【 お気に入りの制服 】
◆tGCLvTU/yA




64 :No.15 お気に入りの制服 1/4 ◇tGCLvTU/yA:07/04/29 23:34:01 ID:U7EwskU3
 春眠暁を覚えず、とは一体誰の言葉だっただろう。
 高校生になって初めての春休み。これがもう初日から恐ろしいほど惰眠を貪るだけの日々。非常に不健康だと
思うのだが、これがなかなか止められそうにない。
「あー、ねみい……」
 寝惚けまなこで部屋の時計を見やる。いつものことだが、すっかりお昼を回ってしまっている。
「さて、これからどうしようかな」
 軽く伸びをして、ベッドから起き上がる。とりあえず朝食、いや昼食か。だが、母さんは父さんと旅行で不在
だし、ましてや姉貴が俺のために飯を作り置きしてるとは、とてもじゃないが思えない。が、
「ん、何の匂いだこれ」
 リビングの方からだ。なにやら美味しそうな匂いが俺の鼻腔を刺激する。多分これは、みそ汁の匂いだろう。
まさか姉貴が。いや、そんなことは断じてあり得ない。第一姉貴がみそ汁なんて家庭的なものを作ってるシーン
なんか生まれてから今日まで見たことがない。なにせ得意料理がカップラーメンなのだ。もはや料理じゃない。
 そんなこんなでまだ見ぬ恐らくなかなかの腕前であろう料理人にに思いを馳せていると、俺の部屋へと向かっ
てくる足音を聞いた。さあて、何が出てくるか。
「あの、起きてる……?」
 控えめな声だ。というか、とても聞き覚えのある声だ。小さい頃からとても馴染みのある声。
「いや、寝てる」
「えっ? あれ、でも声……」
 予想通りの反応に自然と顔がにやける。よしよし、と自分でもわけの分からない一人ごとを呟いてドアを開け
てやることにする。
「あ、なんだ起きてたの? 寝てるっていうからびっくりしたよ」
 ドアを開けると、からかわれたことに全く気づいてない柔らかな笑顔が俺を出迎える。困った。気が抜けてま
た眠くなってきた。それにしても制服にエプロン、か。天然とはいえなかなかやるな。
「これで髪でも縛ってたら完璧だったんだがな……」
 心底残念そうに言う。だけど冷静に考えると、一個下の幼馴染に何を求めてるんだ俺は。
「んー……なんの話? とりあえずおいでよ。お昼ごはん、出来てるよ?」
 やっぱりさっきのいい匂いの原因はこいつか。今の我が家に、まともな料理を作れる人間は皆無だからおかし
いと思ったんだ。
「お、悪いなひかり。よしよし、それじゃあ早速昼飯にするか」

65 :No.15 お気に入りの制服 2/4 ◇tGCLvTU/yA:07/04/29 23:35:30 ID:U7EwskU3
 焼き魚に、みそ汁に白い飯。我が家の食卓が、久々に食卓らしくなっている。
「何週間ぶりだろうな、こんなまともな昼飯は」
「大げさだよ光平……あ、一応雪奈さんにオッケーもらってるから勝手に使ったわけじゃないよ。一応言っとく」
 別にひかりならいくらでも勝手に使っても構わないのだが、そんなことよりもいそいそとエプロンを脱ぎ始めて
いることに待ったをかけたいところだ。
「今度から勝手に使ってくれ。多分うちのキッチンを一番上手く使えるのはお前だろうしな。多分姉貴も了解と
らなくてもいい、みたいなこと言ったろ」
 第一、まともにキッチンを使わない人間に了解とってどうするんだ。
「わ、すごい。なんでわかったの? 今度から勝手に使ってくれても構わないって雪奈さん言ってた。できれば
私の分も作ってくれ、とも言ってた」
 何がそんなに嬉しいのか、とても楽しそうにひかりは笑う。それにしてもあの女は本当にふてぶてしい。まあ、
俺も姉貴のこと言えた義理ではないのだが。
「作らなくていいよ姉貴の分は。大体、滅多に帰ってこないんだからさ……獣医も大変な仕事だよなー」
「だからこそ、光平が支えてあげないとね。彼氏さんもいないみたいだし」
 そこでふと、ごはんのおかわりを頼んだ辺りである疑問が浮かぶ。
「ところでさ、なんでお前制服着てるんだ」
「え?」
 そこで初めて気づいたという風に、ひかりは自分の格好を見直す。とりあえずエプロンはそのままで頼むぞ。
「あ、うん今日高校の合格発表だったんだ」
 ぶふっ、と飲み込んだみそ汁を噴きかける。さらに変なところに入ってさあ大変。むせるむせる。
「なっ……! お前そういうことはもっと早く言えよ! 全然知らなかったじゃないか」
「うん、だって驚かせようと思ったから」
 よくよく考えたらどこの高校を受けたのかも、俺はよく知らない。そういえばこいつ、今年受験生だったのか。
いつもいつも笑顔で、そんな素振り全く見せなかったからな。
「それで、どうだったんだ。受かったのか。ちなみにどこの高校だ」
「ばっちり。高校は……ふふ、どこだと思う?」
 久々にすごいスピードで進んでいく箸を一旦止めてふと考える。にこにこと笑っているのはいつものことだが、
今日はそれがさらに顕著だ。どこだ。ひかりがそんなに入りたい高校なんてどこかにあったっけか。
「わからん。まさかうちの高校とかじゃないよな?」
「わ、すごい。今日の光平冴えてるね」

66 :No.15 お気に入りの制服 3/4 ◇tGCLvTU/yA:07/04/29 23:37:12 ID:U7EwskU3
「……お前って確かそこそこ頭良いよな」
 そして恐らくはうちはそこそこ頭の良い人間が行くような高校ではないはずだ。この一年を鑑みるに。ところで
返事もなしにニコニコしてるってのは肯定と見ていいのだろうか。
「でも、そうか。ひかりも高校生か……しかしウチに来るってことは制服もこれが最後か」
 今のうちに目に焼き付けとこう。わりかし本気で。ついでにエプロン姿も。
「自由だもんね、うちの高校。でも制服は着ていくよ。このままだけど」
「え、なんでよ。浮くだろうにその制服は」
 何か思い入れでもあるのだろうか、その制服に。
「え、覚えてないの?」
 今まで完璧だった笑顔に亀裂のようなものが入った気がした。心なしか、殺気のようなものをわずかに感じる。
まずい、今こいつを怒らせると春休み中の食卓が大変なことになる。とりあえず中学生の頃まで一気に遡ってみた
が、それらしき記憶は何も存在しない。
「お、おう」
「……ふーん。そっか。そうだよねー。夕飯は勝手に食べてね」
 この状況でも笑顔でいることが逆に恐ろしい。でも目が全く笑ってない。席を立つひかりをどうにかして止める
か。土下座で思いとどまってくれるだろうか。
 その時、玄関の方でドアの開く音。
「ただいまー。あれ、ひかりちゃんいるのー?」
 救世主、降臨。今日ほど姉貴の存在をありがたく感じた日はない。
「あ、お邪魔してます……でも、今日はもう帰ろうと思って――」
「まーまー。ここで会ったのも何かの縁よ。ごめん、何か作ってくれないっ? お腹減っちゃって減っちゃって」
 両手を合わせて頼み込む姉貴。だが猫なで声の声音とは裏腹に鋭い眼光がこちらを突き刺さしている。痛い。
「うーん、そうですね……わかりました。じゃあ何か作ったら帰ります」
 そういうとひかりはとことこと、決して軽くない足取りで再びキッチンへと向かうのだった。
「さて」
 先ほどより鋭い、鋭すぎるまなざしが俺を突き刺す。
「あんたねぇ。未来の嫁になんてことしてんの。ひかりちゃんだって女の子なんだから。いつもニコニコしてる
けど、怒る時は怒るに決まってるじゃない。何したか知らないけど」
「誰が未来の嫁だよ。俺だって何がなんだかわからないんだよ……じゃあ姉貴はあいつが今の制服にこだわり持
ってる理由わかるのか」

67 :No.15 お気に入りの制服 4/4 ◇tGCLvTU/yA:07/04/29 23:40:04 ID:U7EwskU3
「制服ぅ?」
 はにわ顔でこちらを見られても困る。よくよく考えたらこの人に女心なんてのを期待するだけ無駄か。
「あんた、そんなことも覚えてないの? 中学入学したての時にひかりちゃんの制服姿褒めてたじゃん、すごく可
愛いって。そんでひかりちゃん顔真っ赤にしてニコニコ笑ってたの覚えてないの?」
「ばか、そんなことは覚えてるに決まってんだろ。俺が聞きたいのはあいつがあの制服にこだわる理由だろうが」
「それよそれ。試しに言ってみんさい。ほれっ」
 そういって姉貴は俺の背中を思い切り蹴飛ばす。ニヤついた顔が非常に腹立たしいが、とりあえず物は試しか。
 トントン、とリズムのいい音がまな板の上から聞こえてくる。むう、見事な包丁さばき。
「あのさ」
 ……無言。
「その制服、やっぱ似合うな。可愛い」
 ピタっと、包丁を動かす手が止まる。
「……覚えてたの?」
 顔はこちらに向けず、横顔のまま俺に尋ねる。心なしか殺気が少し薄れている気がした。
「ん、ああ。一応、覚えてた」
 嘘はついてない。ただ、こだわりを持つきっかけになった言葉とは知らなかっただけだ。ひかりはふぅ、と一つ
ため息をつく。俺はゴク、と一つ息を飲む。
「……夕飯、なんにしよっか?」
 信じられない。まさか本当に、たったこれだけの理由で? 無言で姉貴の方を見やると、さっきのにやけ面よりも
さらにニヤついた表情でこちらを覗いていた。なんか理由もなく腹が立つ。
「そ、そうだな、ハンバーグとか」
「ん、じゃあ後で買い物だね。とりあえず料理の邪魔だから座っててね」
 そういって今度は背中を押されてリビングの方へと戻る。
「いやー、そこは精のつくものを何か答えないとダメでしょー。ハンバーグってお前は小学生かっ!」
 ゲラゲラと笑い女の形をした悪魔はバンバンと背中を叩いてくる。
「あー、なんかひかりちゃんには悪いけど食欲なくなっちゃったなー。もうお腹いっぱいなんだもん。というわけで
今日は私帰ってこないから。あとは頼んだぞ。光平少年」
 ひかり以上の爽やかな笑顔で姉貴はそういうと、踵を返して帰ろうとする。が、ふと歩みが止まる。
「あ、そうそう。制服プレイするのは構わないんだけど、避妊はしっかりね」
 余計なお世話だ、独身女が。



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