【 波の向こうに 】
◆D7Aqr.apsM




51 :No.12 波の向こうに 1/5 ◇D7Aqr.apsM:07/05/06 23:17:42 ID:vXs62cuE
 石造りの街は、瓦礫にまみれ無惨な姿をさらしていた。
 廃墟となった街の広場に面した、崩れかけた一軒家。
 壁に背中をあずけ、カルロは足を投げ出して座っていた。床は泥と瓦礫に覆われ、地面と変わりない。
 見上げればそこには薄曇りの空が広がっていた。
 この廃墟に迷い込んで、既に半日が過ぎようとしている。ジャングルブーツとまにあわせの野戦服は
汗と泥にまみれていた。目を保護する為のゴーグルが顔に食い込んで痛い。
「ほっ! ……はっ!」
 相棒のキイはホルスターから銃を抜き、戻す、という早撃ちの動作を繰り返していた。
 両手で。
「思ったんだけどさ」
「なんだよ?」
「二丁拳銃って、弾切れになって、弾倉を交換する時はどうするんだ?」
「は? 問題ねーよ。その前に敵を一掃するから」
 キイは両手の中でくるくると拳銃を回すと、勢い良く前に突き出して見せた。キメのポーズ。もちろん、
銃は横に倒している。
――相当練習したんだろうなあ。
 カルロはそんなことを思いながら自分のライフルの残弾を確認した。
 ライフルに五発。まだ使っていないマガジンが一つ。煙幕を張る手榴弾が三つ。心もとない。
 敵の待ち伏せ。うなりをあげる新型兵器が吐き出す銃弾の雨が中隊を襲った。聞いたことの無い、
甲高い発射音が今も耳に残っている。多くの仲間はおそらくあの場所で命を落としただろう。
無我夢中で、敵がいると思われるほうに銃を撃ちながら走った。一人欠け、二人欠け……そうして、
ここへたどり着いた時は既に二人きりだった。
「なあ、みんなどこ行ったんだろうなあ?」
 キイは拳銃をホルスターに納めると、ゆっくりと腕のストレッチを始めながら、続けた。
「奴等も奴等だよなあ? あーんな変な音立てる武器で撃ってきやがってよー? ぜんぜんかっこよくねーもんな?
あんな弾ばらまくんじゃ、撃ち合えねえじゃんな?」
あぐらをかいて、べったりと地面に座り込むと、キイは体を前後に揺らしながら、みゅいいいい、
と敵の武器が出した音を口でまねていた。みゅいいいい。
「おまえ、なんか……本当に平和だな」

52 :No.12 波の向こうに 2/5 ◇D7Aqr.apsM:07/05/06 23:17:58 ID:vXs62cuE
 カルロはもう一度ため息をついた。破片防止の為のゴーグルをずらし、胸のポケットから、
小さな写真を取り出した。幼さの残る瞳がいたずらっぽく光っている。二つに括られた明るい栗色の髪。
ざっくりと羽織ったパーカーが少しはだけて、水着が見えている。写真の中で少女は、はにかんだように笑っていた。
「お? それ、誰よ? 恋人か? なんだなんだ? 『この戦いが終わったら……』みたいな! なんだよ、
それ言ったらお前がカッコ良く死ぬ番じゃねーかよー」
 キイがひょい、と伸ばした手を払って、写真をポケットに戻す。
「誰もそんなこと言ってないよ。それに、彼女とか、恋人じゃあない」
「ならなんなんだ? ……まさかあれか! 『イモウト』ってやつか! 完成していたのか!」
 キイは拳を握りしめて空を見上げる。何故か仁王立ち。
「違うよ。……なんていうか。知り合い」
「必殺『片思い』だな? ちくしょーやるよなー。かっこいいよなー。俺もそういう写真、持ってくれば良かったよー。
いいよなー。片思いかー。窓越しに思いを伝え合ったりしちゃうんだよな?」
 キイはぐるぐるとダンサーのように回転しながら、窓の残骸――今は壁にうがたれた穴だ――から芝居がかった
仕草で外に向かって手をさしのべた。
「あの広場のさ、噴水のあたりにその娘がくるんだよ。毎朝! それで俺は――俺は――え?」
 不意にキイの声がとぎれた。
 腹を押さえて、よろよろと後ずさる。キイはそのままばったりと仰向けに倒れた。
「キイ!」
 ライフルに手を伸ばす。音が全く聞こえなかった。ライフルによる狙撃? 背中に嫌な汗が流れる。
「カルロ。見るな……来るな……スナイパーだ。お前なら、わかる、だろ」
 荒い息の合間に、キイの言葉がとぎれとぎれに聞こえる。抱き起こしに駆け寄ることはしない。
そこでカルロも撃たれる可能性が高いからだ。
「十時の方向……教会の前の木のだ……ちくしょう。こんな、こんな」
「解った。もう話すな」
 カルロは建物の入り口から、外の様子をうかがった。
 汗が目に入る。こんなのが初めての実戦なんて酷すぎる。カルロは必死に息を整えようとした。
どんなに良いライフルがあっても、息があがっていては絶対に命中しない。ライフルのスコープをのぞき込む。
クロスラインの向こう側に、キイの言った木が見えている。引き金にかかった指が震える。
「カルロ。おれの、おれの銃をさ、姉ちゃん達に渡してく……れ……。それから、守れなくてごめん、って、つた、伝え」
 背中で聞いていた声がとぎれる。スコープから目を離した。振り返ってしまう。

53 :No.12 波の向こうに 3/5 ◇D7Aqr.apsM:07/05/06 23:18:14 ID:vXs62cuE
「みたいな。なー?」
 中腰になって、両手の指でカルロを指さしている。キイは満面の笑顔で笑っていた。
 腹には何の跡もない。
「ば……ばっかやろう。こんな時に!」
「いーじゃねーかよー。俺、写真とかもってきてないんだよー! ちょっとこう、ドラマティックな事あっても
いいじゃねーかよう。っていうかライフルを人に向けちゃあいけません!」
 カルロはキイの頭に狙いを定めたライフルをゆっくりと降ろした。
「いいんだよ。ここは戦場なんだから」
「いや、つーか、向けるべきは敵だろうがよ」
 今の俺にとってはお前が敵だ。カルロは心の中で呟きながら、ライフルに安全装置をかけた。

 大きくため息を吐いて、もう一度写真を取り出す。カルロはその写真をキイに渡した。
「ガキの頃にさ。海で――ラムバルト湾にある小さな砂浜なんだけど――会った人なんだよ。
二回だけ。だから名前もしらない」
「そっか。名前も解らないのか」
「なんかさ、妙に忘れられなくてさ。写真だけ持ち歩いてる」
「そっかー。なんだよ。更にしみじみイイハナシじゃねーかよー。ま、でもさ、会えるといいな」
「まあ、そうだな」
 カルロは言って、ゴーグルを外した。ポケットから青いレンズの入ったサングラスをかける。空を見上げた。
 薄曇りの空は、あの海に潜って見上げた、水面の様に見えた。
 
「まあ、いい話だからよ。ご褒美にこれ、やるわ。サングラスのお兄さん」
 キイがタバコを投げる。
 放物線を描いて、カルロの手に落ちるはずだったタバコが空中で消し飛んだ。
 タバコだったものと、ライターの破片が散らばる。
「ふせろっ!」
 カルロが叫ぶのとキイがカルロの横に駆け込むのはほぼ同時だった。
 甲高い、モーターが回るような音。断続的に銃弾が壁に撃ち込まれ、レンガの破片があたりをはね回る。
 ライフルと二丁の拳銃の安全装置が外されるが、応戦する間もなく銃弾が雨のように降り注いだ。
「ちっくしょう!」

54 :No.12 波の向こうに 4/5 ◇D7Aqr.apsM:07/05/06 23:18:29 ID:vXs62cuE
 ヤケになって打ち返そうとするキイの肩を掴む。
「キイ。 いいか? 一緒に逃げるのは無理だ。次に銃撃が途絶えたら、同時に逆方向に走ろう」
「逃げるのかよ!」
「あたりまえだ。こんなのは戦争じゃない。ただの殺され損だ」
「ちくしょう……ちくしょう! なんだよ! 全然格好良くねーよ! こんなのよー!」
「あたりまえだ。戦争なんだから」
 カルロはサングラスをポケットに収めようとして、止めた。あの敵に、こんな物意味はない。
「夜まで逃げ切ったら、この広場まで戻ってくる。敵がいなくなっていたら落ち合おう」
「しかたねえなあ。わかったよ!」
 キイは渋々と頷いた。カルロは煙幕を張るため、手榴弾を全部投げた。グレーの霧があたりを包み始める。
 一瞬、煙に気を取られたのか銃撃が止んだ。

「いくぞ!」
 カルロが声をかけ、走り始めた。ライフルを腰だめにして、撃ちながら走る。
 甲高い音がライフルの銃声を追いかけるように後に続く。
 自分以外の銃声が聞こえる。キイ。馬鹿野郎。拳銃で届く距離じゃあないだろう。
 煙の隙間から、キイに銃を向ける敵の姿が見えた。スコープを覗く間もなく、引き金を連続して引く。
敵がぐらりと揺れる。同時にカルロは自分の足をはじき飛ばされた。
 転倒。
 ライフルがはじき飛ばされる。
 いくつもの銃身を束ねた、異様な武器を構え、黒いマスクをつけた敵の姿。
 反射的に予備の拳銃に手を伸ばす。手に。腹に。胸に立て続けに衝撃を感じた。
 最後に右肩に当たった一発で、ごろりと仰向けになった。
 サングラスを通して、青い曇り空が見えた。
 左手で、ポケットの中の写真を取り出す。
 青く染まった写真。何故か彼女の顔は悲しげに見えた。
「海、いきてえなあ」
 カルロは呟いた。

55 :No.12 波の向こうに 5/5 ◇D7Aqr.apsM:07/05/06 23:18:45 ID:vXs62cuE



「なあ、やっぱ、その武器はちょーっとやり過ぎじゃねえ? 当たるとマジ痛てえしよー。つーか、撃ち合いじゃなくて、
撃たれるだけ、になるじゃん? 見ろよ首とかキスマークみてぇなアザができちまったしよー」
 キイが不平を垂れた。
「なんだよせっかく改造して作ったんだから、使わせてくれよ」
 黒いマスクを首から提げた男が言い返す。
「金に糸目をつけないってのはロマンがねーよなあ? やっぱこう、格好良くねえとな? つーか、次、拳銃のみに
しようぜ? 教会かどっかでさ。白い鳩あつめて。どうよ?」
「この辺にいるの、灰色のドバトだけだし、あの広場の教会も屋根無いから、鳩を放した瞬間飛んでいっちまうんじゃ
ねーかな。……いいから黙って拾えよ。弾、高いんだから」
 カルロはライフルを背負い直し、振り返りながら言った。地面に散らばった白いプラスティックの弾を、左手に持った
ビニール袋に、集めていく。
「ま、こんなもんだろ。キャンプに戻ろうぜ」
 キイが立ち上がると、皆がそれに続いた。

 廃墟を後にして、草原を抜けると、いくつもテントが張られた野営地が見えた。
 中央に火がたかれ、戦闘服に身を包んだ人々が、その火を囲み、笑いながらバーベキューをしている。
 カルロとキイもその輪に加わると、誰からともなく、肉が乗せられた皿が渡される。カルロは丁度良さそうな
石を椅子にして腰を下ろした。一日中走り回った喉にビールが染みる。
「お、カルロ。いたいた。結構俺ら成績良かったぜ? これ、一個ずつだってよ。……実弾入りだから
気をつけろってさ。船は夜明け前に出るから寝坊するな、ってモリー隊長が言ってた」
 ずしりとした重みのある箱と細長い包みが渡される。一瞬でビールの酔いが消え去った。
「ラムバルト湾上陸作戦、がんばろうぜ! 俺たちの故郷を取り戻すんだ!」
 キイはビールを一気に煽った。カルロはそっと胸ポケットの上から写真に手を添える。
「ああ、あの海を――取り戻そう」

<波の向こうに> 了 ◆D7Aqr.apsM



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