【 前の彼氏の作ったカレー 】
◆InwGZIAUcs




111 名前: 噺家(愛知県) 投稿日:2007/04/21(土) 13:45:16.19 ID:rrD21rlQ0
――今日の晩ご飯は自分たちで作って食べて! 母より。

 そんな書き置きがリビングのテーブルの上に乗っている事に一瞬で気が付いたのは、
いつもならそのテーブルの上に乗っている筈の晩ご飯が見あたらなかったからに他ならない。
 私は大きく溜息をついた。
 面倒くさいし、何より料理がこの上なく苦手ときている私に、
この仕打ちは嫌がらせ以外の何でもない。
 大学生にもなったんだから料理位作りなさいと母は言うけれど、
一人暮らしでもしない限り私は料理なんてするつもりはなかった。
 高校生の弟が部活から帰ってくるのを待って作らせようかと悩みながら、それでも冷蔵庫を開いた。
 目についたのは、タマネギにジャガイモに人参に豚肉……そしてカレールー。
 これはカレーを作るようにわざわざ母が置いていったのかもしれない。
 ふと思い出す。
 そういやあいつカレー大好きだったな。
 弟じゃない。半年ほど付き合った前の彼氏のことだ。
 よく手作りのカレーをごちそうになったもので、とても美味しかった。
まあ結局私が彼に手作りを披露する機会はなかったけど。
 ご飯は炊いてある。
 グウとお腹も鳴いている。
 しょうがない……たまには作るかな。
 正規の調理法など知ったことではない。
 ジャガイモ、タマネギ、人参、豚肉を適当に炒めて、
お湯で解きほぐしたカレールーの中にぶち込んで更に煮込んでやる。
 グツグツいっているお鍋をクルクルかき回す。
 その時何かが閃きふと手を止めた。
 頭を過ぎったのは隠し味について喜々として語る元彼の言葉。
 まあその時は美味しければ何でも良いと思って聞き流していたけど、せっかくだから思い出してみよう。
 えと、なんだっけな? リンゴを入れるんだっけ?
 他にも色々語っていた気もするけど、思い出せたのはリンゴのことだけ。
 我ながらありきたりだなと思いつつも、リンゴを擦ってその中へと放り込んでやる。

112 名前: 噺家(愛知県) 投稿日:2007/04/21(土) 13:48:12.12 ID:rrD21rlQ0
 あとは適当に弱火で煮込めば完成かな? 
 なんかこうグツグツ言ってるのを見ると、どんどん美味しくなっていくような気がするから不思議だ。
 一口とって味見してみたが、流石の私でもカレーくらい作れるようだ。
 うん、おいしー。名付けて、
「モトカレー!」
 なんちゃって。
 あとはもう少しこのぐつぐつを眺めていようと思った時に、携帯電話から鳴り響いた音は久しぶりに聴くメロディ。
 元彼専用の着信メロディだった。
 半年越しにかかってきた元彼からの電話。
 私は突然五月蠅くなった胸を手で押さえ、携帯電話を手に取った。



 フウと大きく溜息が漏れる。
 携帯電話を切った私は、今だ煮込んでいるモトカレーの存在を思い出し、慌ててキッチンに戻った。
 底が焦げてしまっている……。焦げ臭いカレーを口に運んでみた。苦かった。
 でも、今の気分に丁度良い。
 いまさらヨリを戻したいって。馬鹿よね。何様なのかな? あいつから別れようっていった癖に……。
 私は知っている。あいつが私を振って違う女追っかけて、そしてその女に振られた事を。
んでまた付き合おう……って舐めてるにも程があるっての!
 すると玄関の開く音が私の耳に届いた。
「ただいまー! って! 姉ちゃん何してるの?」
 帰宅した弟はまるで悪戯を見咎められた子供のように驚き叫んだ。
 よほど私がキッチンに立っている姿が珍しいみたい。
 まあ気持は分るので、そこは咎めないでおこう。
「モトカレー作ってるの」
 弟はワケが分らないといったところ。説明するのも面倒くさい私はそれを無視してお鍋と睨めっこ。
どうにか食べれないかと、少し黒くなったカレールーをもう一度口に運んだ。
 弟に目を向けると、私が小皿に盛ったカレールーを見て納得したのか様子が窺える。
 今度は私が疑問符を浮かべる番だ。

113 名前: 噺家(愛知県) 投稿日:2007/04/21(土) 13:49:23.73 ID:rrD21rlQ0
「なるほど、元カレーね」
 苦い笑みを浮かべながらそんなこと言った弟。
 一瞬間を置いてようやく理解した私も苦い笑みを浮かべた。
 上手いことを言う。
 結局そのカレーは食べないことにした。


 終



BACK−番猫 ◆sjPepK8Mso  |  INDEXへ  |  NEXT−イマカノノモトカレ ◆bvsM5fWeV.