【 初恋の味は梅ドリンク 】
◆NA574TSAGA
※投稿締切時間外により投票選考外です。




569 名前: 土木施工”管理”技師(北海道) 投稿日:2007/04/16(月) 02:54:28.63 ID:Pf0rPu4M0
七月十四日 金曜日
 先ほど暑さで寝付けず、アパート前の自販機までジュースを買いに行ったときのことだ。
 時刻は午前二時半。当然こんな時間に起きているのは俺くらいだろうと思っていた。
 だから自販機で梅ドリンク(案外ウマイ!)を買い、部屋に戻ろうとして驚いた。
 アパートの前に、女の子が一人立っていたのだ。黒服に黒靴、黒帽子。全身黒ずくめの暑苦しい恰好だった。
 こんな遅くに何をやっているんだ、と声をかけた。彼女はしばらく俺の顔を見たあと、何それ、と梅ドリンクを指差した。
 質問を質問で返すなと言いたくなったが、美味しいんだぜ。と一応勧めておいた。
 そんな感じの会話を二、三回続けたのち、彼女は走り去ってしまった。
 いったい何だったのだろうか。ちょっと気になるけれども、今日は二限から講義がある。
 この梅ドリンクを飲み干したら、さっさと寝てしまおうと思う。

七月二十四日 月曜日
 学校帰りに、先日夜中に会った子と偶然出くわした。
 彼女はこの前のような暑苦しい服ではなく、白のワンピースを着て、駅前のベンチに座っていた。
 この前は暗かったので気付かなかったが、今日会って確信した。
 かなり可愛い。
 お茶に誘ってみたが、彼女は頬を赤らめ、小さな声でごめんなさいと言って立ち去ってしまった。
 さすがに焦りすぎたかもしれないな、と後悔中。

七月二十六日 水曜日
 彼女と再び出会った。今度の日曜の映画のチケットを差し出すと、戸惑いながらも受け取ってくれた。
 はにかんだ笑顔。それだけでもう十分幸せだった。

八月十三日 日曜日 
 今日は彼女と電車を乗り継いで、海へと行ってきた。
 彼女曰く、海を見るのは初めてらしい。というか、電車に乗ったことさえないらしい。
 案外いい家のお嬢様だったりするのだろうか。そういえば知り合ってから半月経つのに、まだ彼女の家の場所がよくわからない。
 一度どこに住んでいるのかを聞いてみたが、街外れの森の中と答えただけで、それ以上は教えてくれなかった。

 彼女と見る海は、一味違う美しさがあった。今後何があろうとも、忘れることはないと思う。

570 名前: 土木施工”管理”技師(北海道) 投稿日:2007/04/16(月) 02:55:57.07 ID:Pf0rPu4M0
八月十五日 火曜日
 あの森について妙な話を聞いた。中に入った人間が、記憶を失って出てくるという噂だ。
 だがあの森ではそんな噂が立って仕方がないようにも思える。鬱蒼とした密林には人を寄せ付けない雰囲気があった。
 そんな森に住んでいるという彼女はいったい何者なのだろうかと、ふと興味を持った。
 これから森へ行って、彼女に直接聞いてみようと思う。

八月十六日 水曜日
 朝目が覚めたと思ったら、既にあたりは夕暮れ時。しかも床に寝ている状態だった。
 一日が終わろうとしている。もう少しまともな人生を送りたいなあと思った。

八月二十日 日曜日
 三日ぶりに外出した。近くのコンビニまで。
 レトルトカレー四食とカップラーメン四食と食パン(六枚切)を購入。
 これで三、四日は生活に困らないだろう。
 帰り際、大きな鳥か何かが森の方へ飛んでいくのが見えた。夕焼けがきれいだった。

八月三十一日 木曜日
 大学の夏休みもちょうどあと半分となり、いいかげんすることがなくなってきた。
 そもそもこの一ヶ月、何をして過ごしていたのだろうか。
 語るにも及ばないような無意味な毎日を送っていたような気がする。
 というわけで、友人を誘って海にでも行くことにした。
 フィルムの余った使い捨てカメラがあったので、ついでに持っていった。
 駅前で待ち合わせをして友人二人と合流。
 可愛い彼女はどーしたんだ。そうほざく友人の一人。
 わかってて言ってやがるな、と挨拶代わりの関節技をかけてやった。
 その憐れむような目は止めろ! どうせ俺は彼女いない暦=年齢だよ!! 悪いか!!! (魂の叫び)

 夏の終わりの海は、入るにはさすがに冷たかった。


571 名前: 土木施工”管理”技師(北海道) 投稿日:2007/04/16(月) 02:56:28.68 ID:Pf0rPu4M0
九月一日 金曜日
 テンションがおかしい時の自分の文章を見ると死にたくなる。

 それゆえ今まで過去の日記を読むのをためらってきたのだが、ふと昨日友人が言っていたことが気になりだして日記をさかのぼってみた。
 率直に言うと、わけがわからない。何が起きているのだろうか。とりあえず友人に電話をして、話を聞いてみた。
 聞けば、友人は夏休み中何度も俺を遊びに誘っていたらしい。だが俺はそれをデートだからと言って断っていた。
 全く身に覚えがないことだ。だが日記にはそれらのことが詳細につづられていた。
 俺は幽霊とでも付き合っていたのだろうか。それとも単に暑さで頭をやられていただけだろうか。

九月三日 日曜日
 自分なりにあれこれと調べてみたところ、あの森には確かに前々から妙な噂が絶えないらしい。
 入った者は記憶を一部喪失して出てくるとか、ほうきに乗った女の子を見たとか、そんな話ばかりだ。
 「ほうきに乗った女の子」というのは彼女のことだろうか。

九月四日 月曜日
 かばんの中から現像していない使い捨てカメラが出てきた。
 日記では八月の中旬に彼女と海へ行ったことになっている。
 現像してみれば何か分かるかもしれない。
 
九月五日 火曜日
 今日は一日中雨のようだ。なので調査は中断。引きこもるとしよう、と思ったが冷蔵庫が空っぽだった。
 仕方がないので買い物に行くことにする。ついでに現像した写真も取りに行こうと思う。
 
(追記)これから自転車で森へと向かう。天気は荒れ模様、時刻は午後五時をまわったところだ。
 彼女はおそらく普通の人間とは違うのだろう。だが会おうと思わずにはいられなかった。
 先ほど現像した写真を見た。大半は先月末に友人と撮ったもので、残りの写真も電車の中から撮った景色ばかりだった。
 けれど最後の一枚に目をやると、満面の笑みを浮かべた「彼女」が、海を背にして写っていた。
 何故彼女だとわかったのかはわからない。ただ、その笑顔に素直に惹かれたのは確かだった。
 だから決めた。彼女に会って、嘘でもかまわないから好きだと告げようと。
 少なくともこの写真を撮ったときに彼女を好きだったことは、疑いようのない事実だと思ったから。

572 名前: 土木施工”管理”技師(北海道) 投稿日:2007/04/16(月) 02:58:45.63 ID:Pf0rPu4M0
九月七日 木曜日
 病院のベッドの上で今日になって目が覚めた。
 友人の話だと、昨日の明け方に森の入り口で倒れていたのを発見されたらしい。
 その後は友人に、記憶の片隅にもない少女についての話を延々と聞かされた。そして最後に日記を読むように薦められた
 あらためて読んでみると、これは恥ずかしい。特に九月五日の追記。詩人か、お前は。と突っ込みたくなった。
 けれどおかげで、彼女に対して自分が以前持っていた気持ちを再認識、いや、再々認識してしまった。
 そして同時に、彼女に振られたんだなと何となく確信した。

九月九日 土曜日
 退院後、例の森へと友人ともう一度行ってみる。いくら探しても、誰かが住んでいる痕跡はどこにも見当たらなかった。
 友人はもう彼女とは関わり合わない方がいいと言ってくれた。俺もそう思うことにして、アパートへと帰ってきた。

 帰り際に梅ドリンクを買って飲んだ。いつもよりも甘ずっぱいように思えて、何故か無性に切なくなった。

九月十日 日曜日
 朝起きると、ポストの中に手紙が入っていた。
 指示された場所へ向かうと女の子が一人。そこで告白をされた。
 初めて会ったときから好きでした。わたしと付き合ってください。
 そんなありふれた言葉だったが、すぐにオーケーの返事を出した。
 正直言うと、俺も一目ぼれだった。そして今ならすんなりと、彼女のことを忘れられるかもしれないと思ってしまった。

九月十二日 火曜日
 今日はこれからあの子との初デートだ。無難に映画でも見に行こうと考えている。
 
 ところで、この日記は今日で最後にしようと思う。日記に触れるたびに、彼女のことが気にかかってしまうからだ。
 正直言って、これほどわかりやすい振られかたはないだろう。彼女は俺に、自分のことは忘れて欲しいと言っている。
 しかし日記の存在が、彼女の望みを阻んでしまう。それは彼女にとっても、俺にとっても、そしてあの子にとっても不幸なことだと思う。
 だからこの日記はこれで終わり。ジ・エンドだ。

 「完」

573 名前: 土木施工”管理”技師(北海道) 投稿日:2007/04/16(月) 03:00:57.19 ID:Pf0rPu4M0
                   〜・〜
「何を読んでいるの」
「ん、ああ。学生時代に書いていた日記が出てきたんで、ちょっとな」
 妻が差し出した缶ジュースを受け取りながら返答する。
 気になったページだけを読んだだけだったが、それでも当時のことが思い出されて懐かしい気持ちになっていた。
「思えば君と出会った頃だったなあ。この日記をつけることをやめたのは」
 しばらく日記を巡る昔話に花を咲かせたあとで、私は言った。
「結局日記は捨てられずにこうして残っている。彼女については何一つ覚えていない。
 何一つ覚えていないのだが、この日記を見ると不思議と彼女を思い出したような気になってしまう」
 妻は静かに私の話を聞いていたが、やがて一言つぶやいた。
「彼女のことを、心から愛していたのね。きっと」
「あ、いやすまない、わけのわからないことを言って。今はもちろん君一筋だ」
 だがおそらく今でも、無意識の内では彼女のことを。自分の諦めの悪さに、ついつい自嘲的な笑みがこぼれる。
「だけど彼女は違ったんだろうな。日記の通りなら私はあの日、確かに彼女に好きだと告げたはずだ。
 にもかかわらず記憶を消されたってことは、つまり」
「いいえ。彼女だって、別にあなたのことを嫌っていたわけじゃなかったはずよ」
 妻は何故か自信ありげにそう言った。
「彼女はきっと、自分の『正体』をどうしても明かしたくなかっただけ。だと思うわ。
 けれど記憶を消したのにまたやって来たあなたを見て、彼女はとうとう諦めちゃったの」
 諦めるって、何をだい。私が尋ねると、妻は一言こう答えた。
「自分の気持ちを隠すことを。諦めることを、諦めたのよ。だからこそ、」
 妻はそこで言葉を切り、それ以上は何も言おうとしなかった。
 言っていることはよく分からなかったが、これ以上古い話を続けるのもあれなので、私もここで一息ついた。
「しかしまるで自分のことのように話すんだなあ」
 そう言って笑いながら、缶ジュースに口をつける。懐かしい味が口いっぱいに広がった。
「おい、梅ドリンクじゃないか。どうしたんだ、いきなりこんなもの」
 私の問いかけに、妻は妙な答え方をする。
「ふふ。最初にあなたと出会った時のことを、ふと思い出しちゃってね」
 手紙をもらったときのことだろうか。いや、そんな記憶はない。
 腑に落ちずに首をかしげる私を横目に、妻はあの日私が一目ぼれしたのと同じ笑顔を見せた。



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