【 最後に制服を着る日 】
◆/KBhMxFrbA




33 :No.8 最後に制服を着る日 1/4 ◇/KBhMxFrbA:07/04/29 20:26:34 ID:U7EwskU3
 今日は、少し早いお別れ会だ。明日で別れてしまう、僕の大切な仲間たちとの。

 その日、僕を入れて八名程の人間が一つの部屋に集まっていた。机の上には沢山のお酒と、ちょっとしたつまみ。
ささやかなものだけれど、僕らにしては上出来だろう。むしろ、これだけのお酒をよく集めたと感心する。
 聞こえていたお喋りが、幹事の咳払いで一気に静まる。幹事は真っ直ぐに立ち、全員に聞こえるように声を張り上げた。
「ええ、この度はお集まりいただき、ありがとうございます。明日で、制服に袖を通すのも最後となり、我々一同も……」
「やかましい、さっさと始めんか」
 幹事の演説が、その一言で止まる。むっとした表情で、幹事が言った奴を睨んだ。
「馬鹿、こういうのは形式が大事であってな……ああもう、何言うか忘れちまったじゃないか。もう」
 幹事が頭をかきむしる。沸き起こった笑いに暫く頭を抱えた幹事が、諦めたように叫んだ。
「ああもう、ならすぐやってやるさ。皆、飲み物の準備はいいか」
 幹事の声に同調するように、皆がコップを掲げる。それを見てから、最後に幹事が腕を上げる。
八つのコップが、机の上で向かい合った。
「では、旅立ちを祝して乾杯!」
 高らかに宣言した、と美化することもできないような、幹事のやけくそ気味の叫び。それを合図にして、沢山のコップが
机の上で絡み合った。僕も全員とコップをぶつけあって、たっぷり注がれたコップの酒を見つめる。まだ未成年だけれど、
今日くらいはきっと見逃してくれるだろう。そんなことを考えながら、僕は一気にお酒をあおった。
 ……苦い。喉を焼くアルコールの感覚に少しむせた。その様子を見て、隣にいた友人がけらけらと笑う。
「おっ、珍しくお前、威勢がいいな。むせたけど」
「うるさいな。僕が一気に飲むのがそんなにおかしいかい」
「そうは言ってないさ。元気が一番だよ。ほら、もっと飲めよ」
 薄笑いを浮かべた友達に、再びお酒を注がれる。テンションの上がりきった皆の馬鹿騒ぎに呑まれながら、
僕はその中身を飲み干した。空になったコップが気がつくとお酒で満たされていて、周りの囃子に合わせてそれをあおる羽目になる。
普段はあまりそういったことが得意でない僕も、お酒のせいか雰囲気のせいか、その声に合わせて騒いで、飲んで、盛り上がっていた。
上へ下へ、右へ左へ。狭い部屋での大騒ぎが続く。
 気がつくと、顔を赤くした友達が、一人二人と床に寝転びはじめていた。無理もない。まだ未成年で、お酒なんてそうそう飲みなれているわけがないのだから。
そして僕もその例に漏れない。頭が痛くてふらふらしてきたので、僕は宴会の席を少し離れ、外で風に当たることにした。
家の壁に寄りかかり、目を閉じて、息をつく。

34 :No.8 最後に制服を着る日 2/4 ◇/KBhMxFrbA:07/04/29 20:27:22 ID:U7EwskU3
「ふう」
 火照った頬を撫でていく夜風が気持ちいい。未だに部屋から聞こえてくる喧騒も、今はどこか遠い。
なんともいえない思いを振り払うように、僕はかぶりを振った。
「うりゃ」
「うわっ」
 額に当てられた冷たい感覚に驚いて僕が目を開けると、さっきまで馬鹿騒ぎをしていた幹事が、コップを突き出しながら笑っていた。
どうやら、額の冷たさの正体はこれらしい。
「何するんだ」
「いや、気持ち悪くなってるんじゃないかと心配でね。氷水、飲むといいぜ。落ち着くから」
 言おうとした文句も、幹事の気遣いと知ればもう言い出せない。無言でコップを取って、一口飲んだ。冷たい氷水が、中から僕を冷やしていく。
「うまいだろ」
「うん、ありがとう」
 ゆっくり、少しずつ水を飲んでいく。その間、幹事はただ黙って僕の横に立っていた。
 ふと、僕が幹事の顔を覗き込むと、そこに先ほどまでの笑顔はなく、ただ寂しそうに空を見上げていた。
「……何暗い顔してるんだい」
 覇気のない幹事に、僕は言った。
「ああ、いや。もうこれで皆とお別れかと思うとな、寂しくて」
 僕に顔も向けず、呟くように言う。
「そうだね」
 コップの中身を飲み干して、立ち上がる。幹事と同じように空を見上げてみた。今日の夜空は暗く、深い。
「もう会えないとか、思ってる?」
 僕は尋ねた。
「ああ、やっぱりな。だって明日は」
「会えるよ」
 後ろ向きな幹事の発言を、僕が止めた。
「会えるよ」
 もう一度言う。今度は、少し力を込めて。
「お前……」
 幹事は、驚いたように僕を見た。

35 :No.8 最後に制服を着る日 3/4 ◇/KBhMxFrbA:07/04/29 20:28:15 ID:U7EwskU3
「大体、お別れの前にぱっと騒ごうって言ったのは君でしょうに。そんなに辛気臭くてどうするの」
 幹事は、僕をじっと見つめていた。
「そうだ、そうだったな。忘れていたよ。しかし、お前に言われるとはな」
 やっと幹事が口を開いた時には、宴会の最初のあの笑顔が浮かんでいた。
「僕が言っちゃ悪いかい」
「いや、そういうわけじゃないさ。すまないな、辛気臭いことを言って。そうだな。この時間を大切にしなくちゃな」
 先ほどの僕のように、幹事も何かを吹っ切るように頭を回した。
「さて、じゃあ飲むぞ。宴会はまだ、終わっちゃいないんだから」
 僕の方に手を回して、幹事はささやいた。
「いや、さすがにこれ以上飲むのは」
「馬鹿、この面子で集まれるのももうないんだぞ。ここで騒がないでいつ騒んだ」
 完全に元の明るさを取り戻した幹事は、僕を引っ張りながら宴会場へと戻っていった。
騒がしい声は、結局、夜中になるまで続いた。

 宴会が終わり、自分の部屋に戻った僕は、ふらふらと布団に倒れこんだ。
「酷い目にあった……」
 結局、あの後も飲まされた僕は結局、途中で外に出たときよりもさらに体調を悪くしていた。
「うう」
 布団の感触が心地よい。このまま寝てしまいそうになる。しかし、まだ寝るわけにはいかない。
一番大切な仕事が一つ、残っていた。
 僕は頭の痛みをこらえながら机に向かった。引き出しから便箋を一つ取り、手紙を書く。一字一字に心をこめて。
「これでよし」
 僕は机を離れた。これでもう、思い残すこともない。やることは全てやった。
 部屋を見渡してみる。整理の全てすんだこの部屋には机と布団の他には殆ど何もなく、
ただ壁に、僕の制服がかけてあるだけだった。

36 :No.8 最後に制服を着る日 4/4 ◇/KBhMxFrbA:07/04/29 20:28:46 ID:U7EwskU3
「明日、か」
 不意に口から漏れる、「明日」という単語。そうだ、明日には、皆とお別れだ。長いようで短い付き合いだった仲間たちとも、もう会うことはないだろう。
「お前とも、頑張ったな」
 僕は制服を優しく撫でた。すっかりボロボロになった制服も、今となってはすっかり僕の一部となった。これもまた、僕の立派な一部なのだ。
「明日、お前を着るのも最後にいなると思うけれど。今まで、ありがとう」
 僕は制服に一礼すると、布団にもぐりこんだ。楽しかった、辛かった、全ての日々に思いを馳せながら。

 朝、目覚とともに素早く身支度を整え、制服を着る。
「華々しくいこう」
 僕は制服に語りかけた。そのとき丁度、ドアが開く。
「行くぞ、さあ、覚悟はいいか」
 隣の部屋の、昨日の幹事が真面目な顔で呼びかけてきた。後からは、昨日の会の人たちの顔も見えた。
 僕は彼らをゆっくりと見つめ、そしてはっきりと言った。
「ああ、勿論だ。この命、お国のために」

 僕ら特攻隊八名は、基地に向けて駆け出した。
 おそらくは死に装束となるであろう、軍の制服を身に纏いながら。

【終】



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