【 三角形。銀と黒と男 】
◆InwGZIAUcs




261 名前: 40歳無職(愛知県) 投稿日:2007/04/22(日) 23:41:59.10 ID:d0VbB0oZ0
 健太がこのお稲荷神社にやってきたのは全く持って偶然だった。
 迷走する自分の心と同様に、その足もまた当てもなく進められていたのだ。
 いつの間にか神頼みでもしようかと思った健太は、無意識にその場所を目指していたのかもしれない。
 健太は目の前にある社を見上げた。
「……」
 カコンっと賽銭箱に投じた五円が音をたてると同時に、健太は目を閉じ手を合わせた。
(亜矢の誤解が解けますように……)
 神社で願って何が変わるわけでもないが、自分への気休めとしては丁度良い。
 閉じた瞳はゆっくりと開けらる。
 その瞬間に健太の視界は九十度ひっくり返っていた。
 健太の体は、何ものかに正面から抱きつかれ、地面に叩きつけられたのだ。
 暗い霞に包まれていく意識の中、感じたのは甘い芳香。見たモノは少女。
 それはそれは見事なサラッと長い、茶色味のかかった銀髪の少女だった。


 それは昨日、健太が不良に絡まれていた女子高生を助ける際、手を引っ張って逃げた時のこと。
 その光景を健太の彼女、亜矢が目撃していたのが今回の騒動の始まりであった。
「他の女の子にうつつをぬかしているなんて……見損ないました! さようなら……」
 そんな少し古めかしい言葉で健太を責めて、一切連絡を断ってしまったのだ。
 健太も亜矢は思いこみの激しい子だとは思っていたが、言い訳をする間を作れなかった自分が悔やまれる。
 同じ大学で、一目惚れをして告白した健太を、完全に信用してはいなかったということだが、
そもそも一目惚れという突発的な思いで好きになった健太を信用出来ないのは道理とも言えた。
 さらに、その不良に絡まれていた女子高生は自主映画をとっている最中で、
パッと見ただけで体が先に動いていた健太はとんだ大恥をかいたのだ。
 まさに骨折り損の草臥(くたびれ)れ儲けといったところ。 
 健太は唸った。
 どうにかして誤解を……と。


 粘るような闇から抜け出すと、そこは銀色の世界だった。

262 名前: 40歳無職(愛知県) 投稿日:2007/04/22(日) 23:42:31.96 ID:d0VbB0oZ0
 次に見えたのは可憐な少女の心配そうな眼差しで、思わず目を見開いた。
 健太は自分の状況に気がつくと、慌てて居住まいを正した。少女の膝を枕にして寝ていたのだ。
「あ」
 少女が小さく呟く。起きあがり彼女を見下ろす健太は、息を詰まらせた。
 それほどまでに美しい少女だったのだ。茶色味がかかった銀髪より白い肌に、うすい桃色の唇。
さらには、白を基調とした着物には、所々に散りばめられた赤い模様が映えていた。
 まさにこの世の者とは思えない風貌をした少女である。
「……君は?」
「私は葛葉(くずのは)。この稲荷神社の狐の精、葛葉と申します」
 そう言って微笑む葛の葉に健太は大いに困惑した。
 そんな健太の気持を汲むように、葛の葉はその可憐な唇を動かした。
「すみません。私はあなた様が昔の恋人とそっくりで、勘違いをして抱きついてしまいました。
お礼に、一つだけ願いを叶えさせて下さいまし」
 そう言って淑やかにお辞儀をして握手を求める葛の葉。
 健太も慌てて手をだすと、葛の葉はその手を両手で包んだ。
 相手の肌が触れ、乾いた痛みが手に走る。健太は自分の手の平が擦り傷を負っていることに気がついた。
 そして、その痛みは葛の葉の両手の暖かさに紛れるように消えていく。
 慌てて手の平を戻すと、そこは傷一つ見つからない。
 葛の葉はニッコリ笑って告げた。
「さあ、願い事を仰って下さい」


 雲もなくよく晴れていて、太陽も高い位置でご満喫しているに違いない。
 健太と葛の葉は歩いていた。何故か手を繋いで。
「なんで手を繋ぐ必要があるんだ?」
 現世離れした格好の葛の葉と、手を繋ぐことは恥ずかしい事この上ないようで、
緊張している健太に葛の葉は笑って答えた。
「あら? 久しぶりの現世ですもの……私は健太様とでーとを楽しみたいのですが」
 もちろん葛の葉は可愛いし、淑やかで、正直好みだと健太は思う。それこそ、一目惚れする程に。
 しかし今、願った事とは正反対のようなことをしているように思えてならなかった。

263 名前: 40歳無職(愛知県) 投稿日:2007/04/22(日) 23:43:03.79 ID:d0VbB0oZ0
 そんな健太の不安を拭うように葛の葉が言った。
「大丈夫ですよ。きっと健太様の願いは叶えますから」
 健太の願いは当然至極。
 それは亜矢の誤解を解いてもらいたいということであった。
 しかし、こんな目立つ女の子と堂々手を繋いで歩いていたら、今度こそ完全に寄りを戻すことは
出来なくなってしまうと健太は思ったが、何か考えがあってのことかとも思う。
 さらに、そう何度も外で亜矢に出会う可能性も高いとは言えない。さらに言えばここは住宅街であり、
人とすれ違う機会も少ない。このことから、健太は一応この状況を見守る姿勢を保っていた。
 が、その考えの甘さに打ちのめされる事となる。
 正面から歩いてきたのは、まさにその亜矢だった。
 日本人形を思わせるような黒髪に、それにとことん合わせたような日本美人とでも言うべきか……。
 とにもかくにも、健太が見間違える筈のない亜矢の姿であったのだ。
 どこかへと血の気は引いていった為なのか、心臓は血を求めてバクバクと活動を始める。
 慌ててとった行動は、繋いでいた葛の葉の手を振り払うことだけ。
 しかし時は既に遅かったようだ。
 立ち止まった亜矢は、目を細めて健太を見据えていた。
 正面に立つ亜矢と向かい合う形で健太と葛の葉。健太が口を開こうとした瞬間、
「こんにちは!」
 葛の葉の明るい声が、場の雰囲気を飲み込んだ。
「あなたが、元彼女の亜矢さんですか?」 
 相手が言葉に詰まっている間もお構いなしに葛の葉は続けた。
「私が新しい健太様の彼女。狐の精、葛の葉と申します!」
「はあ……狐?」
 生返事を返す亜矢に、健太は何か悪い夢でもみているのではと思ってしまう。
「そうです。私こう見えても狐の精なのです」
 そういって、葛の葉は、頭に二つ耳を、身の丈ほどありそうな真っ白な尻尾を、
いつの間にか指から伸びた鋭い爪を顕わにした。
 健太もそれには驚いて、亜矢の方へと後ずさり。
 葛の葉は目を光らせて妖しく言った。
「早速健太様の魂を抜き取って、未来永劫私と共に彷徨うつもりですが……亜矢さんも如何でしょうか?」

265 名前: 40歳無職(愛知県) 投稿日:2007/04/22(日) 23:44:04.39 ID:d0VbB0oZ0
 ニタッと笑う葛の葉はもう人の姿をしていなかった。
 そう、葛の葉は狐へと変わっていたのだ。
 一息待たずに慌てて亜矢の手をとり駆け出す健太。
 その手に引かれる亜矢も夢中で走る。ただ、走る。


 亜矢は怒っていた。
 理由は至極単純。
 健太が女子高生と手を繋いで息を弾ませて走っている所を目撃したからに他ならない。
 そして今、おおよそ亜矢の頭の回転では到底追いつかない様な事態に巻き込まれていた。
 健太と一緒にいた少女。狐。殺意。
 それでも亜矢は、自分の手をしっかり握って走ってくれる健太が嬉しかった。


 後ろにはもう誰もいない。
 それに気付いた時、汗だくな二人はその場にしゃがみ込んでしまった。
 二人はお互いの見たモノが本当なのか確かめ合うように見つめ合った。
 そして、亜矢が声を上げる。
「あ、そういうことでしたの!」
「へ?」
 亜矢は合点がいったとばかりに顔が明くするともう一度健太の手を握りなおした。
「手を繋いで追いかけっこしていたのは、悪漢から逃げる為でしたのね?」
 どうやら亜矢は、こういう状況に陥ったことがなかった為か、
異性が手を繋いで走ることそれつまり青春の一ページを描いているという式しか頭になかったようだ。
「うん。それに気付くより聞く耳を持って貰った方が助かるよ」
 苦い笑みを浮かべる健太に、亜矢は御免なさいと丁寧に頭を下げたのだった。
 その時遠くで狐の鳴く声が聞こえたような気がしたのは二人の空耳ではないだろう。


 かくして二人の誤解は解けた。

266 名前: 40歳無職(愛知県) 投稿日:2007/04/22(日) 23:45:11.04 ID:d0VbB0oZ0
 当然健太は気付いている。恐らくこの顛末は、葛の葉が一芝居打って導いたものだということを。
 その事を亜矢に話してみると、亜矢は「不思議なこともあるものです」と大して驚いてもいなかった。
 目にしただけでなく、追っかけられたのだから当然と言えば当然だろう。
 二人は例のお稲荷神社の前にやってきた。
 お供え物のいなり寿司も忘れていない。
 お供えものをして、二人共手を合わせてお礼を述べた後、その場を後にしようとした時……
健太の視界は全て硬く灰色の石畳が支配した。
「おわ!」「きゃ!」
 健太は後ろから何ものかに抱きつかれ大いにずっこけたのだ。
 そしてその犯人の姿は、忘れようにも忘れない程の印象を残した少女、葛の葉だった。
「健太様、またお見えになられて私は嬉しいです」
「な、葛の葉――君は!」
 健太が悲痛な声を上げると同時、亜矢が葛の葉の細い手を握っていた。
「葛の葉さん。健太さんは私の恋人です。さあ離れて下さい?」
 笑顔が怖い……変な言葉だが健太は素直にそう思った。
 葛の葉はそれを同じような笑顔で受け流した。
「私は健太さんが好きです。ええ、もちろん昔の恋人にそっくりだからだけではありませんよ?」
「でも駄目です。健太さんは私が好きなのだから」
「そうでしょうか? 私は勝負はこれからだと思います」
 笑顔と柔和な声が奏でる地獄の旋律といったところか……と、
健太は葛の葉のしたで上手いことを言ったと自画自賛していた。俗には現実逃避という。
「あの……二人ともとりあえず落ち着いて」
 健太の言葉も二人には届かず。健太が中心な筈なのに、健太が一番外にいるように見えるのは、
これまさしく三角関係の特徴なのかもしれない。
 健太は、次こそ少女がでてこない神様に、平穏無事に事が済むよう祈りたくなったという。
 

 ところがところが数日後、葛の葉と亜矢が和解どころか仲良くなっている光景を見て、
健太は祈った神様を呪う日々を送ることになるのだが、それはまた別のお話……。
 終



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