【 また僕は迷ってしまった 】
◆VXDElOORQI




271 名前: ブロガー(チリ) 投稿日:2007/04/22(日) 23:47:56.98 ID:9Cjy5VB10
 僕は迷っていた。
 なんのためにここに来たんだろう。
 鬱蒼と茂る密林の中でそんなことを考える。僕たち数人の見張りを残して他の皆は束の間の睡眠を
取っていた。
 僕はなんでここにいるんだろう。
 また思考の迷路に迷いこみそうになったとき、乾いた銃声が僕の耳に響く。
 突然の敵襲。
 皆にそのことを伝えようとしたが、もう遅かった。
 ほんの数週間だけしか訓練を受けていない僕たちは、彼らから逃れる術を知らなかった。
 仲間の叫び声が聞こえる。仲間の断末魔が聞こえる。
 それでも僕は逃げた。僕は帰らないといけない。彼女がいる国に帰らないといけない。
 そう自分に言い聞かせた。
 また乾いた銃声が後ろから聞こえてくる。
 ピンという小さな金属音が聞こえる。体にはなんの衝撃もない。僕は振り返らずに前だ
けを見つめて走る。振り向いたらもう前を向けない気がして、僕は前だけを見つめる。
 だけど、目の端に捉えてしまった。胸にかけていたはずのロケット。彼女の写真が入ったロケット。
それが宙を舞っているのを。
 そして振り返ってしまった。振り返らないと決めたばかりなのに振り返ってしまった。
 そこで僕は迷ってしまった。ロケットを取りに戻ろうかどうか迷ってしまった。
 僕はまた迷ってしまった。

 その結果がこれだ。ロケットは見失い、眼前には銃口。
「最後に言い残すことはあるか」
 銃を持つ兵士はそんなありがちなセリフを僕に投げかけてくる。
 辺りに彼の敵、つまりは僕の味方がいないことを悟った。みんな死んだんだ。
 それでも僕は、死に瀕したこの状況でも迷ってしまった。
 いつもそうだ。
 あの子が僕に好きだと言ってくれたときも、僕はすぐに答えを返せなかった。
 OKの返事をして、その子が抱きついてきたときも、抱き返すか迷ってしまった。
 初めて手を繋ごうとした時も、ファーストキスの時も、初めての夜の時も。

272 名前: ブロガー(チリ) 投稿日:2007/04/22(日) 23:48:23.65 ID:9Cjy5VB10
 いつも僕は迷ってしまった。
 僕は本当に彼女のことが好きだったんだろうか。
 本当に好きで、手を繋ぎ、キスをして、夜を共にしたんだろうか。
 彼女のことを、彼女がいる国を守りたくて、志願したんだろうか。
 ああ、教えてよ。僕は本当に君のことを好きだったんだろうか。
 ただ、逃げたかっただけなのかも知れないよね。
 君から、僕の迷いから、すべてから。
「最後に言い残すことはあるか」
 もう一度同じことを僕に問いかけてくる。
 わからない。なにを言ったらいいのかわからない。
 でもわからないまま、なにもわからないまま逝きたくない。
 彼女ことが本当に好きだったのかわからないまま逝きたくない。
 僕の気持ちを僕が知らないまま逝きたくない。
 国に帰ってそれらすべてを確かめたい。
 だから、今、ここで、逝くわけにはいかないッ!
「最後に言い残すことはないのか」
「ある。あります。思いつきました。たった今思いつきました。そうたった今思いついたんです」
 自然と口に笑みが浮かぶ。そうか、これが選ぶってことか。生きるってことか。
「言ってみろ。最後の言葉くらい聞いてやる」
「じゃあ聞いてください」
 僕は一回だけ大きく深呼吸をして、力を蓄える。幸いまだ体は動く。僕はまだ生きている。
「糞食らえ。です」
 言葉と同時にベルトに付けられたナイフを抜き、兵士に飛び掛る。
 僕はまだ肝心なことを選んじゃいない。だから僕は生きる!
 
 密林に乾いた銃声と誰の声とも知れぬ断末魔が響いた。





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