【 恥ずかしい話 】
◆TiP5As2jNc




42 :No.10 恥ずかしい話 1/2 ◇TiP5As2jNc:07/04/29 20:36:15 ID:U7EwskU3
 昨日僕は凄く恥ずかしい思いをしたんだ。そのことを話そうと思う。
 前提として、僕は生き物でないものと会話をすることができる。たとえば家のすみにあるクローゼットとかそ
ういうものと。だけどその代わり、僕は生き物でない物を見ても、それがなんだか分からない。頭の中で思い浮
かべることはできるけれど、実際に目にするとそれがなんなのか分からなくなる。
 だから、僕とものの会話はいつも「君の名前は何?」という言葉から始まることになる。大抵のものは──た
とえばそれがクローゼットならクローゼットだと──教えてくれるのだけど、昨日の話し相手は自分がなんだか
教えてくれないのだ。これには困ってしまった。
 昨日の朝、高校の制服に着替えようと思いクローゼットを開け、最初に目に入ったものに「君の名前は何?」
と聞いたんだ。そしたら「制服だよ」と答えてくれた。僕は、「高校の制服?」と聞いた。制服は「いや、中学
校のだよ」と答えてくれた。となりにあったものにも聞くと、「式服だよ」と答えてくれた。
 そしてそのとなりのものに「君の名前は何?」と聞いたら、なぜか大きなため息をついて、「なんだと思
う?」といってきたのだ。困った。当然、僕には分からない。
 だから僕は、とりあえず「分からない」と答える。僕には分かりようがなかった。
 そしたらまた、ものは大きなため息をついてしまった。
「なあ、よく考えてみてくれよ。分かるはずだろ? ほら、よおく眺めてみてよ」
 僕はものに言われたとおりによく眺めてみる。色は黒い。襟が立っている。二つセットになっている。そこま
では分かった。けど、これが何かと言われればさっぱりだ。
「やっぱり分からないな」
 ものは深く落胆したようだった。表情はないけれど雰囲気で分かる。なんだか悪いことをした気分になったが、
分からないものは分からないのだから仕方がないだろう。

43 :No.10 恥ずかしい話 2/2 ◇TiP5As2jNc:07/04/29 20:36:56 ID:U7EwskU3
「なあ、本当によく考えてくれたか? それでも分からないのか?」
「うん。ほんとによく考えてみたけど分からないんだ」
「なあ、お前は毎日のように俺を着ていたんだぜ。そんな俺のことを忘れてしまうなんてひどいと思わない
か?」
 確かに、どんなに長く触れていたものでも分からなくなってしまう自分を、ひどいやつだと思うこともある。
だけど、しょうがないじゃないか、気がついたらこうなっていたんだから。
 ただ、どうやらものは、僕に自分がなんなのか教えてくれる気はないらしい。となればやはり、考えるしかな
いだろう。僕が毎日着ていた服……。毎日着る服。やはり僕が毎日着るとなれば──制服、だろう。
 なんとなく、となりにあるものにたずねてみた「となりにあるものって、制服だよね?」
「僕は式服だけど、となりにある服がなんなのかは知らないなあ」
 式服はすまなそうにそういった。
「そうかあ、残念だなあ」
 仕方ない、制服かもしれないものに聞くしかないだろう。
「もしかして、君は制服なの?」
「そうだっっ」
 制服はとても嬉しそうにそういった。なんだか、僕も嬉しくなってくる。やっぱり、これからもできる限りは
すぐには「君の名前は何?」なんて言わずに、考えてから聞いてみたほうがいいのかもしれない。そんなふうに
思えるような声色だった。
 まあ、とりあえず、これで学校に行くことができるわけだ。そう思って僕は制服に着替え、急いで家を出た。
制服がすぐに教えてくれなかったせいで、後一歩で遅刻するかもしれない時間だったんだ。
 その日、学校では俺を笑う声が途絶えなかった。全く恥ずかしい思いをした

おわり



BACK−友達◆vkc4xj2v7k  |  INDEXへ  |  NEXT−リボンをむすぶ朝のために彼女は◆D7Aqr.apsM