【 海岸通りを駆ける二輪車 】
◆cfUt.QSG/2




60 :No.14 海岸通りを駆ける二輪車 1/3 ◇cfUt.QSG/2:07/05/06 23:31:32 ID:vXs62cuE
 のーてんきに晴れ上がった空。初夏の海岸通りに潮風が爽やかに吹きつける。
 が、俺はそれどころじゃない。
「あと、十五分しかない」
 俺は、急いでいた。これまでにないほどに。相棒であるマイ自転車のペダルをこれでもかとばかりに踏み付け、ひたすら前に進む。すぐ横を悠然と走る車が憎らしく思える。
 砂浜にはまばらな人影があったが、それをゆったり見ている余裕があるはずもなく、横目で流しつつ自分の脚に鞭を撃つ。
 目的地である港まではまだ距離がある。普段なら三十分はかかる場所だ。
「まだ、まだ間に合う」
 半ばうわ言のように呟き、全力で自転車を走らせる。首筋を汗がつたう。ゆるやかなカーブを右に一回、左に一回、そしてまた右に一回。
「確かここに」
 近道。かなり前に見つけた、細い横道。幅の割に交通量が多いのが難点だが、ここを通らなければ間に合わない。
「待ってろよ、真希」
 自転車を横道に向け、細い道に飛び込む。下り坂。ぐんぐん加速する。こんな時じゃなければ、俺は鳥になる、なんて言っているところだ。
 坂を下っていくと、眼前にヘアピンカーブ。なぜこんなレーシングサーキットのような曲がり角があるのか疑問を抱きつつも華麗にターン。そう、華麗に。のはずだった。
 真っ赤な影が、ハイスピードで目に飛び込んで来た。反射的にブレーキを握り締め、車体を倒す。
 キキーッ。
 ふたつのブレーキ音。俺の体は、アスファルトに叩きつけられた。生温い地面。自転けられた。生温い地面。自転車が少し離れたところに倒れていて、タイヤがカラカラと力なく回っていた。
「ちょっと、あんた大丈夫か」
 女性の声が聞こえ、俺は頭を上げた。長い髪で、背の高い女の人が心配そうにのぞきこんでいる。おっと、ナイスバディ。そんな事を考える余裕があるあたり、俺は無事なようだ。
「なんとか、大丈夫なようです。すいません」
 思考回路も異常無し。だが、何かを忘れている気がする。
「よかった。そんなに急いでどこへ行くつもりだったんだ」
 その言葉で、俺の脳内のシナプスが高速でつながった。
「港です。幼馴染みが離島へ引っ越すので、見送りというか、一言言ってやろうと思ってたんですけど、間に合わないそうにないですね」
 俺は、力なく笑った。すると、その人は無言で立ち上がり、真っ赤なバイクの方へ向かった。先ほどの影はあれだったようだ。


61 :No.14 海岸通りを駆ける二輪車 2/3 ◇cfUt.QSG/2:07/05/06 23:31:54 ID:vXs62cuE
「これ」
 戻ってきたその人に渡されたのは、黒いヘルメットだった。
「乗せていく。大切な人なんだろ。私にも責任がある」
 それだけ言うと、その人はバイクにまたがった。
「いいんですか」
 無言で前を向き、エンジンを一度だけふかした。OKサインらしい。
「じゃあ、失礼します」
 そう言ってバイクの荷台にまたがった。だがバイクに乗った経験のない俺はどうすればいいのか分からない。
「あのう、どうすれば」
「どこか掴みやすいとこ掴め。五秒後に発車だ」
 無愛想だが、いい人らしい。三秒考え、車体を両脚で強く挟み、腰のあたりを掴んだ。
 その瞬間にスタート。あと二秒どこだよ。置いていかれそうになる衝撃に、必死で耐えた。腰を強く掴みすぎたかもしれないが、やはりそんなことを考えている余裕など無かった。
 自転車より高速で、パワフルな走行。さっきと変わらないはずの海岸通りが違って見えた。
 目の前には、細い背中。俺の手は遠慮がちに腰に置かれたままだ。事故の衝撃や間に合うかどうかの不安、見ず知らずのこの女性のことなどで、心の中が不安定だったが、意識だけは真希に向かっていた。

 港についたのは、船のでる五分前だった。
「さあ、行って来い」
 あいかわらず無表情で、でもその人は送り出してくれた。感謝しつつ、すぐに真希を探す。
 いた。船に乗り込もうとしている。
「真希!」
 気付くと、叫んでいた。が、届かない。強い潮風で声が掻き消される。
「真希!!」
 もう一度、さっきより大きな声で叫ぶ。外から見ればただのイタイ子。だけど、そんなのどうでもよかった。
 真希が、振り向いた。
「楽しんでこいよ!」


62 :No.14 海岸通りを駆ける二輪車 3/3 ◇cfUt.QSG/2:07/05/06 23:32:10 ID:vXs62cuE
 生まれた時から一緒だった真希。一緒に笑って、一緒に泣いて、互いに喧嘩して、互いに謝って。真希は、いつも俺と一緒だった。
 真希がいなくなるのは、俺の人生というジグソーパズルから大きなピースが欠けてしまうということに他ならない。だから、俺はこう考えることにした。ちょっと長めの休暇で、海へ船旅に行くのだと。お土産話を持って帰ってくるのだと。
 俺は手を振った。ちぎれんばかりに。真希も振り返した。何か言ったようだが、風に阻まれた。それでも、気持ちは伝わった。根拠のない確信がそこにはあった。そして、船は出発した。

「言えたか」
 赤いバイクの元に戻ると、長い髪の先ほどの女性が声をかけてくれた。
「ええ。ありがとうございました」
 深く頭を下げる。
「そうか。ところで、お前のメールの着信音は長いんだな。通話だと思って思わず開いてしまったんだが」
 そう言うと、その人は俺に俺の携帯の画面を見せた。事故の時に落としたのを拾ってくれていたらしい。
 差出人は、真希だった。
「いってきます」
 絵文字も顔文字も、句読点もないたった六文字。でも、これで全てが分かる。俺の言葉は、確かに伝わっていた。
「さ、行こうか」
 そう言うと、その人はバイクにまたがり、ヘルメットを手にとった。
「ひとつ聞きたいんですけど」
 出発の前に俺は尋ねる。その人は手を止め、こちらを見た。
「手は腰でよかったんですか?」
 無言で前を向き、エンジンを一回ふかす。意外と不器用な人なのかもしれない。
「じゃあ、失礼します」
 そう言って、バイクにまたがる。腰に手をあてた瞬間、スタート。頬にあたる潮風が、心地よかった。
 バイクの免許をとろう。あいつが帰ってくるまでに。海を、遠ざかる船を見、目の前の細い背中を見ながら俺は心に決めた。



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