【 下っ端にも意地、あります 】
◆VXDElOORQ




86 :No.19 下っ端にも意地、あります 1/4 ◇VXDElOORQ:07/04/29 23:59:11 ID:U7EwskU3
 静かな部屋に寝息だけが響く。
 その部屋の扉を音もなくそっと開け、まだ幼稚園児ほどの少女が入ってくる。
 寝息の発生源の前に仁王立ちをすると、すぅと大きく息を吸い込む。
「おとうさーん! あっさでっすよー!」
 その言葉と共に少女は床を蹴り、宙に舞い上がる。そのまま重力に従い、寝息の発生源へとフライ
ングボディプレスを炸裂させる。
「ぐぇ」
 寝息の発生源にして少女の父親、悟郎は短い悲鳴を漏らす。
「おーきましたかー?」
 悟郎の腹の上で足をバタバタを動かす少女。
「お、起きました」
「んー、よろしいー。もうあさごはんですから、はやくくるんですよー」
「んー、わかった」
「んー、よろしい!」
 勢い良く悟郎の腹の上から起き上がると、少女は部屋から出て行った。
「マイのやつ。朝から元気だな。さて、着替えるか」
 大きなあくびをして、悟郎はパジャマのボタンを外した。

「おはよう」
 悟郎がパジャマからスーツに着替え終わるころには、食卓にはすでに焼きたてのベーコンと目玉焼
き。それにトーストが準備されていた。
 マイはすでに食べ始めている。半熟だった目玉焼きのおかげで口の周りがベトベトになっている。
「あら、あなた。おはよう。コーヒーにする? それともミルク?」
「んー。カフェオレ。ミルク抜きで」
 悟郎の妻でマイの母親である小百合はふふっと笑い、カップにコーヒーを注ぐ。
「素直にコーヒーって言えばいいのに」
「いえばいいのにー」
「マイはなんでもマネしっ子だなー」
 悟郎はマイの頭を撫でると、席について朝食を食べ始めた。

87 :No.19 下っ端にも意地、あります 2/4 ◇VXDElOORQ:07/04/29 23:59:42 ID:U7EwskU3
「それじゃ行って来る」
「はい、いってらっしゃい」
「いってらっしゃーい」
 悟郎が玄関の扉に手をかけた瞬間、小百合は「あ、ちょっと待って」と悟郎を呼び止めた。
「んー、どうしたんだ?」
「今日、大事な話があるから早く帰ってきてくださいね」
「んー、わかった」
 小百合は悟郎のネクタイを整え、ポンと背中を叩いてもう一度「いってらっしゃい」と言った。
 悟郎は手を振るマイに手を振り返し、車に乗り込む。エンジンをかけようとした途端、不意にピピ
ピという着信音が鳴り響く。
 懐のポケットから携帯電話を取り出し、「はい」やら「本当ですか?」などと言った会話を終える
と悟郎は「はぁ」とため息をついた。
「今日はいきなり現場行きかよ。車で着替えだなー」
 そう言うと悟郎は車の後部座席から黒い布のようなものを取り出し、さきほど整えてもらったばか
りのネクタイに手をかけた。

「今日こそ貴様の最後だ。覆面ライダー!」
 石切り場の崖の上に腕を組み、仁王立ちをしている二メートルはあろうかという巨大な柴犬面した
男はヒゲをなでると眼下にいる銀行強盗のようなフェイスマスクをして、バイクに跨っている男にビ
シッと指を突きつけた。
「犬野郎! それはこっちのセリフだ! 貴様たちの悪行もこれまでだ!」
 そんなやりとりを見ながら悟郎は目鼻口だけが露出している全身黒タイツに身を包み、覆面ライダ
ーの背後にそっと周りこんでいた。
「俺たちも諜報部がよかったよなー。実行部は危険が多いから割りにあわないぜー。この前も西村が
あの世に旅立ったばっかりだって言うのによー」
 同僚の田中がぼやくのを唇の前に指を立て、黙らせた悟郎、上司の柴犬怪人の言葉に耳を傾ける。
「ええい、うるさい! 犬って言うな! 野郎どもかかれっ! ワン!」
 犬なので語彙が貧困で、犬呼ばわりされるのが大嫌いな柴犬怪人はそうそう話を切り上げ、大きな
声で吼えた。
 それを合図に隠れていた悟郎達は一斉に姿を現し覆面ライダーを取り囲む。

88 :No.19 下っ端にも意地、あります 3/4 ◇VXDElOORQ:07/04/30 00:00:18 ID:oHrcwj+t
「ミャー!」
 柴犬怪人の部下とは思えない奇声。下っ端戦闘員は戦闘においてこれ以外の言葉を発することを許
されていないので、覆面の下の変声機によって声を変えられてしまうのだ。
 覆面ライダーの背後に陣取った悟郎は先陣を切り、覆面ライダーの後頭部目掛けてとび蹴りを敢行
する。
 それは後ろに目があるかのような動きを見せる覆面ライダーにあっさりかわされ、逆に足を捕まれ
てるジャイアントスイングのように思いっきり振り回され投げ飛ばされた。
「ミャー!」
 数人の仲間と共に石切り場の岩に激突し、悟郎の意識を失った。

「ミ、ミャァ」
 悟郎が目を覚ますと、そこはまさ死屍累々。同僚達の体が山のように積み上げられ、そんな人の山
のふもとで、柴犬怪人と覆面ライダーが対峙していた。
「ウー、ワンワン!」
 部下達の無様な姿にすっかり我を忘れ、ついでに人間の言葉も忘れてしまった様相の柴犬怪人は、
覆面ライダーを睨みつける。吼えながら。
「なにいってるわかんねぇよ。犬野郎!」
「ワン!」
 犬呼ばわりされ、完全に我を見失った柴犬怪人は地面を蹴り、宙へと舞い上がった。柴犬怪人が飛
び上がったと同時に覆面ライダーも地面を蹴った。
「ワン!」
「うおおおおおおおお!」
 激しい火花と共に空中で交差する二人。
「ク、クゥーン……」
 着地と共に柴犬怪人は崩れ落ち、なぜか爆死した。
「し、柴犬怪人!」
 投げられた拍子で変声機が壊れたのか、悟郎の言葉は「ミャー」にはならず普通に発せられた。
「なんだまだ生き残りがいたのか」
 覆面ライダーはその声に気付くとゆっくりと悟郎に近づいてくる。

89 :No.19 下っ端にも意地、あります 4/4 ◇VXDElOORQ:07/04/30 00:00:53 ID:oHrcwj+t
「く、くそっ! こんな、こんなところで死んでたまるか。俺にだって守らなきゃいけない家族がい
るんだ!」
「そんなことは知らん。俺は俺の使命を果たすのみ」
 もう悟郎と覆面ライダーの距離はほとんどない。あと数歩で覆面ライダーの射程距離に入ってしま
うところまできていた。。
「クソッタレが! 意地があんだよッ! 下っ端戦闘員にだってッー!」

「ねーおかかさーん。おとーさん、あたしがおねーさんになるっていったらびっくりするかなー?」
「ええ、きっとびっくりするわ」
 二人の会話を遮るように電話の着信音が鳴る。
「マイちゃん。お電話きたみたい。ちょっと待っててね」
 小百合は電話のところへ向かう。
「もしもし」
「おとーさんはっやくかえってこっな――」
 食卓でおやつのプリンを食べていたマイはガシャンという音に驚き、慌てて音のした方向。電話があ
る場所へと視線を向ける。
「んー? あれー? おかーさーん。どうして、ないてるのー?」
 小百合は黙ってマイに近づきそっと抱きしめる。
「おでんわだれからー? おとーさんからー? ねえおかーさーん。なんでないてるの? もしもーし
きいてますかー?」
 小百合は答えずただ黙ってマイを抱きしめた。強く強く抱きしめた。





BACK−勧誘◆59gFFi0qMc  |  INDEXへ  |  NEXT−先生がすき◆bvsM5fWeV.