【 海からとどいた贈り物 】
◆A9GGz3zJ4U




44 :No.10 海からとどいた贈り物 1/5 ◇A9GGz3zJ4U:07/05/06 22:39:57 ID:vXs62cuE
浜辺は静かだった。
西から吹く風が頬を撫でる。
もう秋か、と、睦月は思う。
そこへ助けてくださーいと言う声がする。
妙な腕輪をつけた、太った男が浜に流れ着いている。

「大丈夫ですか?」
「ダメです。人工呼吸をっ」
「わかりましたっ」
睦月が真剣な顔で近づくと、男は魚のようにピチピチと肥えた体を反り返した。
「騙されましたね?」
「殴りますよ」
「やめてください」
ぱっぱっぱっと埃を払って立ち上がる。
「あなた、何者ですか?」
「私は......海の主です」
男は、牛のようにでっぷりと太り、飼いならされた豚のように威厳もなく、
不愉快でないかわりに尊敬する要素も見あたらない狸の置物みたいなおっさんだった。
しかも、海水パンツ一丁なので、なんだか怪しい。

「ちょっと僕、急いでいるので」
「待ってください。
 命の恩人のあなたに何かお礼をしないと、元の世界に帰れません」
「お礼なんか要りませんから......」
「あなたは感心な人ですね。うん、あなたについていきますから......」
逃げようとする睦月と同じ速度で、おっさんがついてくる。
早く帰って欲しい、と睦月は思う。
睦月はこれから学校へ行かないといけない。
今日は、体育と数学と英語と、まぁ面倒臭い授業が一通りある。
変なおっさんに絡まれて時間を潰すのは嫌だった。

45 :No.10 海からとどいた贈り物 2/5 ◇A9GGz3zJ4U:07/05/06 22:40:14 ID:vXs62cuE
睦月は、おっさんを無視して家に戻り、
全ての教科の予復習を済ませていることを確認し、ノートを鞄に詰める。
「あなたって、やっぱり勉強熱心だったんですねぇ」
おっさんは楽しげに睦月のノートを手に取る。
「僕、学校に行くので」
「私も学校へ行きましょう」
「見つかりますよ」
「大丈夫、あなた以外には私の姿が見えません。
 ハロー!! ......。ほら、返事が無い」

実際そのおっさんが言うように、おっさんの姿は他の誰にも見えてはいないようだった。
制服に着替えて校門を抜けるまで、誰もおっさんの存在を問題にしなかった。

「あんた、本当に海の主なんですか?」
「そうですよ。不可抗力でこんな姿になっているだけです。
 それより、あなたの願い事を決めましょう」
「あなたが帰ってくれるのが、僕の願いです」
「私は人の心が読めるんです。あなた、彼女のことが好きでしょう?」
おっさんは教室にいた亜弥を指差して、ニヤッと笑う。図星である。
睦月は驚いた顔をしないようにと思いながらも、たじろいだ顔をしてしまう。
「彼女と交際しませんか? そしたら僕は帰ります」
「ふざけるな」
「ふざけてません。それに、お二人はけっこう仲が良いんじゃないですか?」
言われてみればその通り。
二人は幼稚園からの付き合いで、お祭りや文化祭の時は一緒に見に行く。
だが、小さい頃から付き合いであるのが災いして、男女の仲に踏み込めなかった。
お互い意識していないと言えば嘘になる。だけど、付き合うきっかけが作れなかった。

それに、もうお互い高校3年生なので、
気持ちを言わないとそれっきり離れ離れになってしまうだろうと、内心睦月は焦っていた。

46 :No.10 海からとどいた贈り物 3/5 ◇A9GGz3zJ4U:07/05/06 22:40:33 ID:vXs62cuE
最近、亜弥は手芸入門と言う本を読んでいる。
もしかすると、自分の知らないところで恋人ができたのかもしれない。
「彼女はこう思っています。
 <早くあたしの処女を奪って、睦月君!!>」
「......」
「信じてませんね。
 でもあなたが何も言わないと、彼女は関西の大学を受けてあなたとは離れ離れになりますよ」
睦月はぎくっとする。
「でも、あなたが今日、このタイミングで告白すれば違いますよ。
 あなたと彼女は同じ大学を受けて一緒に大学生活を送ります」
「そんなうまくいくか」
「でも、私が人の心を読めるのは本当です。彼女は決して断ったりしません」
「......」
「今日、このタイミングなら絶対なんです。放課後に呼び出しましょう」
おっさんの言葉には、激しい熱がこもっていた。
そこまでして若者の恋愛にクビを突っ込みたいのだろうか、とも思ったが、本当に心が読めるのかもしれない。
騙されたと思って付き合おうと言ってみるのも、一興かもしれない。
何のアクションも起こさなければ、このおっさんとは無関係に、離れ離れになってしまうだろうから。
「本当に心が読めるんだな?」
「ほっ、本当ですともっ」
「もし、ちょっとでも彼女が嫌がってたら、必ず俺に伝えろよ」
睦月は放課後に二人で浜辺を散歩しようと、亜弥にメールを送る。

浜辺に着くと、話ってなーに? と、亜弥が鞄から手紙を取り出した。
手紙の差出人は睦月であったが、そんな手紙を出した覚えはない。
だが、それを書いたのが誰であるのかはすぐにわかる。
自分の告白を手伝おうとする、おせっかいな誰かさんによるものだ。
「中に何を書いたんだ?」
「<今日は大切な話がある。僕の気持ちを伝えたい>です。筆跡もばっちり同じですから安心してください」
海の主、Vサイン。

47 :No.10 海からとどいた贈り物 4/5 ◇A9GGz3zJ4U:07/05/06 22:41:47 ID:vXs62cuE
「大切な話って、何?」
詰るような、そわそわしたような目で、亜弥が睦月を睨む。
睦月は、もう逃げようがない、と腹をくくる。
こうなったら自分の気持ちを一から十まで言ってやろうと、根性を入れて気持ちを言う。

君が好きだ。
付き合ってくれ。
二人で同じ大学を受けて、また一緒に登校しよう。
結婚指輪はダイヤがいい。新婚旅行は長野が良い。みそ汁の具は豆腐が良い。
うんぬん。かんぬん。あーだ。こーだ。

亜弥は、睦月の急な告白に驚いたようだったが明るく笑った。
ずっと睦月の告白を待っていたのだと言う。
睦月は急に気恥ずかしくなって、横を向いた。
すると、さっきまでいたオッサンがいなくなっていて、かわりに海水パンツの少年がそこに立っていた。
「君は?」
「いやぁ、助かりました」
少年は馴れ馴れしい口調で、睦月に笑いかける。
「あっ、これはもういらないか」
つけていた腕輪を外す。亜弥も少年の姿を見て、おどろきたじろぐ。

「時間の流れが元に戻ったみたいで、僕も元の姿に戻れたんですよ。
 どこかで時間の流れが歪められていたみたいで。
 タイムマシンは海に沈めてあるんですけど、これで元の世界に戻れます」

何を言っているのか、よくわからない。
だが、その少年は睦月にも似ているようであり、亜弥にも似ているような少し変わった雰囲気の少年だった。

48 :No.10 海からとどいた贈り物 5/5 ◇A9GGz3zJ4U:07/05/06 22:42:01 ID:vXs62cuE
「母さんに聞いたとおりの告白でしたよ」
「母さん?」
「そこにいるじゃないですか」
誰だろう、と二人は顔を見合わせる。
「亜弥さんは関西の大学に行くつもりだったんだけど、
 この告白を聞いて、睦月さんと同じ大学を受けようって思ったでしょ?」
「えぇ、まぁ......」
「その後、二人は喧嘩したり浮気したりしつつも、腐れ縁で結婚。
 そして生まれるのが、この僕。
 あと、今編んでいるマフラーは早く父さんに渡してあげた方がいいですよ。
 父さん、今でもそれを愛用してますから」
ブルターニュ地方の赤ピーマンのように亜弥の顔が赤くなる。
少年はニコッと笑って海へ駆け出していく。
「さようなら!! 元気な子供を作って下さいね!!」
少年は海へ泳ぎ出すと、何度も何度も振り返って二人に手をふり、海の中に姿を消した。

「......」
「......」
「もし、俺たちに子供ができたら、口の利き方を教えてやらないとだめだな」
「そうだね」
<子供>と言う言葉を口に出すと、気恥ずかしくなって、二人は顔を見合わせた。
そして静かにキスをした。



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