり投げてみた。思いっきり。
 石が、どこかにいっちゃった。まわりを見渡すと、白いワンピースに麦わら帽子をかぶったわたしより年上の女の子が、しゃがみこんでいた。
「お、おい、大丈夫か!」
 お兄ちゃんがその子のところに走っていく。わたしは、びっくりしてそこから動けなかった。
 何か話してるみたいだけど、わたしのところまでは聞こえてこない。
「ミチル。こっちおいで」
 お兄ちゃんがわたしを呼んでる。初めて見る、お兄ちゃんのこわい顔。おこった顔。
 ゆっくりと、お兄ちゃん達に近づいていく。そばまで行くと、そのお姉ちゃんの足に、赤い血がついていた。
「こういうとき、なんていうんだっけ?」
 なんて言えばいいか、わたしはわかっていた。でも、言葉にならなかった。
「なんていうの?」
 お兄ちゃんがもう一度言う。こわい。こんなのお兄ちゃんじゃない。
「みちる」
 さっきの優しい笑顔はドコ。こわい。いやだ。どうして。

13 名前:No.03 夏、お兄ちゃんとお姉ちゃん 3/3 ◇cfUt.QSG/2 投稿日:07/05/12 20:26:32 ID:0yfkP69S
 わたしは、逃げた。頭のなかがぐるぐるまわってる。ごちゃまぜの、ぐしゃぐしゃで。はしって、はしって、はしって。
 カツン。左足がなにかに引っかかって、わたしはころんだ。ひざから、血が出た。いたい。ひざも、むねのあたりも。
「ほら、走るから」
 お兄ちゃんがわたしのところに来た。まだちょっとこわい顔。でも、ちょっと心配してくれてるみたいにも見えた。
「ごめんなさい」
 おもわず、口から言葉が飛び出した。
「それは俺じゃなくて。わかるよな」
「……うん」
「じゃあお姉さんとこ行こ。で、歩けるのか」
 お兄ちゃんの顔が、やさしくなった。
「歩けない」
「しょうがないな、ミチルは」
 そういうと、お兄ちゃんはわたしをだっこしてくれた。絵本とかで王子様がよくやってる、お姫様抱っこ。ちょっと恥ずかしかったけど、うれしかった。
 お姉ちゃんの前で、お兄ちゃんはわたしをおろした。絵の中から出てきたみたいな、夏のお姉さんみたいな人。
「石をぶつけてごめんなさい」
 わたしは、ちゃんとあやまることが出来た。お兄ちゃんのおかげだ。
「いいよ、そんなに傷もひどくなかったし。ねえ、あなたも水切り、好き?」
 そのお姉ちゃんの白い手には、お兄ちゃんが使ってた石と同じような石があった。
「大好き!」
 大きな声で返事をした。
「そっか。わたしも出来るんだよ、水切り」
 そう言うと、川の方を向いて、石を投げた。ポーン、ポーン、ポーン。九回で、向こう側までとんでいった。
「すごい!」
「おっと、これは負けてらんないな。ミチルもそのうちできるようになるぞ!」
 お兄ちゃんはとっても楽しそうに、石を探し始めた。お姉ちゃんもやわらかくわらってる。わたしも、笑顔になった。むねのあたりのいたいのも、どっかにとんでっちゃった。
 わたしの、わたしたちの夏は、はじまったばかり。ゼッタイお兄ちゃんとお姉ちゃんをおいこすんだから。



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