【 先生がすき 】
◆bvsM5fWeV.




90 :No.20 先生がすき 1/5 ◇bvsM5fWeV.:07/04/30 00:12:45 ID:oHrcwj+t
 寝耳に水な話だった。でも、退屈な夏をしのげるのであればそれもありかもしれないとも
思った。どこか遠くの南の島でゆっくりとすごす。想像しただけで心が躍る。
 「慧明島という島があるのだが、そこの島の貝の固有種がもしかしたら化けるかもしれな
いのだ」
 「と、言いますと?」
 「日本近海で取れる貝の進化の過程で、一部すっぽり抜けている部分があるというのは先
日のゼミで話したことだし、木原君も知っていると思う。ところが、このすっぽり抜けた進
化の過程が慧明島に生きた化石として原生しているかもしれないのだ。そこで」
 そして、俺が単身この慧明島に調査に乗り込むことになった。まあ、東京の無名の私立大
学の研究費なんて高が知れていて、教授も「君に調査を任せる」なんて言っているが、単に
資金が無いのでゼミの生徒に研究を委託したに過ぎない。俺としてもまあこれで単位が取れ
るのならばそれでオッケー、みたいな安易なノリで話を受けたのだが。研究費から交通費と
宿泊費だけは出るらしいので、まあ旅行気分で適当に調べようと思っていた。
 だがなんとも、世の中そうそう甘くは無かった。

 「はい、おはようございます。それでは出席を取ります。桂島美野里(みのり)さん」
 「はーい! 私しかいませーん!」
 「今日も皆さんそろってますね、って言ってみたかっただけなんだ。おはよう」
 なんでまた東京の外れから新幹線と船を乗り継いでゲロを吐きながらたどり着いた島で俺
はたった一人の子供の出席をとっているのか。本当に不思議な話だ。
 連絡の行き違いとか、言葉の行き違いのようなものは教授が宿の予約をした時から既に起
こっていたようだ。まず、教授が宿の手配をしたときに学生が行くのではなく教授が島に行
くことになった。そして宿の主人は「教授」を「先生」と頭の中で変換した。
 そしてタイミングも悪かった。そのころ小学校の教師が乳牛に足を引き摺られ骨折し本土
に運ばれたというのだ。この話は宿の主人に聞いたので、どういう成り行きでこうなったの
かは分からない。
 なんにせよ、宿の主人は教授からの電話を教員の補充の電話と勘違いしたのだ。
 何かおかしいとは思っていた。島に下りて出迎えの第一声が「先生」で、その後丁寧に案
内されて、旅館に通されたのだ。大学からの調査だから「先生」なのだろうと思っていた俺
も浅はかだったというか、気が回せないというか。

91 :No.20 先生がすき 2/5 ◇bvsM5fWeV.:07/04/30 00:13:29 ID:oHrcwj+t
 そして朝になって頭のはげたおっさんにこの小学校へ連行された。
 この時点で「案内します」とか「子供は一人だけです」とか、話はまったくかみ合ってい
なかった。そして、なんだかよく分からないうちに学校に連れて行かれたのだ。
 学校と呼ぶにはものすごく違和感のある校舎だった。全体が白い壁で塗られ、イタリアか
どこかの国でそんな景色があったが、まさにそれが学校のような形になって出てきたという
感じだ。職員室で生徒名簿を渡されるまでここが本当に学校かさえも怪しかった。
 もちろん誤解は解こうと努力した。そして誤解は解けた。だがはげ頭のおっさんは必死に
食い下がる。
 「ですがっ、ですが、今教員はこの島に居ないのです。聞けば有名な大学からの先生と言
うではありませんか。ならば、骨折した教員が戻るまでの間で構いません。先生になっては
いただけないでしょうか」
 三流大学生の分際で自分の親より明らかに年長の人に頭を下げられ、おまけに「先生」な
んて呼ばれてたら断れるはずがないじゃないか。俺はなんと気のいい男なのだろう。

 「はい、一時間目はさんすうをします。教科書とノートを出してください」
 生徒の名前は桂島美野里。小学四年生くらいだ。正規の教員でないので、詳しくは知らな
い。女の子は沖縄の民族衣装のようなものを着ている。例のはげ頭のおっさんに聞いたら、
制服なのだという。この島の子供たちは伝統的にこの服を着ていたが、それが転じて学校の
制服になったらしい。すごく不思議な衣装だ。
 「せんせい、ぜんぜんわかりませーん」
 大学生の分際で「先生」なんて言われると、背中がぞくぞくする。変な意味じゃなくて。
 さすがに教科書は初見で分かるが、これを人に教えるとなると結構難しい。分かっている
のと教えるのでは全く異なる技術が必要になる。
 ああ、先生ってすごかったんだなあと思っても後の祭り。俺はほとんどの授業を寝て過ご
したのだった。
 昼休憩を知らせる間の抜けたチャイムが鳴る。そしてこの学校では昼で授業が終わる。な
んともまったりとした学校だ。
 昼は授業、午後から研究という生活がもう一週間は続いている。研究といっても美野里に
邪魔されるか、遊ばれるかしてなかなか進まないのが実情だ。
 「せんせ、遊ぼー。抱っこしてー」

92 :No.20 先生がすき 3/5 ◇bvsM5fWeV.:07/04/30 00:14:11 ID:oHrcwj+t
 美野里が抱きつく。まだまだまな板な胸。これからの成長に期待したい。
 「美野里は、他の友達とかいないけど、寂しくないか?」
 美野里はずっと一人だったようだ。他の生徒は数年前に本土へ転校していったという。
 「骨折した先生ってどんな人だった?」
 「古内先生はおじいちゃん先生。だからわたし、ひはら先生がすき!!」
 不思議な衣装をまとった南国の少女に愛の告白。これが十年後だったらどんなに素敵なこ
となのだろう。
 「先生が好きなのは分かったが、きはらな。き、は、ら」
 「ひ、は、ら」
 「お前見たいなやつを舌足らずって言うんだぞ。き、は、ら」
 「ひ、は、ら、あーもう! 先生のばかー!」
 くるくるした髪の、不思議な制服を着た少女にぽかぽかと叩かれる。
 舌足らずでとっても可愛らしい女の子。
 美野里に俺の正体は言えなかった。言っても分からないとは思うし、言ってどうなるもの
でもないと思ったからだ。
 それでも研究が終わって、ある日突然消えてしまうのはものすごく可愛そうだ。というか
あのハゲたおっさんあたりが美野里にそういうこと教えないのだろうか。あの俺へのなつき
方を見ると、急にいなくなったりしたらひどく悲しむのは間違いない。
 そして思い出す。骨折した古内とか言う教師が戻るまではここに居られるということを。
 あまり迷いは無かった。ここに留まって研究の振りをするか、すぐ帰るかの二択だ。天秤
にかける必要もない。早速俺は教授に研究が長引く旨のメールを送った。
 大学四年にもなって俺はこんな所で何をやっているのだろうとも思うが、これでいいとも
思うのだ。
 「それで、古内先生はいつごろ戻られるのですか?」
 授業が終わってはげ頭と世間話をしているときに問いかけてみた。
 「はい、あと二週間ほどでなんとか教壇には立てそうだということでございます」
 二週間も。二週間しか。「こくご」の時間的にはこの場合は「しか」の方なのだろう。
 「ああ、そうですか。それはよかった」
 別に美野里にロリコン的な欲望を抱いているわけでなく、ただ単に出来るだけ長くいたい
と思うのだ。もうほとんど可愛い娘と離れたくないという親バカの心情に近いのかもしれない。

93 :No.20 先生がすき 4/5 ◇bvsM5fWeV.:07/04/30 00:14:54 ID:oHrcwj+t
 美野里は思ったより落ち着いていて、目立った反応は示さなかった。
 ただそれが、何よりの反応だということも分かる。いつもは元気な美野里が黙って俺の話
を聞いている。それが全てだった。
 数週間の間に作り上げられた日常が解体されてゆく。
 それでも俺は浜辺に向かい貝の調査をして、
 美野里は俺のところへ来た。

 「先生、あそぼ!!」
 「はいはい、遊ぼうか」
 「今日は、先生と一緒に行きたいところがあるのです」
 どこだろう。この数週間、美野里には島のほとんどを案内してもらった。まだ見るところ
があるのだろうか。
 「どこに行くのですか?」
 「それは秘密です。ついてきてください」
 小さな島の山道は急斜面だった。松の木の根が地面から張り出して、かなり歩きづらい。
美野里は根っこをかわしながらさくさくと俺の手を引っ張る。湿気の強い、日本の夏の夕暮
れだ。
 「せんせ、ついたよ。ここ」
 着いたそこは、島を一望できる高台だった。ほとんど山のてっぺんで、白い小学校に港、
俺が泊まる旅館もよくみえる。
 「あそこに座ろ」
 美野里がちょうど二人分が座れるくらいの大きさの岩を指差す。
 座ると、夕暮れのオレンジが島を染め抜く寸前だった。

94 :No.20 先生がすき 5/5 ◇bvsM5fWeV.:07/04/30 00:15:37 ID:oHrcwj+t
 「美野里、すごくいい眺めだな。先生のために案内してくれたのか。ありがとう」
 そっと、美野里の頭をなでてやる。まだまだ子供の小さくて可愛らしい頭。
 「せんせ、ちゅーして」
 正直、ドキっとした。小さくて可愛らしいからこそ。いろんな意味で。
 「うーん、子供にはまだ早いな」
 「いや、先生とちゅーしたいの! ほっぺはだめ!!」
 そう言って美野里は目を閉じて俺に唇を差し出す。
 「わかった、ちゅーしよう。いくぞ」
 美野里の小さな頭を両手でそっと包む。
 そして、俺は、美野里のおでこにちゅーをした。
 美野里は何が起きたの、というような顔をして瞳を開け、やがてやられた、という顔にな
り、最後には怒った顔になった。
 「ずるい!! 先生のばかあ!!」



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