【 現代における魔女狩りの顛末 】
◆dT4VPNA4o6




509 名前: ネコ耳少女(dion軍) 投稿日:2007/04/15(日) 23:55:13.70 ID:dn+Wb8I/0
 その女が始めてアメリカ軍と接触したのは2年前のことだった。
 アメリカに限らず各国の軍隊には必ずと言って良いほど、精神を参らせた軍人が存在する。
それらの軍人の治療、改善を行う人間を消極的に募集していた時ペンタゴンに一通のメールが届いた。
 内容は『精神疾患治療の件について、明日お邪魔する』と言うものであり、悪戯として処理された。
次の日、国防長官が執務室に入るまでは。
 そこには執務室の椅子に深々と腰をかけ、ポケット文庫を読みふける女がいた。長官に気づいた
彼女は別段悪びれた様子もなく、呆ける長官に、
「遅いですね長官殿、もう十時ですよ。早速、仕事の話をしようじゃないですか」
と話しかけるのだった。

 本来ならば直ちに不法侵入と機密漏洩容疑で逮捕されるところだったが、彼女と三十分ほど会話した
長官はすぐに彼女に治療を依頼した。批判は長官と秘書以外は誰も知らないので出ることはなかった。
 画して彼女に5名の陸軍軍人が預けられた。理由は様々だが一様に鬱病を患っており、いずれも
症状は深刻であった。彼女は「五日で帰す」と言い残し、五人の軍人をワシントン市内のホテルに連れて行った。
 期日の五日後彼女が現れることはなかった。代わりにペンタゴンに姿を見せたのは、異常なまでに躁状態になった
例の五人の軍人だった。しかも異常はそれだけに止まらなかった。全員が以前よりも明らかに軍人として『強化』されていたのだ。
 筋力は言うに及ばず、視力、肺活量、判断力までが鬱病を患う以前よりも飛躍的に向上していた。
 この異常な事態にすぐに国防情報局が動いたが、宿泊していたホテルの部屋の部屋には彼女の変わりに密かにに監視を
任されていた別の局員二名がベッドの上で安らかな寝息を立てていた。
 懸案極秘で非常線が張られ隣接するメリーランド州とバージニア州を中心に徹底的に捜索が行われたが彼女の行方が
知れることはなかった。

「で、そのトンでも女がこのネバダの、ド田舎の、あのボロアパートにいると。何とも間抜けな話だな」
 同僚のジェフから話を振られて私は鼻を鳴らして応答した。
「ガセネタじゃねーのか?」
 やる気のなさそうに続けるジェフを一瞥して私は口を開いた。
「その可能性は低い、あそこに居るのは間違いなくあの女だ」
「菓子工場の客員研究員が、国際的有名人の女ってか? 冗談きついよなあ」

510 名前: ネコ耳少女(dion軍) 投稿日:2007/04/15(日) 23:56:38.66 ID:dn+Wb8I/0
彼女が様々な諜報機関かや軍組織から追われる身である事を、我々CIAが掴んだのはごく最近のことだ。
 二年前の逃亡後国防情報局から引き継いだ我々だったが、彼女の行方を掴むことは出来なかった。優先度が
それほど高くなかったことと、それに反して極秘の扱いであったからだ。この件は暫らくの間進展のないまま、
忘れ去られようとしていた。
 事態が展開したのは三ヶ月前、私宛に突然メールが届いた。オフィスのPCではなく自宅のPCに届いた
そのメールの内容は、複数の諜報機関がある一人の女を執拗に追っていると言う内容だった。悪戯の類でないことは
私にはすぐ理解できた。メールは私自身の仕事柄よく見聞きする人物、組織の名称、非常に具体的、あるいはその後の調査で
事実と証明された事例が多数記載されていた。差出人の割り出しが平行して行われたが結局今日まで判明することはなかった。
 メールの内容に沿って調査が行われた結果、例の女は各国の軍部において似たような行為を行ったらしい。
そして最後にアメリカに接触した後行方をくらませたらしい。
 実に二年間、多くの優秀な諜報工作員が血眼になって探し出すことが出来なかった謎の女。奇妙なことに
各機関のコードネームは合致していた。即ち
 「魔女、か」
 私はつぶやいて彼女が居るはずのアパートに眼を向けた。
「しかし、まあ、何だ。調査の結果が全部マジだったとして、あの女は何をやりたいのかねえ?」
 ジェフは相変わらず軽口を叩く。
「さあな。ま、我々には関係あるまい。各地で魔法のような事をしたとは言え、細腕の女性を拉致するのは
気が引けるがコレも仕事だ」
 自分に言い聞かせるように私は早口に言った。
「しかしよハリー」
 ジェフはタバコに火をつけながら尚も私に話しかける。
「同業者が居るんじゃね?」
 それは私も気づいていた。道を挟んだ向かい側にBBCのマークが入ったトラックが止まっている。アパートの
前には堂々とフランス大使館の車両が駐車していた。ジェフの言葉を借りればネバダのド田舎の光景ではない。

「開き直ってるね。援軍は……無理だな」
 ジェフが嘆息交じりにぼやく。我々の認識は甘かった。少なくともあの二カ国の『魔女』に対する評価は
随分高いらしい。
「先に仕掛けるか動かんとジリ貧……おっ!」
 ジェフの声に私は顔を上げた。フランス大使館員のはずの男三人がアパートに玄関から堂々と侵入するのが見えた。

511 名前: ネコ耳少女(dion軍) 投稿日:2007/04/15(日) 23:57:26.89 ID:dn+Wb8I/0
「一回拉致させてから、本部から横槍を入れてもらうか。これ以上我々だけで動くのは……」
 私がそこまで言ったときだった。突然アパートの玄関から先ほどの三人組の一人がすさまじい叫び声とも
うめき声とも付かぬ奇声を上げて飛び出してきた。暫らく悶絶しのた打ち回った挙句動かなくなったのを見るや
我々二人は車を飛び出した。
「うおっ、クセ! 何じゃこりゃ」
 男からは得体の知れない猛烈な悪臭が漂っていた。それでもハンカチ片手に男の状態を確認すると、
彼は少なくとも死んではいなかった。しかし全身を濡らす液体からは猛烈な異臭が漂っていた。
 我々が男に気を取られていると、、BBCのトラックの後部ドアから軽機関銃で武装したTVクルーが現れてアパートに
突入していった。MI6もやってくれる。
「おい、ハリー。コレは出直しだぜ」
「とりあえず見届けるぞ」
 我々は任務失敗に落胆しつつ車に戻って事の顛末を見届けることにした。
 しかし十分たち二十分たってもアパートからは誰も出てこなかった。何回か発砲音はしたが、それも今はやんでいる。
「……見に行くか?」
 居心地悪そうにジェフが声をかけてきた私も嫌な気分だったが任務遂行のチャンスでもある。ピストルを引き抜き私は
ジェフに玄関に向かわせ裏口に回った。
 私が侵入してすぐにジェフの叫び声が聞こえた。慌てて声の方向に向かうとジェフは既に昏倒していた。
 ジェフだけではない。先ほどからの工作員達が皆その場に昏倒しあるいは悶絶していた。
 佇むのは私のほかに髪の長い東洋人の女。
「手を上げろ」
 ピストルを向けられても彼女は慌てた様子はなかった。酷く落ち着き払った様子で彼女は流暢なイギリス英語で話した。
「ハリー・テンゼル君だね、始めましてでもないな。以前メールを送ったから」
 私は意味が理解できなかった。この女は何を言っているのか。女が続ける。
「この国にも居づらくなって来たので、身の回り整理をしようと思ったのだが。まあ、招待に応じてくれたのは嬉しいよ」
 話し終わると同時に、すさまじい速さで彼女は私の手からピストルを奪うと瞬く間に私を組み伏せた。私も工作員の
端くれだがこの時は何も出来なかった。
「さて、最後まで残ったご褒美だ。何か質問があれば答えよう」
「この惨状は君が?」
「そうだ、『東洋の神秘フレーバー』の失敗作『クサヤ・納豆ブレンド』が役に立ってくれたよ。私は失敗とは思っていないがね」
「なぜ、各機関に接触を?」

512 名前: ネコ耳少女(dion軍) 投稿日:2007/04/15(日) 23:59:15.95 ID:dn+Wb8I/0
別に深い意味はない。言い方は悪いが、モルモットが欲しかったからだ。結果的に回復したのだから許して欲しいのだがね」
 質問の間、私は何とか逃れようとあがいたが徒労に終わった。
「質問は三つまでだ慎重に行いたまえ」
「良いだろう、三つ目だ。君は魔女と呼ばれているが気分はどうだ?」
 我ながら馬鹿馬鹿しい質問だったが、その時私は他の質問が思い浮かばなかった。
「非常に光栄だね」
 その言葉を最後に私は腐ったソイビーンズの匂いをかいで気絶した。

 それから二年後、私は相変わらず魔女を追っていた。そして私は今日本に居る。手に入れた情報が正しければ。
つい最近、モサドが「魔女」に軽くあしらわれたらしい。そして何故か相変わらず彼女は菓子工場に居るそうだ。
 遠目に彼女を確認した。部下らしき男と何か会話している。ふと彼女は携帯電話を取り出して操作を始めた。
 直後私の携帯がなった。何気なく出た私の耳に聞き覚えのあるイギリス英語が聞こえてきた。
「やあハリー、久しぶりだね。諦めないのはいいことだ」
 電話はそれで切れた。



BACK−そこらへんにいる魔女 ◆A9GGz3zJ4U  |  INDEXへ  |  NEXT−マホーの使い道 ◆1EzYxEBEas