【 イマカノノモトカレ 】
◆bvsM5fWeV.




118 名前: 犯人(アラバマ州) 投稿日:2007/04/21(土) 14:11:55.51 ID:07BhnD5E0
 寛はヤツを知っている。宏子のモトカレというやつだ。
寛はこの「モトカレ」と言う若者言葉を初めて聞いたとき、ものすごく嫌らしいものに感じた。
カタカナでの表記がどこかセクシャルなものを想起させるからだ。なおかつそれが寛自身の
こととなるとよりいっそう嫌らしい音となって寛の耳に響く。
 ――イマカノのモトカレ。
 彼女はどんな顔でヤツを見ていたのか。
 どんな顔で食事をしていたのか。
 どんな顔で唇を重ねたのか。
 あるいはどんな顔で――
 寛は頭を掻きむしる。勢い余って脳味噌をほじくりだしてしまうほどに。そんな憎らしい「モ
トカレ」が「イマカノ」とへらへらと歩いていたら? 核弾頭で地球を破壊して自分も殺してし
まいたくなるのは当然の感情だ。少なくとも寛はそう思っていた。そして、今がその「当然」の
状況なのだ。とも。
 寛は居酒屋で、とりあえずビール、と言うような軽い感じで「とりあえず核爆弾」のように軽
薄で軽いノリで地球を、彼ら二人の仲を全力でぶち壊したいと思っていた。

 ヤツ、とは三浦一のことだ。
 寛とは小学校からの知り合いだが、特別に仲が良い訳でもない。
 彼女――宏子と付き合っていたのも知っていた。
だがそれは本当に昔のことで、三浦と宏子が一緒になって歩いているのは寛にとって晴天の
霹靂だった。寛にとってはそれほど信じ難い出来事だった。二人はとっくの昔に切れていたは
ずなのに。
 本当に今更なのだ。
 三浦は宏子の「モトカレ」なのだ。
 それとは真逆に、寛と宏子の家族は二人の仲を認めていた。宏子が入院した時も寛は毎
日のようにお見舞に行き、家族とともに看病をした。三浦はというと、宏子が退院してから教
室で初めてそのことを聞いて、やあ大変だったねえとか適当な事を言っただけだ。
 愛情の点から見ても明らかに寛のほうが上である。ともすれば三浦は宏子をかけら程も愛
していない。そんな三浦が宏子と一緒にへらへらぶらぶらと歩いている。
 寛の血は沸騰していた。

119 名前: 犯人(アラバマ州) 投稿日:2007/04/21(土) 14:12:39.04 ID:07BhnD5E0
 長い間一緒に住んでいたからなのだろうか、しばらくの間寛は宏子が毎週水曜にいなくな
るのに気がつかなかった。だがある水曜日に醤油を切らして近くのスーパーに買いに行った時、
寛は向かいの道路を宏子と三浦が歩くのを目撃した。
 寛は声をかけようとも思ったが、好奇心から二人を尾行した。そしてその後すぐに後悔した。
 夕焼けに染まる河原を二つの長い影がゆっくりと移動する。
 何もそんなにゆっくり歩かなくてもいいじゃないか。何を惜しむように歩いているのか。正直、
すごくいい雰囲気だ。遠くから二人を観察する寛は胸を締めつけられる思いだ。二人はその
後、河原が切れるまでの道のりを歩き、橋に突き当たったところで分かれて家路に着いた。
 何とかしたい、二人の仲をぶち壊したい、宏子に問い正したいと思っても行動に移せないの
が寛の欠点である。それから二ヶ月の間、寛は河原で二人が逢瀬を重ねるのを遠くから見
て嫉妬の炎を燃やすだけだった。
 毎週水曜日、核弾頭は寛の頭の中でだけ炸裂する。

 ついにある水曜の日、寛の我慢は臨界を迎えた。その日もやはり寛は河原で二人を観察
していた。しかし二人はいつもの道をたどり家路に着くことはなかった。分れ道で三浦が宏子を
家に来ないかと誘う。宏子は最初は断ったが、最後には三浦の強引な押しに負けて、三浦に
ついて行く。
 遠くから見ていた寛は何も出来なかった。いやむしろ、あえてなにもしなかったと言った方が正
しいかもしれない。三浦への怒りもあったが、これに宏子がついていったら本気で問い正そうと
思ったからだ。


120 名前: 犯人(アラバマ州) 投稿日:2007/04/21(土) 14:14:50.20 ID:07BhnD5E0
 そして、この有り様である。
 寛は決断した。
 今日こそ宏子を問い詰めようと。
 毎週河原で三浦と歩いていたのを見ていたことも。
 今日、三浦の家に行くのを見たことも。
 全てを問い正そうと思った。

 夜遅くに宏子は帰ってきた。実際はそれほど遅くも無いのだが、今の寛にとっては遅い時間
帯なのだ。宏子が玄関を上がり、廊下を渡る音が聞こえる。
 「ただいま」
 宏子はがらりと引き戸を開けた。
 寛の第一声。「そこに座りなさい」
 何をいきなり、と宏子は面食らった。
 「最近、毎週水曜日は遅いが、一体何をしているのだ」
 寛はあえて核心に迫らない。
 「何って、パソコン教室ですよ。言いませんでしたっけ?」
 「いや、聞いてないぞ、そんなものは。それに、新田のところの三浦さんと一緒に帰っているそ
うじゃないか」
 寛は自分が尾行したことは伏せておくことにした。
 「三浦さんはパソコンに詳しいから帰り道にいろいろとお話を聞いているんですよ。今日はパ
ソコンの調子が悪かったから三浦さんのお宅にお邪魔して遅くなったんです」
 「でもだな、三浦さんは宏子のモトカレじゃないか」
 「なんです、『モトカレ』だなんて若者ぶって。また美幸の入れ知恵ですか」
 美幸は五十嵐寛と宏子の孫娘だ。今年で十四歳になる。
 「それにもう五十年以上昔のことですよ。私たちがまだ尋常小学校にいた時じゃないですか」
 「ふん、ばあさんはわしのイマカノじゃないか。イマカレがモトカレに嫉妬して何が悪い」

 ――了



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