【 地球は案外狭い 】
◆7wdOAb2gic




125 名前: 理学療法士(アラバマ州) 投稿日:2007/04/21(土) 15:45:39.32 ID:b0cAZPKd0
 ねえ、こんなこと考えたことない?
 例えば私にある元彼がいるとするじゃない、その元彼にも元彼女がいるでしょ、そうやってずーっと続く
わけよ、元彼女の元彼の元彼女の元彼の元彼の元彼女の……あれ?ま、いっか。で、これを何十回も繰り返す
とアフリカのタンザニアの山奥に住むマドゴ族のン・ゼ・タムタムさんにたどり着くのよ。
 それで彼女が付き合ってる彼氏のコンザと、デートを兼ねた狩りに行くの――

「キャー! コンザ、そっちに行ったわよ」
「まかせろっ! こいつめ観念しろ」
「やったー!! 早くそのツチブタ、しめちゃって」
「オッケー、ン・ゼ・タムタム美味しく料理してくれよ」
「コンザの為に腕によりをかけて、すっごく美味しいの作るわよー」

「できたわー、さあ召し上がれ」
「……」
「どう? 美味しいでしょ?」
「……おい」
「ハムッ!フハッ!なあに?」
「これ、おかしいだろ!」
「クチャクチャ、なにが?」
「てめえ、量が全然違うじゃねえかよ!」 
「はあ? とっておきの頭のほうをあんたにあげてんじゃん」
「ふざけんなよっ! 俺が苦労して捕ったのに、てめえばっかりバクバク食いやがって」
「男のくせにせこいこと言ってんじゃないわよ」
「うるせー! もうお前とは別れる! じゃあな」
「あ、あ……ちょっと、待ってよー」

126 名前: 理学療法士(アラバマ州) 投稿日:2007/04/21(土) 15:46:52.71 ID:b0cAZPKd0
「こんな感じで、今日も地球のどこかで、私に縁のある元彼、元彼女が生まれてるってわけなのよ」
「はあ……そうですね」
 グラスを磨いたり、他の客の注文のカクテルを作ったりしながら、一方的に話かけてくるカウンター
の女性客に適当に返事をしていた。
「ま、いまラブラブ真っ最中の私には全く関係ない話なんだけどね。マスター、私の彼氏さとしって
いってさ、ずっと仕事で海外に行ってたんだけど、今日久しぶりにデートなの。それにしてもさとし
遅いな」

――カランカラン
 
 どこにでもいそうな細身の男が店の中に入ると、カウンターの女は媚びを含んだ嬌声をあげた。
「さとしー! 遅いじゃないのよ」
 さとしと呼ばれた男は女に向かって軽く手を挙げると、再びドアを開き外にいる誰かを店内に招き入れた。
「その人誰?」
 鮮やかな色のワンピースを着た女が、男の背中に影のように寄り添っていた。実際女の肌の色は
真っ黒だが、日焼けの色ではないようだった。
 さとしはしばらく逡巡していたが、やがて意を決して語り始めた。
「俺がタンザニアの山奥で測量をしている時、このヒトが悲しそうに泣いている所にでくわした。
名前はン・ゼ・タムタムだ。言葉は通じなかったが、なぜか俺はこのヒトを放っておくことができ
なかった。しばらく慰めて立ち去ろうとしたが、ン・ゼ・タムタムは後をついてきた。俺は家まで
連れ帰り、いつしか二人は――」
「なに……それ……」
「だから今日はお前にさよならを言いに来た。ごめん許してくれ」
 さとしは全て言い終えると、胸のつかえが取れたようなスッキリした顔をして、ン・ゼ・タムタム
のほうを見た。彼女は目を潤ませながらさとしに言った。
「サトシ ムベンホ ドゼ マハナ ヨ!」(さとし、私あなたのために、毎日美味しいツチブタ料理を作るよ!)
 二人はカウンターの女など最初からいなかったかのように、手を取り合って店から出て行った。

127 名前: 理学療法士(アラバマ州) 投稿日:2007/04/21(土) 15:47:38.88 ID:b0cAZPKd0
 その後が大変だった。
 残された哀れな女は、頬を流れる涙を拭きもせずに、強いお酒を何杯も注文し、次々とグラスを
空にし続けた。いつしか店内は他の客がいなくなり、酔いつぶれてカウンターに突っ伏したままの
彼女とマスターの私だけになった。
「お客さん、もう閉店しますので起きてください」
 彼女の肩を揺すると、女はいきなりしがみついてきた。
「マスター、今日だけは私独りになりたくない、むちゃくちゃに乱れたいの!」
「そんなこと言われても困ります。」
 私は彼女の脇を後ろから抱え、店の外までひきずって行った。そして店の前のゴミ置き場に寝かせて
店に戻り、中から鍵を閉めた。
 私は一人で一杯やりたい気分だったのだ。それに色の白い日本の女に興味も無かった。
 タバコの火を点け、とっておきのスコッチをグラスに注いだ後、今日の出来事に思いを馳せた。
「ン・ゼ・タムタムはいい女になっていたな、俺には全く気づいていなかった。あいつのことを忘れる
為に日本に来て、がむしゃらに働き、やっとこの店を開いた。今の俺があるのもン・ゼ・タムタムの
おかげかな、それにしても地球は案外狭いもんだ」
 通りに向けて光っている「BAR コンザ」のネオンサインを消してから、残りのスコッチを一気に口に
流しこんだ。

                      完



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