【 貴方のライバル店、潰します 】
◆dx10HbTEQg




48 :No.12 貴方のライバル店、潰します 1/5 ◇dx10HbTEQg:07/04/29 22:41:47 ID:U7EwskU3
 あなたのライバル店、潰します。
そんなキャッチコピーを掲げた小さな会社が、市街地の路地裏、その奥の雑居ビルの一室にあった。知る人ぞ知るが、
知らない人は全く知らないというその会社。隠れるように存在するのは、勿論後ろ暗い事をしているからだ。
遮光カーテンを閉めた隙間から、夕日が漏れこんでくる。客の訪問する時間帯がやってきた。夜勤以外の社員は既に
帰宅し、家でビールでも飲んでいるのだろうが、社長である彼はそうはいかない。本来ならば社長自ら接待する必要はな
いのだろう。しかし、この会社は人手が足りなさ過ぎる。真っ当な職業でないそこは未だ設立して短く、社長自ら切り盛
りしていくしかなかった。その上、大抵の依頼者は接客のプロだった。
赤字と黒字を行ったり来たりする財政に頭を悩ませながら、客を待つ。十分、二十分、三十分。この会社には様々な誰
かの紹介を受け、その上更に様々な過程を踏まなければ到達できないようにしているため、客は少ない。 もう閉店でい
いかな、と思い始めたころに、カンカンと錆びた階段を登る音が沈黙に響いた。
「いらっしゃいませ」
 即座に立ち上がり、扉が開いたと同時に三十度のお辞儀をする。よし、完璧だ。
 初めての来社に少し戸惑い気味の客に、座り心地のよい椅子を勧めてお茶を出す。入れ方も温度も、実は客の一人に
教わったものだった。
 横目で依頼者を観察する。緊張気味の様子と、接客されることに慣れていないらしい雰囲気。おそらく弱小企業の人間
だろう。親近感が沸いた。
 一通りの儀礼的な挨拶を交わし、いよいよ本題に入る。
「……こちらではライバル店を倒産させて下さると聞きました」
「ええ、その通りです。ですが、倒産まで漕ぎ着くことまでは期待しないで頂きたいです」
「え、出来ないんですか?」
「はい。多少は売り上げは落ちます。しかし当会社の性質上、ある程度の大きさの店でしか無理ですし――そう、単なる
鬱憤晴らしのようなものです」
 ターゲットとなる会社の条件はかなり限られていた。まず、個人経営は無理。あまりにも何もない空間が広い、開放的
な店も無理。飲食店はやりにくい。従業員が沢山いすぎるのも、やはり無理。しかし、それで困るようなこともなかった。
依頼される会社は大抵その条件に合う所だったからだ。
 頻度が高い場所は、デパート等。その依頼者もやはり例によって例の如く、近所に出来てしまった大型のスーパーに恨
みを抱いているらしかった。
「それで、どうやって、店の悪い噂を流すのです?」
 よくぞ聞いてくれた。にやりと笑って、社長は立ち上がった。店の奥に案内し、クローゼットを開け放つ。依頼者の口
から感嘆の声が漏れた。

49 :No.12 貴方のライバル店、潰します 2/5 ◇dx10HbTEQg:07/04/29 22:42:43 ID:U7EwskU3
 そこにあったのは、各社の従業員の制服。実のところこの会社の財政難は、調子に乗って集めすぎたこの制服のため
だった。部外者が手に入れるには、少し手間と金がかかる。
「大手の会社では、ほぼ例外なく従業員は制服の着用を義務としています。それを、逆手に取るのです」
 方法は至極簡単だった。ターゲット会社の制服をまとい、客に失礼な態度を取る。お客様は神様だ。とは言え、それは
単なる店側の心構えの話であって客が押し付けるものではないはずなのに、この国で客は当たり前のようにそれを享受
し、要求する。だから、少しでも気に食わない店があれば、すぐに“もう来てやるものか”となってしまうのだ。どこに
だって店があるこのご時世、一つぐらいそんな場所が出来たって客は何も困らない。きっとその客は、不満を友人にぶつ
けるだろう。クレームの電話をかけるかもしれない。あんな店は駄目だから、やはり貴方の店がいい。そんな風に客が戻
ってくれれば、尚素晴らしい。
 そんな方法では大打撃を与えることなど出来ないし、潰すなど以ての外だ。しかし、倒産間際の人間の悪あがきとして、
この会社はいつも誰かに必要とされていた。大型の店ばかり溢れ、小さな店など到底太刀打ちできないからだ。そうし
て抱えた借金に嘆く人々は後を絶たない。
 過剰な期待をしていたらしいその依頼者は少し残念そうにしていたが、結局は契約書にサインをした。依頼料は良心的。
価格を上げたいと何度も考えたが、そう大金を依頼者が払えるわけがない。
 前金を貰って客を送り出す。お辞儀は五度。背中を向けた人間に丁寧にやったって仕方ない。
 
 
 朝十時。一応出社時刻なのだが、社員は割と適当な人間が多い。一人しか時間を守らなかったことにも、社長は特に
気に留めなかった。いつものことだ。
 依頼された店の客を馬鹿にし、ボロが出ない程度に怒鳴りつける。ただそれだけの仕事だ。ただ、本物の店員にバレな
いように、そして客にも疑われないように遂行しなければならない。簡単なような難しいようなそれは、毎日の行為の結
果と同じく微妙なところだ。
 店員に見咎められたら逃げること。捕まったら無職を主張し、ただの悪戯だと言い張ること。徹底して教え込んだそれを、
社員は忠実に守っているらしい。彼らにしても、こんな割のいい職を失いたくはないのだろう。今まで一度も露見したこと
はなかった。
 最初は人とは違うことをやっているというスリルを楽しみ、露見したら露見したで構わないという姿勢だったが、思い
がけず長続きしてこの会社にも愛着が沸いてきた。だから、それは素直に嬉しいことだった。
 社員を呼びつけ、制服を渡す。
「新しい依頼だ。あの、新しく出来たスーパーがあるだろう? 公園の横の」
「あー……はいはいはい。分かります分かります。そこですか?」

50 :No.12 貴方のライバル店、潰します 3/5 ◇dx10HbTEQg:07/04/29 22:43:34 ID:U7EwskU3
「そうだ。適当にやってこい。ついでに、自分も一般人の振りして適当な人間に噂広めて来い」
「はいはーい。把握しましたー」
 態度が上司に対するものではなさ過ぎる。しかし、社長は構わなかった。その態度を仕事に活用してくれればいい。
 制服を袋に入れて出かける彼と入れ替わりに、ちらりほらりと現れ始めた社員達の適当さを見て、彼は満足さえしてい
た。

 
 ガンガンガン。錆びた階段を登る音が沈黙に響く。最近以前にも増して客足は遠のいていた。少し来社のハードルが高
すぎるだろうか。だがそれで大企業に見つかりたくはない。
 久々の来客に期待をかける。初めての客だろうか、それとも結果に満足した依頼者だろうか。椅子から立ち上がり、お
辞儀をする準備をする。扉が開く。よし、今だ。
「いらっ」
「店じまいをすることにしました」
 気弱そうな、けれどどこか怒りを含んだ声が社長の言葉を終わらせる前に発せられた。中途半端な十五度ほどで固ま
った体を起こし、依頼者を観察する。見覚えのある顔だった。大型のスーパーを憎んでいた彼だ。結局対抗することなど
出来なかったのか。
 その表情は明らかに怒ってはいたが、気付かない振りをして社長は辛い顔を作って見せた。儀礼的に慰めの言葉をか
ける。
 折角依頼したのに、効果がなく倒産することになってしまって怒っているのだろうか。しかし、それは筋違いというも
のだ。口頭でも伝えたし、契約書にもちゃんと記してある。絶大な効果などありえないと、確か契約を結んだ時に依頼者
は納得したはずだった。
 椅子を薦め、お茶を入れる。依頼者の前に座ると、前回とは打って変わった饒舌さで彼は語り始めた。
「やはり、無理でした。客足は遠のいて……。もう私は、続けることなんて出来なくなったんです」
「そうですか……。それは、ご愁傷様です」
「はい。でも、それはいいんです。覚悟はしていたことです。ですが」
 涙交じりの声音に、内心社長は苛々していた。いいから早く出すものを出せ。
 唐突に、俯いていた依頼者が顔を上げて怒鳴った。辺りに響き渡る声。バン、と机に手を叩きつける。お茶の雫が飛ん
だ。

51 :No.12 貴方のライバル店、潰します 4/5 ◇dx10HbTEQg:07/04/29 22:44:57 ID:U7EwskU3
「ですがっ。貴方、約束してくれたでしょう! 騙したんですか」
「はい? あの?」
「ええ、ちっぽけですよ。私は本当にちっぽけな人間ですよ! ちょっとでもあいつ等が困れば、それでいいだなんて、そ
んな程度のことで満足しようとする人間です。だってそれくらいしか出来ない。僕は弱者なんだ!」
 ちょっと落ち着け。宥めるように肩に手を置こうとすると、思い切り振り払われた。
 どういうことだろうか。倒産した八つ当たりだろうか? いい迷惑だ。
 さすがに顔を顰めた彼も、更に興奮した様子の依頼者の言う内容に驚愕した。
「なんで何もしてくれなかったんだ! 僕は毎日あの店に行ってたんだぞ!」
「え、は? ……どういうことです?」
「誤魔化すな! 客が怒って帰る所を見てやろうって、そう思って通ってやったんだ。どうせ僕の店には人なんて来ない
からな。だから、毎日毎日あの無駄に広い店をぐるぐる回って、疑われないようにいらない買い物までして通ったんだ。
今までずっとだぞ? それなのに、一度も遭遇できなかったんだ。どういうことなんだ」
 今まで毎日。彼は言葉を失った。言いつけた社員は定期的に出かけていた。報告も受けているし、ちゃんと制服も持っ
ていっていた。きっと、偶然時間帯が依頼者と合わなかっただけだろう。
 だから、驚愕したのはその偏執さにであった。正直気持ち悪い。その意欲を商売につぎ込めばよかったのではないだろ
うか。ずっと店を空けていただなんて正気ではない。倒産の原因が分かった気がした。
 興奮する依頼者を必死で宥めたが、その怒りは収まる気配を見せない。結局何も支払わずに、怒鳴りながら彼はは帰
っていった。
 全く以って腹立たしいことだ。 


朝十時。一応出社時刻なのだが、社員は割と適当な人間が多い。一人も時間を守らなかったことにも、社長は特に気
に留めなかった。それに今日はなんだかやる気が起きない。昨夜の件を彼はまだ引き摺っていた。怒鳴られたとか、そう
いうのはどうでもいい。金がもらえなかった。鬱だ。
しばらくすると、ちらりほらりと社員達が現れ始めた。任された仕事をすべく、制服を持って各自出て行く。ふらりと現
れた社員の一人に、彼は声をかけた。
「あ、今まで任せてた件なんだけどな」
「はいー?」
「あれは終りだ。次は、こっち」

52 :No.12 貴方のライバル店、潰します 5/5 ◇dx10HbTEQg:07/04/29 22:45:31 ID:U7EwskU3
 洗濯してアイロンをかけたばかりの制服を手渡す。今度の依頼者も、そろそろ潰れそうな会社を運営しているらしかった。
 軽い返事をして出かける社員を見て、社長は小さくため息をついた。気が狂った依頼者はもう懲り懲りだ。
 
 
 
 ぴっちりと閉められた遮光カーテンを見上げて、新しく制服を渡されたばかりの男は笑った。
 社長はほとんど外を見ない。自社に変な愛着を持ち始めた彼は、この可笑しな事業が露見する事を恐れているらしく、
いつも引きこもっている。だから、社員がどの方向へ行こうともバレることはなかった。
 先に出てきていた同僚に手を振る。
「どうすっか?」
「あー。なんか今日ダリい。家でテレビでも見ねえ?」
 のんびりと歩きながら、どうでもいい雑談で笑いあう。特に良心は咎めなかった。卑怯な手で誰かを貶めようとするな
んていけないよな。本心では勿論なかったが、そんなことを言い合ってみる。
 ちょっとしたスリルが楽しかったのは最初だけだ。今ではほとんどの社員が好き勝手に遊んでいる。気が向いたらちゃ
んとやるが、滅多になかった。
 いつ遊んでいるのがバレるのか、戯れに賭けをしてみる。絶対ずっとバレない。意見は同じで、賭けにならなかった。
「あの馬鹿社長、制服持って俺らが出かければ、ちゃんと仕事してるって勘違いしてくれるんだもんな」




とってんぱらりのぷう



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