【 大好きなひと。 】
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249 名前: 消防士(鳥取県) 投稿日:2007/04/22(日) 23:30:22.36 ID:4Gn7+/W10
飛行機雲がきれい。
絵の具で塗りつぶしたように青々しい青い空に、ぽっかりと白いラインが浮かんでいる。
あたしは教室の窓から、空を見上げている。
初夏のお昼の教室は一日のうちでもっとも蒸し暑く、何もしていなくても汗が垂れる。
開け放った窓から降り注ぐ日差しがまぶしい。でも、きれいだと思った。
「さち、また空見とるしー」
窓の外をじっと見ているあたしに、後ろから声がかかる。
顔を見なくても誰かすぐに分かる。少ししゃがれた声の大好きな人。
「まーちゃんも見いな。めっちゃきれいやで」
あたしは日の眩しさに目を細めた。
飛行機雲を指差し、促すとまーちゃんも窓の外に目をやった。
「あ、飛行機ぐもが浮かんでるんか。きれいやなあ」
彼女も、眩しいのか目を細める。飛行機雲は、ゆっくりとその姿を消していく。
「にしても暑いっちゃねえ。もう夏やのにクーラーいつ付くんやろ」
「だよねえ。風もないし、そのうち倒れるわ」
あたしは窓から目を逸らし、そう言いながら、手に持っていたうちわでまーちゃんを扇いだ。
「お、すずしー! さんきゅー」
そう言いながらあたしの頭を撫でた。夏服の袖から伸びた腕は、はっとするほど白く、うらやましいと思う。
まーちゃんがあたしの頭を撫でるのはいつものことなのに、その度に照れてしまって今もきっと顔が赤くなってしまっている。だから気づかれないように軽くうつむいてしまった。
あたしはやっぱり、まーちゃんが大好きだ。

あたしが通う高校は、他の学校よりも少しだけ、お嬢様な私立の女子高校。
教室にも廊下にも食堂にも女しかいない。どこを見ても女、女、女。
最初は、男子がいた共学の中学との差に慣れなかったけれど、一年も通えばさすがに馴染んだ。
女の子しかいない学校で気兼ねなく生活できることに喜びを感じている。
でもこの高校に入って一番感謝していることは、もちろんまーちゃんと出会えたことだ。
あたしがまーちゃんに、友情ではない感情を持ち出したのは、一年生の夏休みごろ。


251 名前: 消防士(鳥取県) 投稿日:2007/04/22(日) 23:33:20.00 ID:4Gn7+/W10
体育の授業中、陸上競技中に足をひねって歩けなくてうずくまっているあたしを、ひょいっと軽々しくおぶり、
保健室まで連れて行ってくれたまーちゃんに、あたしはたくましさを感じ、
それまでもいつも一緒にいた彼女に軽くときめいてしまった。
それ以来、まーちゃんの肩の下くらいまで伸びた黒髪をふわりとかきあげる仕草や、ふっとたまにどこか遠くを見つめる目、
かすれたハスキーな声、全てが愛おしく思えてしまった。
クラス替えのない学校だから、二年に進級してもまーちゃんとは同じクラス。
気づけばあたしのまーちゃんに対する感情は、友達としての、「好き」から恋愛対象としての「好き」にすり替わっていた。
同じ、女の子を好きになってしまった。おかしいと思った。でも、意識すれば意識するほど、「好き」の感情は止められなくて気づけばあたしは本当に、まーちゃんに恋をしてしまっていた。
そしてその思いは高二になった今でも健在で、教室が、図書室が、廊下が、まーちゃんがいる全ての空間が、あたしのとっての大切な場所となってしまっている。

「どしたん? さち、ぼーっとしちゃってさ」
まーちゃんはあたしを不思議そうにながめる。あなたのことを考えていた、なんて絶対言えないな……。
なんでもない、と言って首を振った。
「ねえ、あたしさ、別れたんよ、この前彼氏と」
「え!? 彼氏って、大学生の?」
初耳だった。まーちゃんは笑顔であたしの質問を受ける。
「そ、大学生の。意見の相違ってやつらしいけど、一方的にあっちに振られちゃってね。もうわけわかんない」
「へー……そっかあ……」
まーちゃんに大学生の彼氏ができた、と言われたのは高一の冬休みだった。そのときは、悲しさと切なさでいっぱいで、夜、涙で枕を濡らした。
でも今こうして、別れた。と聞くと、まーちゃんには悪いけれど心の中でガッツポーズをしてしまっている自分がいる。最悪だ、自分。
「でもまだあたし、完全にふっ切れてないんよ。別れたのは二週間くらい前なんだけどね、それまで保護してたあいつとのメール見てると泣けてきたりして。
ああ、もうこの人は彼氏じゃないんやな、元彼なんか。とか思っちゃって、最近ほんともう、涙腺ゆるくなってるわ」
髪をかき上げながら言いながら、まーちゃんは切なそうな笑顔をあたしに向けるから、あたしは胸が苦しくなってどうしようもなくなった。
――モトカレのことなんかで、そんな顔、しないでや。あたしなら、まーちゃんにそんな顔させないんに……。
あたしがそう言ったら、彼女はどんな顔を向けてくれるのだろうか。笑顔、だろうか、いや、多分困惑の表情だろうな。
「さちぃーそんなあたしのことで困った顔せんで? あたしもう大丈夫やけん」
ぽん、と軽く肩を叩かれる。まーちゃんはやっぱり切なそうな笑顔をあたしに向けて、「もうそろそろ、授業始まるね」
とだけ言って廊下側の自分の席へと戻っていった。



253 名前: 消防士(鳥取県) 投稿日:2007/04/22(日) 23:35:19.78 ID:4Gn7+/W10
「さーち! 一緒かえろー!」
授業が終わり、放課後になるとまーちゃんはいつもの笑顔であたしに話しかけた。
「うん、帰ろー」
あたしは急いでカバンを準備し、まーちゃんと一緒に学校を出た。外は、やはり暑い。あたしとまーちゃんは始終暑い暑いと連呼し、のそのそと歩いていた。
学校から歩いて十分ほどの駅のホームには、ちらほらと同じ制服を着た女の子が電車を待っている。あたしが住んでいる町は交通がとても不便。
電車は四十分に一本しかない。狭い片田舎。
「次、電車来るのいつやっけ?」
あたしはまーちゃんに質問をする。
「次はー……三十分後かな。結構あるねー」
待ち時間は長ければ長い方がいい。うんとあたしたちを待たせて、あたしたち以外の皆はうんざりして歩いて帰っちゃって、
あたしとまーちゃん二人きりになって、そしたらもういっそ電車が来なくたっていい。
「三十分って結構長い。ひまー」
[あ、そだ。今日帰りマック寄らへん? お腹空いちゃって」
「ええよ。あたしも腹減ったー。あ、そろそろ電車来るんじゃない?」
あたしとまーちゃんがここに来てから、すでに三十分ほど経っていた。
耳を澄ませば遠くから、電車の走る音が聞こえる。あたしとまーちゃんが会話をしている間にも、ガタンゴトンとその音はどんどんどんどん近づいてきて、あたしたちのいる近くまで来てぷしゅーっと音を出して止まった。
あーあ、来ちゃった。あたしはまーちゃんとホームで待つこの時間が、好きなのにな。
ドアが開くと同時に、たくさんの人が飛び乗って行った。
五両続いたオレンジ色の電車の中へと、どんどんと人が吸収されていく。
あたしとまーちゃんもその波に沿って大きな長細い四角の箱の中へと入っていった。

下校ラッシュのこの時間の電車の車内は、学生ばかりでぎゅうぎゅうになってしまう。
狭い車内の中は、あたしの学校の子や、もう一駅向こうの学校の男女や大学生で埋まってしまっている。
四角いスクールバッグを背負う余裕もないくらいぎゅうぎゅうで、あたしは隣にいたまーちゃんを見失ってしまう。
「まーちゃん」
あたしは小声で名を呼ぶ。まーちゃんはあたしの斜め前にいたようで、あたしが斜め後ろにいるのに気づくと、人を押しのけあたしの傍まで来てくれた。
「どこ行ったのかと思っちゃった。さちちっこいから見えなかったー」
まーちゃんはそう言い笑いながらそっと、あたしの手をとり、ぎゅっと繋いだ。
多分それは、あたしがはぐれないようにと気を利かせて手を繋いだのだろうけど、あたしはすごく嬉しくてぎゅっと握り返した。あたしの右手が繋いでいるまーちゃんの左手は、すごく温かかった。


255 名前: 消防士(鳥取県) 投稿日:2007/04/22(日) 23:37:29.72 ID:4Gn7+/W10
「もう電車人多すぎて疲れるー!」
ぎゅうぎゅうに人の波に押されながら出た電車の外の空気は、すごく新鮮な気がした。
「疲れるよなー。空気悪いし」
あたしは人に押されて乱れた髪の毛を手ぐしで直しながら言う。さっきまで繋いでいた手はいつの間にやら離れていて、あたしの右手はまーちゃんの体温を失っていた。
「ほんとに! もう二両ぐらい増やせばいいやん、ほんと田舎って……」
まーちゃんは語尾を濁した。あたしは不思議に思って彼女の方を見た。彼女はじっと、何かを見ているようだった。目を細めて、一点を見据えていた。
その目線の先には、四人で連れ添って歩く私服姿の男性がいた。
「どしたん? かっこいい人でも、いたん?」
「あ、えと……元彼。同じ電車だったんだー……」
そう言いながらもまーちゃんは目線を逸らそうとはしない。懐かしいような悲しいような切ないようななんとも言えない表情を浮かべて彼女はじっと一点を見ている。
「そなんや……。どれ、なん?」
――もういいやん、モトカレなんて。。まーちゃんが今、モトカレを見て切ない思いをしているのと同じように、まーちゃんがあたしを見てくれないことがあたしは切ないんよ、嫌なんよ……?
あたしが思ってるこんな感情は、彼女にはきっと伝わらない。
「あの、黒と紫のボーダーの服着た人。あの服、あたしが選んであげたやつだ」
ふふ、と彼女は微笑んだ。その目にはうっすらと涙が浮かんでるように見える。
「ねねね、早くマック行かないと人いっぱいになっちゃうよー」
あたしがまーちゃんに視線を戻すと、彼女はまださっきと同じ場を見ていた。
――早く、早く目を逸らして。もういいやん、早くマック行こうよ。この場から、去ろうよ。
だめだ、あたしも涙が出てくる。こんなにあたしはまーちゃんのことを思ってるのに、なんでやろ、なんで伝えられないんやろ。
「……もうちょっと、もうちょっとだけだから、待って……」
涙声交じりのそんな声で言われて、あたしはぎゅっと口をつぐんでうなずいた。
口を開いたらきっと、あたしも涙声で、泣いているのがバレてしまう。
「ごめんね、さち。行こっか」
まーちゃんは顔を伏せながらそう言って、あたしの右手を繋いで歩き出す。
手を繋がれて、さっきと同じ嬉しさは微塵もなかった。繋いでいるまーちゃんの左手も、温かいと感じれない。
あたしに泣き顔を見られないようにと顔を伏せているまーちゃんのことを思って、ただただ切なかった。



256 名前: 消防士(鳥取県) 投稿日:2007/04/22(日) 23:37:59.22 ID:4Gn7+/W10
「なあ、まーちゃん何頼むー?」
マックに着いたとき、案の定満員であたしたちは少し待たされた。十分ほどしてやっとカウンターまでたどり着けた。
待っている間、他愛のない世間話をして場をやり過ごしていた。
まーちゃんから、「モトカレ」の単語が出ないように、無理やりでも会話で時間を埋めた。
その単語が出てしまったら、まーちゃんの切ない顔を見ることになると思ったから。
「どうしよ、普通のハンバーグとシェイクにしようかな」
「じゃああたしはチーズバーガーとコーラにするー」
カウンターのお姉さんに注文をする。お持ち帰りか店内で食べるか、と聞かれたがもちろん店内だ。
品物を受け取り、座れる場所を探す。どの席も大体高校生が占拠していて、騒がしかった。
唯一空いていたボックス席に隣同士で座る。
手に持ったハンバーガーの入ったトレイは、嗅ぎ慣れた香ばしい香りを撒き散らしている。
そのトレイから、自分が頼んだチーズバーガーを手に取った。
「なーあ、明日って体育あるっけ?」
チーズバーガーチーズバーガーと等間隔に印刷された薄い紙をめくりながら尋ねた。
「うーん確かあるよー。めんどいね、多分プールだし」
まーちゃんはシェイクを吸いながら答える。いちごの香り鼻孔をかすめた。
「まーちゃんていっつもシェイク頼むときチョコ味なんに今日は違うんね」
いちご味のシェイク。あたしの中の彼女のイメージにそれはなかった。
「あ、ほんとだ。あいつ……元彼がいちご味好きでな、でも男なんに恥ずかしいとか言うていっつも変わりに頼んでたんだけど、すっかり影響されちゃってんね、やばいなー」
ああ、質問を間違った。その四文字の単語だけは、まーちゃんの口から出さないようにしていたのに。
「そっかー。まーちゃんてチョコのイメージあるから、さ」
「そう?あたしはいちごも好きやなー、ほんと……」
言葉のイントネーションが下がっていく。まーちゃんはふわりと髪をかき上げる。そんな大人っぽい仕草が、いつもは愛おしく思えるのに、今はそんなこと思えなかった。なぜって、大好きな彼女の目から、涙がこぼれているのだから。


257 名前: 消防士(鳥取県) 投稿日:2007/04/22(日) 23:40:15.52 ID:4Gn7+/W10
「あーあ……だめだ、あたしホント。また泣けてきちゃった。弱いなあ、ほんと」
涙で目を濡らしながらくしゃっとした笑顔を浮かべる。眉は下がってるのに目だけ笑っていて、もう見てられない。まーちゃんのそんな表情、大嫌い。
「あたし、まーちゃんのそんな顔見たくない……むかつく、そのモトカレ。むかつく! あたしがまーちゃんの恋人ならそんな顔させない、傷つけないよ……。むかつく、むかつく……」
気づいたときには口が勝手に喋っていた。言い終えた後に、なにを言ってるんだろう、と後悔したがもうすでに遅い。
よりにもよって、まーちゃんが好きだったモトカレにむかつく、だなんて連呼してあたし、なに考えてるんだろう。
気まずい空気の中で、沈黙が続いた。あたしはもうあたふたと目が泳いでいたと思う。
お互いに言葉のない間は、多分二分もなかったのだと思う。でもあたしにはその時間が十分にも二十分にも感じとれた。
「……ありがと」
気まずい空気を破ったのは、まーちゃんだった。
あたしはなぜお礼を言われたのかが分からず驚いてぱっとまーちゃんの顔を見た。その顔はさっきの表情よりも明るく、でも目から涙は零れていた。
「ありがとね、さち。なんか元気でた」
そう言いながら手で涙を拭くまーちゃんは、もうすっかり笑顔だった。
まさか、ありがとうなんて言葉、聞けるとは思えなかった。
「あーあ! さちが男の子だったらよかったんになー」
ははっと笑いながらあたしの頭をなでる。
「そしたらあたし、さちに絶対惚れてた! そいで告ってた、絶対」
よく考えれば、振られたともとれる言葉なのに、辛いっていう感情は嬉しい気持ちに負けていた。それでもやっぱり少しは辛かったけれど。
「うん、あたしも! あたしがもし男の子だったら絶対まーちゃんに惚れてる!」
「ほんとにー? うれしーなあ」
まーちゃんがそう言いながら笑うから、あたしもつられて、あははと笑った。
「ほんとあたし、さちに出会えてよかったと思ってるんよ。こんないい友達、なかなかできんもん」
「あたしも。まーちゃんのこと大好きやわー!」
まーちゃんにとってあたしは、友達。
あたしは、女の子だから、まーちゃんの彼氏にはなれないんやね。
分かっていたことなのに、本人に言われると、やっぱり心に刺さる。
まーちゃんは、あたしの大好きな人でもあるけれど、大切な友達でもある。
にこにこと笑顔であたしのことを見るまーちゃんを見て、あたしは恋愛対象として彼女のことが大好きだけれど、この気持ちはまだまだ、伝えれそうにないな。と思った。



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