【 その声は闇に消え 】
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225 名前: すくつ(東京都) 投稿日:2007/04/22(日) 23:09:52.31 ID:AuNqtIHm0
 裕美が目を覚ました時、彼女の眼前には、彼女を見下ろすように佇む金髪の男
と、その手に握られた、黒い塊があった。
 その塊が拳銃である事に気が付くと裕美は目を見開き、男の位置から対極の場所
へと走り出そうとし、無様に転倒した。
 どこで手に入れたのか、裕美の両手には手錠がつけられており、手で身を起こし
ながら足の力で立ち上がろうとした彼女は、バランスを崩す結果となった。
「よォ、気が付いたのか」
 そう言うと男は裕美の前へ身を躍らせる。
 『貴方は誰?』と口を開こうとして、初めて裕美は自分の口が塞がれていること
に気付いた。結果『ビャババババベ?』と無残な台詞を繰り出す事になった。
「なんだ、聞こえねェな。俺は台詞を途中で遮られるのが嫌いでよ。暫くその猿轡
を付けててくれねェか? あれだ、あんまりウザいと――弾みで殺しちゃうから」
 男の軽い口調で言われると、現実感の伴わない台詞ではあったが、男が手にした
拳銃の引き金を引くと、裕美の顔から色がいくらか失われた。
「本物……だぜ?」
 今度は低い声で、警告するように言い放つ。
「あァ、心配しなくても此処は俺がよく解体に使う場所で、人は滅多にこねェか
ら、助けなんて期待するだけ無駄だぜ。大人しくしてりゃ、痛いのは一瞬だしよ。
俺が優しいのは手錠を前につけてやってることからもわかるだろ? ま、ぶっちゃ
けると、手が見えないと不安ってだけなんだがな」
「…………」
「なんだ、取りあえず質問されそうな事を先に答えておくか。あれだ、俺は、えー
と……。解り易く言うなら一年前のアレの犯人だな」
 さらっと男の口から吐き出された言葉に、裕美は驚愕の表情を浮かべる。
「意外と反応が普通だな、つまんねェ。姉貴みたいに楽しませてくれよ!」
 姉貴という言葉を男が発し、裕美は確信と共に、顔を俯かせた。

226 名前: すくつ(東京都) 投稿日:2007/04/22(日) 23:10:54.56 ID:AuNqtIHm0
「理解できましたー? 貴方の姉貴を意識不明の重体に陥らせ、挙句記憶喪失に追
い遣った犯人は俺だって言ってんだよッ!」
 勢いよく足を振り上げると、男はそのまま裕美の体に向かって足を振り下ろし
た。
「聞こえてますかー? オイ、無視してんじゃねェよ」
 蛙を押し潰したような声を上げた裕美が恐る恐る顔を上げると、男は途端上機嫌
となって、口を開く。
「ま、どうせ殺すんだけどな。少しは楽しませろっての」
 無慈悲に放たれた言葉を、裕美は心ここに在らずといった面持ちで聞いていた。
「俺はな、殺す相手には今迄に殺した奴の事を話す事にしてんだ。だが、最近気付
いたんだがな。これだと、そのうち馬鹿みてェに長い話しないといけなくなるよ
な。どうするよ? 省略しちゃうか俺? それともランク付けでもして、上だけ話
すか?」
 何か言いたげにもごもごと口を動かす裕美の様子に気付いたのか、悦に浸ってい
た男が裕美に視線を送る。
「ん? 何か言いたそうだな。あァ、猿轡があるから喋れねェか。まあ良い、聞
け。俺が初めに殺したのは親父でな――」
 他愛のない昔話を話すように、淡々と凄惨な過去を口にする男。その嬉々とした
表情とは対照的に、裕美は男を射殺すような視線を送っていた。 
「――ッてなわけだ。んん? おうおう、良いねェその眼だ。お前の姉貴もそんな
眼で俺を睨んでたぜ。爪を剥がれても、体中を斬り付けられてもな」
 その言葉にビクンと鋭敏に裕美が反応する。まるでその様子を楽しむように、演
出のように手を広げ、男は吐き気の催すような笑顔を作り出す。
「さっきランク付けって言ったけどよォ。お前の姉貴は間違いなくトップだった
な。いくら痛め付けてもその眼で俺を見続けてよ、面白いから俺はゲームをするこ
とにしたんだよ。ルールは簡単。お前の姉貴が生き延びて、ある事をお前に伝えれ
ば俺の負け。ま、助かっても狂うくらいの壊し方はしたんだけどな」
 男は甲高い声で笑い出す。


227 名前: すくつ(東京都) 投稿日:2007/04/22(日) 23:12:14.77 ID:AuNqtIHm0
「ヒャハハハハッ、記憶がないんだってなお前の姉貴。あァ、分かってると思う
が、ある事ってのは今日の襲撃だわな。結局お前の姉貴は思い出すこともなく、無
残にも妹を殺されるわけだ。心配すんな、俺は慈悲深いからよ、お前の後にちゃん
と姉貴も殺してやるよ!」
 指を拳銃の形にし、裕美に向ける。
「ゲームオーバーだな。何か言いたい事もありそうだし、聞いてやるよ」
 男は裕美の後ろに回りこみ猿轡を外す。
「んん? なんか言ってみろよオイ。『死ね』とか『殺す』とかさ!? 威勢のい
いのは眼だけかァ!?」
 裕美が口を開く。だが、その声は酷く小さく男に届かない。
「オイオイ、ビビッてんのか? はいはーい、怖くないからもうちょっと大きな声
で言ってみましょうねー」
 ふざけた台詞を吐く男に対して裕美が言葉を放つが、矢張り男には届かない。
「うぜェな、期待させんじゃねェよ糞が。あァ、もう――」
 懐から拳銃を取り出し、男は言い放つ。
「――死ねよ」

 銃声が響き渡った。
 
「がハッ……!」
 膝を突いたのは男だった。信じられない者を見るかのように裕美に視線を投げか
ける。
 対しての裕美は手錠のかけられた両手を前に突き出していた。その手に一丁の銃
を構えて。
「糞ッ……訳分からねェな、どういうことだ……ッ? なんで手前がそんなものを
持ってる? お前の姉貴の記憶喪失はブラフかよ?」
 苦痛に歪んだ表情で、打ち抜かれた足を押さえながら男は眼前の裕美に問いかけ
る。

228 名前: すくつ(東京都) 投稿日:2007/04/22(日) 23:12:57.66 ID:AuNqtIHm0

「姉さんの記憶喪失は嘘じゃない。嘘だったらどんなに良かったことか……」
「あン?」
「私もね、あの場所に居たのよ。貴方が姉さんを切り刻んでる直ぐ傍で、私は必死
で息を殺してたのよ!」
 まるで自分に言い聞かせるように、言い放つ裕美に男は驚きを隠せない。
「居た……だとッ?」
「だから……姉さんは屈しなかった。私がいたから、貴方の注意が姉さん以外に及
ばないように、姉さんは貴方を挑発し続けたのよ!」
「はッ、勝算のないゲームを始めちまったって訳か、俺は。しかし、解せねェな。
なんで警察を呼ばなかった? こんなやり方じゃ俺の気まぐれ次第じゃ手前は死ん
でたぜ?」
「そんなの当たり前じゃない」
 裕美は酷く歪んだ表情を作り上げた。
「警察じゃ、貴方を殺せないじゃない。私の手で、貴方を、姉さんをあんな事にし
た貴方を殺せないじゃない」
「――そりゃそうだ」
 乾いた銃声が、男の体を駆け抜けた。
「私達は、確かに愛し合ってた。足りないところを補い合うみたいに。二人で、一
つだったの」
 既に息絶えている男を見下ろし裕美は強い声で叫ぶ。
「元の彼女を、返してよッ!」
 その声は誰にも届く事はなく、悲しく響き渡った。

229 名前: すくつ(東京都) 投稿日:2007/04/22(日) 23:13:42.01 ID:AuNqtIHm0
「ようこそ、裕美さん。今日は遅かったね」
「うん、ごめん。ちょっと野暮用があってさ」
「そっか、毎日来てくれてるだけでも凄く嬉しいよ。ごめんね、その……思い出せ
なくて」
 視界の殆どが白で埋め尽くされる病室で、栄美が裕美に語りかける。
 僅かな沈黙が過ぎた後、ゆっくりと裕美が口を開いた。
「終わったよ……姉さん」
「んん? どうしたの?」
 要領を得ない発言に栄美は疑問符を顔に浮かべる。
「何でもない。あのね、ちょっと用事が出来ちゃってさ、暫く此処に来れないと思
うけど大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。いつまでも裕美さんに頼ってばかりじゃいけないしね!」
 しっかりと答える栄美に、裕美は安堵の表情を浮かべると、腰を上げる。
「もう帰っちゃうの?」
「行かないといけないところがあってさ、その前にちょっと会っておこうかなっ
て」
 頬を掻きながら、裕美は一拍置いて言葉を紡いだ。
「じゃあ、また来るね」
 別れの挨拶もそこそこに、裕美は病室をでると、吹っ切れたように歩き始めた。
 急ぐ必要はない。けれど裕美はいつの間にか小走り気味になって其処へ向かっていた。
 彼女の罪を、償うために。


<了>



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