【 マホーの使い道 】
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515 名前: 国会議員(福岡県) 投稿日:2007/04/16(月) 00:00:07.15 ID:kZiWvTno0
 仰向けのままマンションの天井をぼんやりと眺めていると、蛍光灯が切れかかっているのに気がついた。三つ
あるわっかの一番内側がちかちかと点滅している。一度目に入ると気になるもので、なんとなくその数を数えて
いく。
 視界の隅ではスーツ姿の男がもぞもぞと動いていた。スカートを脱がすのに手間取っているらしい。何やって
るんだか、そう頭の中で呟きながら、軽く腰を浮かす。
 目が合った。非難するつもりではなかったが、男は気まずそうにネクタイを緩める。
「気にしなくていいよ」
 視線を天井に戻し、そう言った。
「私さ、人の心が読めるんだ」
 男がぽかんと口を開けるのが見える。この事を打ち明けると、大体は決まってこんな反応が返ってくる。
「面白いね、君」
 ようやく男が口を開いた。先ほどまでの緊張がいくらか和らいでいるように見える。そんなつもりで言ったん
じゃないんだけど、そう言いかけて、やめた。男の顔が股の間に移動していたからだ。
 一回、二回、三回と、数を数える。決まりきったいつものやり取り。ふと、ベルトコンベアが頭に浮かんだ。
逆向きに解体されていき、そしてまた梱包されるために戻されていく。だとすれば、今日の乗り心地は最悪なん
だけど。
 暖房がききすぎているのか、男の汗が太ももに落ちた。ひょっとすると涎だったのかもしれない。げんなりし
て、また数を数える。
 数が百を越えた頃、痛がるふりをすると、男は喜んでいた。苦笑しながら、また数を数える。のろのろとした
動きだったが、蛍光灯の方が長持ちしたので思わず吹き出しそうになった。

 昼間も私は数を数えている。次の休みまで何日か、欲しい物を買ったらあといくら財布の中身が残るのか、あ
いつの彼女はこれで何人目なのか。ただし、教科書の数字の羅列にはさっぱり興味が沸かないのだけど。
 学校は退屈だった。それで早まるわけでも無いのに、大人になるまでの時間を数えるだけの場所。日常の半分
がそんなだなんて、私にとっては拷問に等しい。
 それは決まりだから、なんて友人は言う。ルールだから、決まりだから。そんな事は知っている。決まりすぎ
ているからつまらないんだ。何を言えば何と返ってくるのかとか、男がどんな目的で近づいてくるのかとか、毎
月律儀に出てくる赤いモノとか。数えても、数えても、終わることは無い。
 それは多分、退屈と呼ぶモノなんだろう。
 何人目のオキャク、そんな風に数えて終わるだけの男の顔を覚えていたのは、そのせいだったのかもしれない。

516 名前: 国会議員(福岡県) 投稿日:2007/04/16(月) 00:00:40.65 ID:kZiWvTno0
「あれ、蛍光灯のヒトじゃん」
 学校からの帰り道。電車に揺られながら、目の前で吊り革にぶら下がる疲れた男の顔。
 こちらを見るその目には力が無い。太ももからスカート、そして制服へとゆっくりと視線が上がってくる。そ
れが私の唇の下のホクロにたどり着くと、ぎょっとしたように男の全身が固まった。
「……学生だったの?」
 ぎっしりと詰め込まれた周りの乗客を気にしながら、男は小声で話しかけてくる。
「何で言わなかったんだー、とか思ってるでしょ」
「い、いや、随分と大人っぽく見えるなあってさ」
 慌てて取り繕う男に、にっこりと微笑む。
「うん、ありがと」
 さらりと受け流して、その手をそっと握った。
「でさ、どうする?」
 男の喉がごくりと鳴った。一回、二回、その数を数える。

 いつもの天井に煙草の煙が広がっていった。面倒で取り替えていない蛍光灯は真っ黒なままだ。微妙な脱力感
を感じながら、のそのそと制服の袖に手を通す。
「そういや君、心が読めるとか言ってたね」
 壁に寄りかかったまま、男はそんな言葉を投げかけてくる。
「うん。だって私、マホーが使えるし」
「はは、そりゃ羨ましいなあ」
 そう言って男は力無く笑う。
「本当にそう思う?」
「そりゃそうさ。仕事には役立ちそうだし、何よりナンパが楽になる」
 お金を払わなくてもね、そんな風に男は続けた。
「でもさあ、そいつが私を好きじゃないかとかも分かるんだよ?」
「それなら相手を変えればいい」
「……変えられなかったら?」
 そう呟いて、私はカーテンの向こうの街を見る。ぽとり。煙草の灰が落ちるのが聞こえた気がした。
「えーと、何、プロポーズ?」

517 名前: 国会議員(福岡県) 投稿日:2007/04/16(月) 00:01:07.36 ID:kZiWvTno0
「ああ、勘違いするのは分かってた」
 こんな時でも笑いはこみ上げてくる。
「違うよ。向かいに住んでる同級生の話」
「あー、そういう話ね」
 男のため息が聞こえる。
「そいつ女癖が悪くてさー。付き合ってはすぐにポイ。もう十人もだよ? ほんとサイテー」
 両足を投げ出して、床に寝転がる。ひんやりとした床の感触が、頬に冷たかった。
 つまらなそうに男は煙草をふかしている。煙は嫌いなんだけど、そう言いかけて、やめた。

 その日からまた何度か呼び出されて、蛍光灯の男と会った。数えるのはやめていない。冗談交じりに付き合お
うかとも言われたが、笑ってごまかしてやった。
 男は深く聞いてくることはしなかった。ただわずらわしかっただけなのかもしれない。余計な言葉はそこには
無くて、薄っぺらな紙切れだけがあった。ただ、その気安さだけは何故か心地よかった。
 だけど一方で、日常というものは相変わらずだった。教師は相変わらず台本の台詞を繰り返している。友達は
また新しいアイドルにご執心だったし、カレンダーの丸印通りに赤いモノは垂れてくる。それは本当に、いつも
通りに。
 そんな帰り道、携帯が鳴った。蛍光灯の男だった。
 ディスプレイには“十人目”と書かれた文字が表示されてる。
 無機質な機械音が繰り返される。そのコール音を数えていく。
 二十回目で音はやんだ。
 家への帰り道を影法師が伸びている。足を止めて、側を流れる小さな川に体を向けた。
 柄にも無くごめんねと小さく呟いて、ゆっくりと振りかぶる。ぼちゃんと音を立てて、川面に小さな波紋が
広がっていく。
「十回目」
 そう唱えて背を向けた。

<了>



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