【 魔赤な誓い 】
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470 名前: ひちょり(愛知県) 投稿日:2007/04/15(日) 23:28:49.73 ID:WjIOkhXk0
 あと数時間。あと数時間でこの平和そうな世界に怪物がやってくる。それも世界壊滅級の。
 そんなことを言われて渡されたのはヘンテコな杖一本。これで世界を救えとは全くバカげている。
 もちろんそのヘンテコな杖を握ったところで何かが起こるわけではない。その杖を上手く扱える人間を
探して来いというのが上の正式な命令だ。それにしても、こんなハムスターにそんな重大な使命を背負わ
せるとは、いくらボクが優秀だからって、そりゃないんじゃないだろうか。
「それにしても、清楚にして可憐。それでいて勇敢、慈悲の心を持つ少女……そんなのこの現代社会にい
るわけないでしょ。審査厳しすぎるよ」
 今いる日本でいうなら大和撫子。そんな人種はもう絶滅したのだ。女が男に付き従っているのはもう昔
の話。今ではもう女が男を付き従えても全く不思議じゃない。ああ、嫌な時代になったよねえ。その内こ
れはハムスターの世界にもその影響の余波が来そうだから、他人事、いや他ハム事ではない。
「日本じゃダメかなあ……今度は韓国、いやそれはないな。もう少し入念にチェックしてみるか……」
 最近のハムスターは色々と高機能で、空を飛べることもできれば、数キロメートル先まで見渡すことが
できる。使い魔としての特権がそうさせるだけなんだけど。ああ、まだ見ぬご主人さま、早く姿を――
「これは……きた、かも」
 タカの目よろしくなハムの目で、数キロメートル先に見つけた女の子を見る。
 真っ黒な長髪。背は少し小さい、年齢はそう、制服を着ているところから見て中学生か高校生。そして
なにより何よりなかなかの美少女。これは少なくとも清楚、可憐そして少女という条件は満たしている。
 幸い、人通りのない道を一人で歩いているので、ここは偶然を装って彼女に突撃するしかない。という
か杖が重いので、一刻も早くご主人様(暫定)に渡してしまいたい。
 さて、善は急げというところでいち早く彼女のところに向かおうとしたその時だった。
 もぞもぞ、と。風呂敷に入れていた背負っていた魔法の杖が暴れだした。
「あれ、どうしたのエクスカリ――バッ!?」
 意思を持った杖、とは聞いていなかったはずだけど、ボクが見つけた少女の方へと向かってエクスカリ
バは急発進する。しかもわりとボクの顔が吹っ飛びそうなレベルで。それにしても、こんなこと今まで一
度もなかった。これは期待できるかもしれない。あとは、このスピードに耐えかねてボクが死んでしまう
前に彼女の元へ着くことを祈ろう。

 ある日突然、杖を背負ったハムスターが空から降ってきたら誰だって驚く。うん、よく考えれば分かる
ことだった。
「……」

473 名前: ひちょり(愛知県) 投稿日:2007/04/15(日) 23:29:30.90 ID:WjIOkhXk0
 この間、である。そして完全な無表情。人によっては性的興奮を覚えそうなくらい絶対零度の視線が、
容赦なくボクを突き刺している。あれー、おかしいな。本当ならここで家に連れて行かれて手厚い看護を
受けて、このエクスカリバを譲渡。そして世界の平和は守られたッ! そうなってるはずなんだけど、ス
タート地点に立つ前からけつまずいちゃってる。
 ああ、どうしよう。もういっそこのまま洗いざらいぶちまけてしまおうか。そうすれば意外とすんなり
行くかもしれない。多分逃げられるだろうけど。
「ま――」
 彼女の方が先に口を開く。でも、ま。
「ま?」
 オウム返しのような反応をした直後に気づく。声を出してしまった。これは確実に逃げられてしまう。
あーあ、世界終わったわ。時間的にもあと少しで世界壊滅級の怪物が出る頃だし。
 ええい、ダメで元々玉砕覚悟! とにかく事情を説明――
「待ってたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーッ!」
 し、て。
「え? え?」
 あれ、なんでボクが戸惑ってるんだ。 普通なら立場が逆のはずだ。喋るハムスターにヘンテコな杖。
こんな非日常、清楚で可憐、慈悲の心を持った勇敢な少女なら裸足で逃げ出してもおかしくないシチュ
エーションのはず、なのだけど。ていうか、声音は想像通りなんだけど何この絶叫。
「ハムタロウくん……ついてくるんだ!」
 かなり際どい名前を付けて、エクスカリバごとボクを引っ張っていく少女。う、うん。勇敢も合格な
のかな。蛮勇って感じがするけど。
「え、ちょっ、その名前は色々とまずい……っていうか、驚かないの?」
 アスファルトに擦られてかなり全身が痛いけど、そんなことは気にしていられない。なんか想像と色
々違うけど、エクスカリバがこの子を選んだのだ、きっと間違いはないはず。
「ん、驚く必要があるのか。最近では喋る猫に喋る犬。植物ですら喋ることが私の周りでは当たり前に
なりつつあるのだが。もっとも、なぜか私以外には聞こえないようだが」
 ああ、なるほど。と思った。この子は適性持ちなのか。きっと、色々と世界壊滅級の怪物がやって来
る予兆を感じ取っていたに違いない。動物の声が聞けたりするのも、恐らくその一例だろう。道理でエ
クスカリバがこの娘を選ぶわけだ。
 とにかく驚かないないなら話が早い。さっさと事情を説明して魔法少女をやってもらおう。

475 名前: ひちょり(愛知県) 投稿日:2007/04/15(日) 23:29:52.59 ID:WjIOkhXk0
「ねえ、キミの名前は? 一応ボクはハムタロウじゃなくてカインって名前があるんだけど」
 ボクの声に反応して、歩みがピタっと止まる。ふう、助かった。正直このままいくと体毛が全て無く
なりそうだったし。
「おっと失礼。自己紹介がまだだった。私は赤川茜。そうか、君にはカインという名前が……残念だが
ハムタロウは諦めるか」
「いや、そんなことはどうでもいいんだ。とにかく話を――」
 ああ、もう。これからって時に。説明する暇がなくなってしまった。来てしまった。
 巨大な地響き。それにしても、どこに出るかわからないとは上の人達は言ってたけど、まさかここに
出ちゃいますか。
「なんだ、あれは」
 茜が口をあんぐりと開けてそれを眺めている。無理もない、ボクも腰が抜けそうだよ。ハムスターだ
けど。黒色と白色がごちゃごちゃに混ざった体。黄金色の目はギラギラとして、いかにも怪獣という感
じだった。少なくとも茜の百倍は大きい。
「ごめん、茜。今から君にはあれと戦ってもらいたい」
 ぴくり、と茜の体が反応した。ちょっと心が痛む。でも、世界の危機なんだ。
 次第に茜の体がわなわなと震えていく。無理もない。こんなの誰だって怖いに決まってる。
「よし……よし! よしよしよしよしよしよしよぉっし! ネコタロウやイヌタロウの言った通りだ!
カインくん、君を待っていた甲斐があったッ!」
 あれ、なにこれ。
「まさか本当に私が世界を救う時がやってきたとは。わくわくが止まらない、ハチャメチャが押し寄
せてくる! 早くその杖を貸してくれ」
 ボクが渡す暇もなく、茜はふんだくるように背負っていた杖、エクスカリバを奪い取る。するとどう
だろう。一瞬だ。茜が真っ赤な光に包まれたと思ったら、先ほどの制服から一変して、真っ赤なドレス
のようなものを身に纏っていた。あ、やっとわかった。これが変身か。
「ん、なんだこれ。フリフリが鬱陶しいな……まあいい。これで奴を叩きのめせばいいわけかッ!」
 理解が早くて助かるのだけど、もっとこう、葛藤なんかがあっていいんじゃないのかな。今日び使命
に燃える魔女っ子なんて流行らないと思うんだけど。
「あ、あのいいの? そんな簡単に決めちゃって……。死んじゃうかもしれないんだよ?」
「委細承知! 世界の危機、それを目の前にして燃えない方がどうかしている。カイン君も肩に乗れ」
 うわあ、男らしいや。有無を言わさずボクを肩に乗せると、茜は一気に、怪物の顔に向かって飛び上がる。

477 名前: ひちょり(愛知県) 投稿日:2007/04/15(日) 23:30:15.77 ID:WjIOkhXk0
 魔女っ子の力恐るべし。一度のジャンプで怪物の顔にまで接近してしまった。とりあえず肩に乗って
いてはいつ振り落とされるかわからないので、胸の位置にスペースを確保する。谷間があってよかったね。
 改めて高い位置から周りを見渡すと、被害を受けている場所は意外と少なかった。というか、ほとんど
ないに等しかった。これも茜の迅速すぎる行動の賜物か。
「先手……必勝っ!」
 そう言うと茜は、エクスカリバを振り回して怪獣の顔を殴りつける。なんというか、有効っぽいんだけど
その使い方は間違っている気がしてならない。怪物の顔つきがこころなしか険しくなる。黄金色の目がギロ
リとこちらを睨む。そして息を大きく吸い込んだ。
「まずい、茜っ! あいつ攻撃してくる気だ! 防御の呪文を唱えて――」
「ノゥ! そんなものはいらんっ。魔法少女なら……攻めあるのみ!」
 いや、まずいよそれは。明らかに口の中からオレンジ色の熱そうなやつ吐いてくるよあれは。七兆度の炎だよ。
「ばかっ。そんなことじゃ殺されるよ! あいつは地球壊滅級の怪物なんだよ? 防御できないなら避けて!」
「地球壊滅級? ふん、スケールが小さいな。それなら私は宇宙爆発級の魔女っ子だ。絶対に勝てるっ!」
 意味が分からなかった。あーあ、世界終わったわ。そもそもなんでこの娘に適性なんかあったんだろ。エクス
カリバはなんでこの娘を選んだんだろ。あーあ、七兆度の火球がもう目の前まで。
「ふん、確かに熱いのは認める。しかし、そんなものが必殺技とは哀れだな!」
 何を血迷ったか、茜はいきなりエクスカリバを両手で持ち、まるで打ち返すといわんばかりにバットのように
構える。いや、この娘はきっと打ち返すつもりなのだろう。エクスカリバが死ぬわ。
「必殺、魔女っ子ホームラン! ぶっとべええええええええっ! M78星雲の彼方へ!」 
 カッキーン、と。明らかにこのシチュエーションで聞こえるはずのない金属音が鳴り響く。打ち返した。それ
もM78星雲の彼方に。ていうか魔法使えって。
 怪物も呆然と火球が飛んでいった方向を見ている。無理もない。ボクだってわけが分からない。ていうかエク
スカリバの力なんだろうけど、地球壊滅級の力ってこれのことじゃないのか。
「他愛もない。七兆度の炎だろうと、当たらなければどうということはないのさ! 続いていくぞ……臓物をぶ
ちまけろっ!」
 もう好きにすればいい、と思った。突っ込む気力もボクにはもう残ってない。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!」
 ラッシュラッシュ、超ラッシュ。魔女っ子にあるまじき超猛打。だから魔法を……いや、これもある種の魔法か。
恐らく今下にいる人達はここで何が起こっているかわからないだろう。この怪物から見たら豆のようなサイズの
人間が、その怪物を完全に圧倒しているのだ。

480 名前: ひちょり(愛知県) 投稿日:2007/04/15(日) 23:30:55.46 ID:WjIOkhXk0
「これで……終わりだぁッ!」
 ラッシュの締めに持ってきたのは、一旦地面に降りてから、もう一度ジャンプして顎にアッパーをお見舞いする
という、今の身体能力を贅沢に使用した超大技、必殺魔女っ子アッパー。正直もう、倒せたらそれでいいや。
 茜の必殺技に怪物がよろめく。ええいもうヤケだっ。
「チャンスだよ茜! なんか肉体派な必殺技を使ってあいつを倒すんだ!」
 それにしてもこのハムスター、ノリノリである。
「応! 食らえ必殺、約束された――」
「それだけは流石にダメェ!」
「ちっ、注文の多いハムスターめ。ならば必殺……私の必殺技!」
 少しおかしな日本語でそういうと、茜はエクスカリバを天にかざした。
「昔から巨大な敵役は巨大剣で一刀両断と相場が決まっているんだ……悪く思うなよ」
 エクスカリバが如意棒のように天へと向かって延びていく。ですから、それ魔女っ子ステッキであって剣なんか
では決してないんですけど。
「くらぇぇぇぇぇぇっ! エクス、カリバーァッ!」
 ボクより少し太いだけの細腕で、茜自身の身長の百倍くらいにまで延びたであろうエクスカリバを一気に振り下
ろした。もう、この娘は誰にも止められそうにないようだ。
「グォォォォォォォォーッ!」
 大きすぎる断末魔の声が辺りに響く。茜は本当に一撃でこの怪物を真っ二つにしてしまった。怪物は真っ二つに
なると、体が徐々に消滅していく。なんて地球に優しい死に方なんだろう。
「ふん、貴様の敗因はたったひとつ……お前は私を怒らせた」
 呟くようなセリフで大変カッコよろしいんですが、かなり一方通行な怒りだったと思うよ茜。
 まあ、何はともあれめでたしめでたし。これで地球は救われた、のかな。
「茜、ありがとう。なんだかんだで君のおかげで世界の危機は守られたみたいだよ」
「礼には及ばない。世界の危機を救うのは魔女っ子として当然のことだ。それに礼を言うのは全ての怪物を倒して
からだな」
 ん、何を言ってるんだい君は。怪物は一体しかいないに決まってるじゃないかやだなあ。あんなハチャメチャなの
もう二度とごめんだよ。
「怪物の声が聞こえなかったのか? あいつ死ぬ間際に俺を倒してもまだ百八つの怪物が俺の敵を討ちにやってくる
だろうと、大声で言っていたじゃないか」
 さて、退職届けはどうやって書こうかな。



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