【 さがしもの 】
◆0UGFWGOo2




484 名前: ぬこ(鳥取県) 投稿日:2007/04/15(日) 23:34:02.62 ID:IShd16ow0
初夏だというのに、どうしてこうも湿っぽいのだろう。じめじめした空気の中、僕は一人中学校から帰っていた。
六月ももう終わる。夏はもうすぐそこだというのに、どうしてこうも連日雨続きなのだろうか。
梅雨は好きじゃない。この独特の雨のにおい、まとわりつく湿っぽさが人の気を波立たせるから。
「つめたっ 」
考え事をしながら歩いている僕の額に、なにか当たった気がした。
「雨、か……」
触れて見るとそれは水で、雨が降り出したのだと察した。ぽつぽつからざーざーに、雨音が激しくなるのと同時に、雨の量も多くなる。
朝は晴れていたため、傘は持っていない。ここから家までは、走って帰っても二十分はかかってしまう。僕は走りながら雨宿りの出来そうな場所を探した。
頭から靴までぐっしょり雨に打たれ、走ること三分程、今にも朽ちそうな日本家屋を見つけた。
「おー、ここいいじゃん」
僕は日本家屋の前で立ち止まった。その家には立派な門があり、その横には納屋らしきものがあった。その納屋の屋根の下なら十分に雨を凌げそうだった。ここで雨宿りさせてもらうか。
雨は強くなるばかりだし、少し休ませてもらうだけだ――。屋根の下に行くと、ふうっとひとつため息を吐いた。朝の天気予報では一日中快晴だと言っていたのに。騙されてしまった。
雨音が頭上で響く。ざーざーと、瓦に当たって周りの音が聞こえないほどに騒がしい。
雨音以外は物音ひとつせず静まり返っているし、さっきまで走っていた道には誰も通らない。僕はふっと後ろを振り向く。古く大きな日本家屋がそこにはある。人が住んでいる様子はない。
この後ろにそびえ立つ大きな家にも、ここと同じように静寂が広がっているのだろう。
そう思うと妙な恐怖感と不安感で背筋がぞっとした。
僕は立っているのに疲れ、納屋の扉に背中をもたれその場に腰を下ろし、足を抱えてうずくまる。
雨は一向に止む気配を見せないし、僕も濡れたままだ。もう少し、こうさせてもらおう。
僕が扉にもたれかかると、中からがさっと物音がした気がした。
僕は驚いてすくっと立ち上がる。もし、この家の人だとしたら怒られる、と咄嗟に思ったからだ。が、納屋の中から人が出てくる様子はない。物音もしない。周りにはやっぱり雨音だけが響き、それ以外の音はしなかった。僕は安心してまたその場に座る。
――がさがさっ
また、物音がした。納屋の中からだ。――やっぱり誰かいる……?
僕は恐る恐る納屋の扉に手をかける。木でできた扉に、鍵はかかっていなく、扉は今にも崩れそうなほど湿気を含んでもろくなっていた。僕は少しだけ隙間をあけ、そこから中を覗く。
カビっぽい臭いが鼻についた。納屋の中は、意外に広いようだが、とても暗く、目が慣れるまで何も見えそうになかった。

486 名前: ぬこ(鳥取県) 投稿日:2007/04/15(日) 23:35:37.81 ID:IShd16ow0
僕はもう少し扉と隙間の感覚を開けてみる。目から鼻くらいまでの感覚を開けた。
段々目が慣れて気、納屋の中の物が見えてきた。
箪笥やねこぐるまなんかの農業道具、大きめの箱、それらのものがひっそりと置かれており、それだけでもなんだか怖く感じた。
「誰……? 」
声が、聞こえた。か細い、女の子の声……。
僕は驚いて扉から顔を離し、目を背けた。本当に、人がいた……。僕は数回深呼吸をし、心を落ち着かせる。
納屋の中に人間がいたところでさして不思議ではない。きっと、なにか整理でもしていたのだ。
僕はそう自分に言い聞かせ、もう一度納屋の中を覗き込む。
「誰か、いるのか……? 」
小さい声でつぶやいた僕の声は、納屋の中では思ったより響いた。納屋の中の空気は冷たく、頬に触れるとひんやりと寒気がした。扉にかけている手は恐怖からか震えていた。
「いるよ、ここ」
ふっと急に目の前が黒くなった。僕が顔を上に上げると、そこには僕と同い年くらいの少女が立っていた。
真っ黒い髪、真っ黒い着物、真っ白な肌。さっき視界が黒くなったのはこの少女が着ている着物の色のせいだったようだ。
一瞬、この少女の存在に驚いたが人間だと分かればもう怖くはなかった。
「あ……きみ、この家の子? 」
僕はゆっくりと立ち上がりながら彼女に問いかける。
立ち上がって僕の背の高さで彼女を見るとすごく綺麗な少女だということが分かった。
間違いなく、僕の中学校の生徒ではない。こんな綺麗な子がいたら周りの奴らも騒ぐに決まっている。
「うん、そう 」
彼女はそう言ってうっすらと笑みを浮かべた。
「ここで、なに、してたの? 」
「探し物。大切なものなの。見つからないから、ずっと探してた 」
「そうなんだ……。手伝ってあげようか? 」
どうせまだ雨もあがりそうにないし、と僕は付け加えた。
「ほんとう?!ありがとう 」
うれしそうに笑顔を浮かべる彼女を見て、こんな綺麗な子に出会えたのは雨のおかげだと、僕は少し雨に感謝した。
「探しているのはね、かんざしなの。大好きな人にもらった、かんざし。真っ黒で白い花模様がついた、細い棒のような木製の……」
彼女は目を伏せて悲しそうに言った。雨は始終うるさくて、でも彼女の話す声だけはちゃんと耳に入ってくる。



487 名前: ぬこ(鳥取県) 投稿日:2007/04/15(日) 23:36:49.44 ID:IShd16ow0
「僕も探すよ。納屋の中でなくしたの? 」
「そう。髪をくくってたんだけど、久しぶりにここに来て、はしゃいでたらとれちゃってた。失くしたのは、納屋の中のはず。ところで、貴方、お名前は? 」
「僕?達也っていうんだ。貴方は? 」
「私は、小夜。達也さんかあ……。篤史さんにすごく似ているから本人かと思っちゃった 」
篤史さんは私にかんざしをくれた方なの。でも、もう生きてたら七十歳ですものね……」
「え、どういう意味? 」
なんでもない、と彼女はそう言って納屋の中へと僕の手を引いた。

暗い納屋の中でかんざしを見つけるのは容易なことではなかった。電気は通っていないらしく、灯りはない。慎重に歩かないとなにかに躓いて転んでしまう。
僕は這いつくばって一本のかんざしを目を凝らしながら探していた。
「ねえ、小夜は中学生? 」
僕は探しながら小夜に質問した。
「うーん……。達也さんは中学生? 」
「うん、二年生。小夜もそれくらいに見えるけど……」
小夜は少し間を空けてから答えた。
「学校には、通っていないわ。こう見えて、三百歳なのよ、私」
ふふふ、と小夜は笑う。
「なんじゃそりゃー」
変わった子だ、と僕も一緒に笑った。

箪笥の上、中、床の角、下、籠の中、下……。僕と小夜は大体探しつくしていたが、まだかんざしは見つかっていない。
もう一時間は探しただろうか。雨音が響く納屋の中で僕と小夜は疲れ果てていた。
僕はふっと棚の上を見上げる。
棚の上にある、黒く細いものが目に入った。僕はもしかして、と思いながら手に取る。目の近くに持ってきて、僕は確信を持った。
「これ……かんざし!小夜!あったよ! 」
それは紛れもなく黒く白い花模様があるかんざしだった。
小夜は僕の方に近づいてき、僕の手の中を見て明るい顔を僕に見せた。
「そう、これ!ありがとう、達也さん!本当にありがとう、これがないとだめなのよ、私。力が狂っちゃって……」


489 名前: ぬこ(鳥取県) 投稿日:2007/04/15(日) 23:37:55.57 ID:IShd16ow0
暗い納屋の中に、もう用はない。僕と小夜は最初僕が雨宿りしていた屋根の下へと出た。
雨は未だ、激しく降っている。
久しぶりに外の冷たい空気を吸って、なんだか新鮮な気持ちになった。
「本当に貴方、篤史さんに似ているわね」
小夜は僕の顔をじっと見つめ、そう言った。
「でももう、篤史さんにも達也さんにも二度と会うことはないのでしょうね 」
小夜は小さな声でつぶやいた。
「え、なんで? 」
目を伏せて、小夜は口を開く。
「私の人種はね、その場に留まらない限り、二度同じ人に会ってはいけないの。
例えばこの町に住み、人に出会い、そしてまた引越しをしてしまったら、もう二度とこの街の人とは会えない。
一度しか会わない相手だからこそ、大切にしなさいってことらしいわ。だからもう、篤史さんにも達也さんにも会えない。悲しいけど、しようがないの」
僕は言われている半分の意味も理解できなかった。人種だなんて、わけの分からないことを言って。
「でも本当にありがとう、このかんざしを見つけてくれて。このかんざしがないと、何も出来ないのよ。
私たちにとって一番大切な物は、能力が暴走しないように、制御してくれる道具になるの」
「どういう意味? 」
僕がそう聞くと、小夜はにっこりと笑い、かんざしを右手で持って口元に当てる。
「達也さん、かんざしを見つけてくださったことだし、何かひとつ願いを叶えてあげる。
なにがいいかしら?」
小夜は胸の辺りで両手でかんざしを持ちながら僕に聞いてくる。
言われた意味が良くわからなくて、戸惑ったが、僕は一言、雨を止まして。と言った。
「どうぞ」
小夜がそう言った瞬間、さっきまで降っていた大粒の雨はどこへやら、太陽が燦燦と昇り、空には虹がかかっていた。
「え……なんだよこれ!すげー! 」
「魔法、よ」
ふふふ、と小夜はかんざしを持って微笑んだ。僕には全くわけがわからない。
「今日は本当にありがとう。名残惜しいけどもうここにはいられないの。……さようなら」
そう小夜が言った瞬間、小夜は消えてしまった。どこにもいなかった。
「なんなんだ、一体……」
狐につままれたようだった。僕は地べたに置いた鞄をとって、なにも考えないように一目散に走って帰った。

490 名前: ぬこ(鳥取県) 投稿日:2007/04/15(日) 23:39:27.71 ID:IShd16ow0
息を切らして家に帰ってから、僕はお祖父ちゃんにあの大きな家に昔少女が住んでいなかったのか、と聞いた。
お祖父ちゃんはこの街が小さな村だったころからここに住んでいるから、やはり詳しかった。
お祖父ちゃんが今の僕と同い年くらいの頃、さっきまで、僕がいた場所には篠原という家族がそ違う街から越してきたという。
その家には小夜というお祖父ちゃんと同い年の娘がいた。
とても美しい少女だったため、最初は村の男共が、かわいいかわいいと騒いでいた。小夜は不思議な能力を持っていた。
非科学的な、魔法だとか超能力だとかそんな類のものだ。小夜にはそんな力があると知った村人たちは気持ちが悪いと小夜を忌み嫌いだし、「魔女」と呼んで罵った。
「お祖父ちゃんもいじめてたの?」
ここまで聞いたところで僕は問うた。
「いや、わしはな、好きだったんだな、小夜のことが。毎日会いに行って不思議な力を見せてもらっていたよ。
小夜もそんなわしのことを慕ってくれてなあ、色々な物を浮かして遊んだり一緒に空を飛んだり、夢を見てるみたいだった。
だがな、篠原の家は、ウィッカ宗だとかいう宗教に入っていてなあ、この村で代々伝わる神道が絡む重要なお祭りに役員として選ばれたんだが、
宗派が違うと断ったらしくてな、村人の反感を買ってしまって村八分に近いことをされて、これ以上いれないと思ったらしく村を出ていってしまったよ。
引っ越してしまう前にわしは自分のおこづかいで買ったかんざしをあげたんだ。大した飾りもない安いものだったけどな、すごく喜んでくれたよ。
今思うと小夜は魔女というか、人間じゃなかったのかもしれん。私は歳をとらないとかわけの分からないことばかり言って、今頃どこでなにして暮らしてるんだろうなあ、あいつ……」
お祖父ちゃんは遠くを見るように目を細めた。少し照れくさそうに白髪ばかりの頭をかきながら。
「そのかんざしってさ、黒に白い花模様が書いてある木製の? 」
「そうそう!よく分かったな、お前」
僕が言い当てたから、お祖父ちゃんはぎょっとしていた。
そうだった、思い出した。お祖父ちゃんの名前は、
「篤史だ! 」
僕がそう上ずった声で言うと、おじいちゃんはきょとんとした顔で
「どうした?わしの名前なんぞ呼んで」
と不思議そうに言った。

僕はその後、お母さんに頼んでお祖父ちゃんが若い頃の写真を探してもらった。
出てきたセピア色の写真は、お祖父ちゃんが中学生くらいの年齢のころのもので、赤の着物を着た小夜とのツーショットだった。
照れた顔を浮かべ、小夜と共にカメラに目線を送るお祖父ちゃんの顔は、少し僕と似ていた。
                                
                                     終わり



BACK−魔赤な誓い ◆tGCLvTU/yA  |  INDEXへ  |  NEXT−そこらへんにいる魔女 ◆A9GGz3zJ4U