【 悪霊退散 】
◆InwGZIAUcs




58 :No.14 悪霊退散 1/6 ◇InwGZIAUcs:07/04/29 23:25:25 ID:U7EwskU3
 学校が近くてラッキーだ。健太はそんな事を考えながら、桜吹雪をくぐるようにゆっくりと歩を進めていた。
 しかし、暢気な思いとは裏腹に健太は大いに緊張している。それは、これから始まる中学校生活に対してではなく、
健太が生まれ落ちた瞬間から定められた宿命とついに向き合う時が来たからに他ならない。
「大変そうだなあ……」
 生まれて初めての健太の一家に伝わる大仕事、悪霊祓いである。
 中学校という霊的な干渉を受けやすい場所に巣くう悪霊を祓う事を、今回父親から課せられたのだ。
 多くの生徒で賑わう日中に悪霊達がその姿を見せることは滅多にない為、必然的に決行は夜中になる。
 ああ、どこから侵入しようかなあと健太が考えていると、後ろから挨拶する声が彼の耳に届いた。
「お、おはよ……」
 振り返りその女の子を一目見た時、健太は気が付かなかった。
 顔を染めてもじもじする謎の少女。風に遊ばせた長めの黒髪が太陽に反射して、とても綺麗だ。
 新調のセーラー服から察するに、彼女は今日から健太の通う中学校の生徒に間違いないのは確かだが……。
 思わず健太も顔を染めながら首を捻った。
(俺こんな、こんな可愛い女の子の知り合いいたっけ?)
 ぽかんと呆けている健太にその少女は不振な目を向け……そして合点がいったようだ。
「僕だよ! ぼ・く!」
 そう言ってその少女は後ろ髪と前髪を上げてポニーテールとオールバックを作ってみせた。
 一瞬の間。次いで健太の裏返った声が響いた。
「よ、よよよ燿子!」
「こ、声が大きい!」
 そう、そこにいたのは幼馴染、燿子だった。小学校までは、ボーイッシュ、元気溌剌(はつらつ)、
悪く言えば男勝りだった彼女からは、到底想像できない姿だ。
「ど、どうした! 熱でもあるのか?」
 健太はあからさまに動揺しているようだ。
「な、ないよ! もう!」
 そういってオドオドしながらスカートを揺らした燿子に健太は目眩を覚える。
 小学校の頃はずっとジーパンで色気の無かった筈の彼女の足は、細く、白かった。
「に、似合うかな?」
 どうやらスカートを穿き慣れていないようで、本人も変でないか気になっているようだ。
 とにもかくにも返答に困った健太だが、

59 :No.14 悪霊退散 2/6 ◇InwGZIAUcs:07/04/29 23:26:45 ID:U7EwskU3
「はっ、興味ないよ」
 まさに照れ隠し。思春期の少年の口から気の利いた言葉など出るはずもなく、
それでも淡い期待を抱いていた燿子は、健太の憎まれ口に顔を強張らせるとスタスタ一人で学校へと行ってしまった。
 健太がそれを見送ることしかできなかったのは言うまでもない。


 夜の帳の降りた頃。
 健太は計画の準備を行っていた。経路や手順は今日のお昼に下見している為に抜かりはない。
 健太は気合いを入れ、家を後にした。
 
 夜の帳の降りた頃。
 鏡の前で自分の制服姿を眺めている燿子は、大きく溜息をついた。 
 結果から言って、制服姿は概ね好評だった。小学校から燿子を知る友人達は、驚きながらも可愛いと賞したのだ。
 燿子は素直に嬉しかったが、一番誉めて貰いたかった少年に似合わないと言われてしまったことで、
せっかくの入学式もどこか上の空で過ごしてしまった。
 そして、それがいけなかったと燿子は頭を抱えた。
「どうしようどうしよう」
 新生活早々、教科書を全部学校に置いてきてしまったという失態を犯したのだ。
 当然出された授業の課題もその中に入っている。授業初日から課題を忘れていくのは些か格好悪いと燿子は思い、
 学校にこっそりと潜入する決意をする。それは健太が家を出る少し前の事だった。

 夜闇に紛れる校舎は極めて不気味である。
 健太は、固唾を呑んで校舎の中に侵入すると、校舎を這う悪霊を目指して力強く踏み出した。

 夜闇に紛れる校舎は極めて不気味である。
 燿子は自分の教室を目指していたが、入校したばかりの生徒が迷う程度には広い学校らしく、
半泣きになりながら懐中電灯を片手に彷徨う。
 
 
 健太が燿子を発見したのは、彼女が屋上への階段を上がっていこうとした時だった。

60 :No.14 悪霊退散 3/6 ◇InwGZIAUcs:07/04/29 23:27:21 ID:U7EwskU3
「なんで燿子が? ……って燿子!」
 その燿子の肩には、半身が潰れた霊がのし掛かっていた。
 燿子は瞳はどこか遠くを見つめており、輝きもない。
(完全に取り憑かれてる)
 健太は慌てて燿子に近づいてその霊を祓おうとするが、その前に燿子の手にはね除けられた。
「くっそ!」
 体勢を崩した健太と、屋上へと一気に駆け上がる燿子。次いでその後を追いかける健太。
 健太が屋上に躍り出ると、そこには夜より深い闇が渦巻いていた。
 一カ所。フェンスの壊れた一カ所に闇が蠢き、そこから幾重にも重なった腕が伸びている。
 おそらく、あの場所は飛び降り自殺のスポットとなっている場所に違いない。
過去であそこから飛び降りた人の念が腕となって、現世の人間を巻き込もうとしている。
 そんな健太の予想通り、その腕達は燿子を掴もうと藻掻いていた。
「切破!」
 健太は素早く飛び出して、手刀で闇の腕を断ち切る。
「滅!」
 次いで、蚊を払うように手で燿子に憑いた霊を祓う。
 すると燿子は糸の切れたマリオネットのように崩れ落ち、健太はそれを受け止めた。
 少し離れた場所に燿子を移動させると、健太は彼女を守るように闇から伸びてくる腕と対立した。
「起きろ! 燿子!」
 燿子は煩わしいと言わんばかりに顔を歪め、その目を開いた。
「はれ? 健太?」
「気をしっかり持って俺の後ろでジッとしていろ!」
 疑問符を頭に浮かべる燿子を背に、健太は腕を手刀で薙いでいる。
 燿子にもその闇と腕が見えたようで、彼女は健太の後ろでジッと身構えた。

 闇の塊から産まれるように腕達は絶え間なく健太に襲いかかっていた。
 埒のあかない攻防を終わらせるため、健太は切り札をきる。
「縛!」
 その瞬間、腕達は動きを封じられ全く身動きをしなくなった。
 しかし、永続的にその効果は続くはずもなく、健太の腕前からいって五分が限界と言えるだろう。

61 :No.14 悪霊退散 4/6 ◇InwGZIAUcs:07/04/29 23:28:11 ID:U7EwskU3
「倒したの?」
 燿子が後ろで不安そうに声を掛ける。
「いや、これから仕上げ」
 今の内にすることはただ一つ。悪霊封印。
 元来、自分より強力な悪霊をその場で一気に祓うことはほとんど無い。
 その場で一気に祓うということは、それだけ悪霊の抵抗という危険が伴う。
 よって、安全かつ確実な方法。寄り代に霊を封印してから祓うという手段が使われるのだ。
「あれ?」
 健太は冷や汗を流した。
「どうしたの?」
「……寄り代が……ない」
「へ? どういうこと?」
「……二人とも死んじゃうかもしれないってこと」
 それは最悪の忘れ物だった。
 一番忘れてはいけないものを健太は玄関に忘れてきたのだ。
 
 残り四分。
 逃げることもできなくはないが、燿子を連れて逃げることは不可能だろうと健太は判断する。
 この相手の動きを止める「縛」という術は、術者がその対象の前から姿を消すと、効果をなくしてしまうからだ。
 燿子だけ逃がしても、活性した他の霊達の餌食になりかねない。
 健太は、何か寄り代の代わりになるものは無いかと必死に探した。

 残り三分。
 本当にだめかもしれないと健太は思う。
 口が裂けても言えないが、大好きな燿子と一緒という事が今の彼をこの場に止めていた。
 朝は酷いことを言ったと反省して、改めて燿子を見る。夜の学校に来るのに、わざわざ制服を着てくる辺り、
変な所で真面目燿子らしい。しかし、その燿子の顔には不安の色が見て取れた。

 残り二分。
「燿子……ごめんな」

62 :No.14 悪霊退散 5/6 ◇InwGZIAUcs:07/04/29 23:28:59 ID:U7EwskU3
「健太のせいじゃないよ。謝らないで」
「違う。昼間の制服のこと」
「あ……フン! それはまだ怒ってるよーだ」
 悪戯っぽい笑みを浮かべる燿子と苦い笑みを浮かべる健太。そこで気付く。
「制服だ!」

 残り一分。
「燿子! 頼む! 制服脱いでくれ!」
 この状況で何を言い出すのかと困惑し、頬を染める燿子。
「いいから! 頼む!」
「ななななんで?」
「その制服にあいつらを封印する!」
 そう言って脱がす手伝いをしようとした健太は鉄拳を喰らう。
が、ここで気を失ってはいけないと彼はギリギリでガードした。
 制服とは序列、職能、所属などを組織別に区別する服のことである。
言い換えればそれは、その所属に縛られているという事に他ならない。
その意味がこの場では大切であった。寄り代の役目を果たすには、そういった意味を持つものが使われる。
例えば、鞘に収められた刀や剣、紐で縛られた人形、書物など。
 そんな事を慌てて健太は弁解しようとしたが、燿子はジトッとした目で健太を見つめ、こう言った。
「……僕、自分で脱ぐからあっち向いてて」

 残り十秒。
「南無真如一如涅槃経! 封印!」
 合掌し、座禅を組む健太。その前には広げられた燿子の制服。
――ヒュオオオオオオオ!
 強風が吹き込む隙間風のような音をたてて、今まさに動き出そうとしていた腕達は、闇ごと吸い込まれていく。
 全てが終わった時、そこには汗を流した少年と半裸の少女が残っていた。


 次の日。

63 :No.14 悪霊退散 6/6 ◇InwGZIAUcs:07/04/29 23:29:49 ID:U7EwskU3
 健太の上着を借りて帰った燿子の機嫌は悪かった。
 無理もない。憎まれ口を言われただけでなく、仕方ないとはいえ半裸にされたのだ。
 さらに教室が閉まってて、教科書を持って帰れなかったのも原因だろう。
 健太は考えた。どうしたら許してもらえるだろう……と。
 父親と二人で一晩掛けて制服に憑いた悪霊を祓い、学校が始まる前に燿子の家に服を持っていく約束をしたのだが……。
「これでどうだ!」
 やけくそになって健太は家を後にする。
 燿子の家は幼馴染というだけあってかなり近い。が、人と出会わないことを健太はひたすら願った。
 あっという間についた燿子の家のインターホンを鳴らし、彼女が出てくるのを待った。
「おはよ……」
 相変わらずのジトッとした燿子の視線を感じながら、健太は頭を下げた。
「燿子よりずっと制服の似合わない俺と仲直りして下さい!」
「な……あ、ああはははは! ばか、ははは」
 燿子は涙目になるまで笑っていた。
 燿子の制服を着た健太はその様子に安心する。
「あはは、何やってるの! もう、そんなことまでされたら僕、怒れないじゃん」
「ほ、本当はだな……よ、燿子はその……可愛かったぞ」
 きょとんとする燿子。お互い顔が見る見る赤くなっていくのが健太にも分った。
「あ、ありがとう……ってそれより早く脱いで持ってきて! 学校いけないじゃん!」
「は、はい!」
 燿子は、その慌てて帰る情けない健太の後ろ姿に苦笑する。
(でも、健太も昨日は格好良かったぞ?)
 燿子は目を細め、さらに慌ててこっちに戻ってくる健太に言って上げようと思うのであった。

 終わり



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