【 時間の流れ 】
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216 名前: カエルの歌が♪(コネチカット州) 投稿日:2007/04/22(日) 22:56:36.86 ID:eCKIcbJiO
 俺は人を待たせている。30分ほどだろうか。
 この駅で降りるのも久しぶりだ。今から会うやつとよく行った街だ。
 駅前の商店街を少し歩いたところに一軒のファミレスを見つけた。
 ここも懐かしい。ここで遊ぶ際に必ず待ち合わせした場所だ。
 入る際に少し躊躇い、待ってても意味がないと思い店に入った。
 ある女と会うために――

「いらっしゃいませー。お一人様ですか?」
「いえ、待ち合わせですので」
「かしこまりました」
 店内に入ると彼女を探した。
 昔よく待ち合わせをした奥の方の窓際の席に彼女らしき人は座っていた。
「やあ、久しぶり」
「やあ、じゃないわよ遅いわね。そういうところ変わってないんだから」
 どうやら彼女のようだ。何故推定なのかと言うと彼女は一目見ただけでは解らないほど変わっていた。
 顔立ちはそこまで変わらないが髪は青紫、服装は棘の目立つヴィジュアル系だ。
 昔とは全然印象が違う。昔は良く言えば清楚、悪く言うと地味だったのに……。
「スマン、電車が混んでたんだ」
 俺は誤魔化した。会う踏ん切りがなかなかつかず家を出るのが遅れたなんて説明し辛い。
「遅刻の理由にならないじゃない。まあいいけどさ、それにしても久しぶりね。あれ
以来だから……」
「4年、だな。大学3年以来だし」
「よく覚えてたわね、貴方」
「ああ、まあそれくらいはな」
 彼女は少し驚いた表情をしていた。
 そんなに意外かね。あんな『出来事』あったら覚えてるだろう普通。
 俺は少し疑問を感じつつも別の話題を振った。

217 名前: カエルの歌が♪(コネチカット州) 投稿日:2007/04/22(日) 22:57:52.93 ID:eCKIcbJiO
「それにしてもお前変わったな。ずいぶんと」
 もう1つの疑問である。
「アンタは中身も外見も変わってないけどね」
「うるさい、これでも結構いいとこに就職して安定してるんだぞ」
「へぇ、頑張ったじゃない。隠れ落ちこぼれのあんたが」
「まあ、な。思うところあって」
 そう、俺はこいつと会わなくなってから変わった。普段は真面目ぶってるだけだった俺が本当に真面目に生きるようになった。
 それもこれもあの『出来事』以来である。
 俺は真面目に勉強し、一流とはいえないがまあ二流くらいの企業に入社し、しっかりと仕事をしている。

「ねえ、何か頼んでいい? 当然奢りで」
「いいぞ。こっちが呼び出したんだしな」
「え? ほんとにいいの? やれ金ないだの金欠だの金貸せだの言ってた貴方が」
「言ったろ? 今は結構稼いでるんだ」
 昔は衝動買いの癖があった俺がまさか貯蓄してるとはね。俺でも驚きだよ。
「すいませーん、えっといちご豆乳抹茶パフェ1つ」
「俺はホットコーヒーで」
「はいかしこまりました」
 店員は注文をとるとすぐに厨房へと下がった。

 沈黙が痛い。俺はさっき流された話をまた振った。
「お前変わったなほんと」
「何よもうボケたの?さっきも同じ事言ってたわよ。」
「いや、理由を聞く前に俺の話になったからさ」
「何ききたいの? そんなたいしたことないわよ。趣味あわせただけよ、彼と」
「彼氏――いるのか」
「そうよ、半年くらい前から付き合いだしてね」

218 名前: カエルの歌が♪(コネチカット州) 投稿日:2007/04/22(日) 22:58:45.51 ID:eCKIcbJiO
 俺は今日会ったことを心底後悔した。会いにきた理由、それはよりを戻す為。
 会わなくなった理由――それは無責任な若い男女にはよくあること――妊娠だ。
 俺の無責任な一時の感情で彼女に生命が宿った。
 万年金欠病の俺だ。当然身を固める準備もできてるはずがない。
 負い目から彼女となんとなく疎遠になってしまった。
 彼女から逃げたんだ。
 そして数週間後、友達づてに堕胎したと聞いた。
「そっか、そうだよな。もう4年経つしな」
「アンタはいないの?」
「ああ、まあいたりいなかったり」
「どっちなのよ」
 俺はこいつとよりを戻す――結婚するために4年間頑張ってきた。
 昔の俺と決別する気で必死に変わろうと頑張った。
 昔別れの言葉は口にしてはいなかった。
 だから、心のどこかで、まだこいつとは、別れてない、つもりだった。
 でも当然といえば当然だがもう既に……。
「そうそう、今日は話があるから呼び出したんじゃないの? 話って何?」
「いや、なんだったかな、会ったら忘れたよ」
「アンタ本当に大丈夫? ちょっとボケすぎでしょうに」
 俺は結局誤魔化すことしかできない。本心を無駄だと解っても伝えようとする勇気さえない。
 結局昔と変わらず逃げ出すことしかできない。
「ああ、言いたくないだけでしょ? 貴方の話なんてだいたい解るわ。どうせよりを戻そうとかそんなとこ」
 驚いた。いや、でも普通か。解って当然の話かもしれない。4年も経ってから会いたいなんて言い出したのだから。
「……よく、解ったな」
「解るわ。あなたのことをずっと思い続けてきたのだから。出会ったのはいつだったかしら?」
「……大学の1年、おまえが高2」
「そうよ、それから今まで6年間ずっと。最初はもちろん貴方が好きだったから。
でも別れてからはずっと怨み続けた。――ねえ、私が最後に貴方に電話した日を覚えてる?」

220 名前: カエルの歌が♪(コネチカット州) 投稿日:2007/04/22(日) 23:00:23.43 ID:eCKIcbJiO
「……いや、覚えてない」
「あなたにとってはやっぱりどうでもいいことだったのね。私は今でも覚えてる。貴方に捨てられたと実感した9月13日を」
「そんな、捨てたなんて」
「じゃあ何だっていうのよ。あの日電話にも出ない、折り返しの電話もない。謝罪のメールもよこさない。それが捨てた以外になんだっていうのよ」
「すまない」
「今更謝ったって遅いわ。許すとでも思ってるの? それとも何? 本気で私が待ってるとでも思ってたわけ? 
あなたは昔からそう。いつも自分勝手で私の気持なんか考えない。そういうところが変わってないっていうのよ」
「いや、それは……」
 とりあえず反論しようかと思ったが、全く言い返せない。変われてないんだな、その事も言われてから気付くなんて。
「じゃあね、これから彼氏と会うから」
 突然別れを言われ、焦った俺は最後にもう1つだけ質問をした。
「ま、待ってくれないか、1つだけでいい、聞いていいか?」
「何よ」
「――もし、もしもあの時逃げ出さなかったら、どうなっていたと思う?」
「ほんと私のこと考えてないとしか思えない質問ね。そうね、多分別の道を歩いてたと思うわ、共に」
 俺は最後の3文字を聞いて、うなだれてしまった。
「じゃあ、さようなら。好き『だった』わ」
 机の上にはいつの間にか運ばれた手のつけられてないパフェと冷め切ったコーヒーがおかれていた。




終わりです



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