【 魔女の箒 】
◆KARRBU6hjo




461 名前: ぁゃιぃ医者(神奈川県) 投稿日:2007/04/15(日) 23:25:46.92 ID:qutEImDa0
 やあやあ、いらっしゃいませお客様。
 ささ、どうぞこちらへ。さぞお疲れでございましょう。暖かい紅茶などいかがですか?
 最近良い茶葉が入って来ましてな。貴方様のお口にもお合いになるかと思いますよ。
 ……おや、あれでございますか? 流石にお目が高い。あの箒に目をお付けになさるとは。
 あの箒、何でも百年ほど前にロンドンで競売に掛けられた物だそうでしてな。
 そんな古そうな物には見えない? ええ、そうでしょうともそうでしょうとも。
 何せそれは、『魔女の箒』という名で競りに出された物なのですからな。
 少々長くなりますが、お聞きになりますか? あの箒が辿った経緯のお話を。

 百年ほど前のヨーロッパ――そう、世界大戦の極寸前の霧の都にて、その箒のお話は始まります。
 ロンドン塔の地下競売の話はご存知で?
 渡鴉が飛ぶ夜の下、有力な極一部の貴族たちによって開催される、不正規な品の転売場。
 今も行われているかどうかは別のお話でござますが、兎にも角にもある日の夜、その競売にて、何とも不可思議な品が出品されたのでございます。
 それはどこからどう見ても何の変哲も無い、一本の小奇麗な庭箒。
 ざわめく会場を尻目に見ながら、司会は文句を読み上げます。

『皆様ご注目遊ばせ、これこそ今回の最たる珍品。
 バチカンからの横流し、正真正銘の『魔女の箒』にございます』

 『魔女の箒』とは如何なる物か?
 それは読んで字の如く、かつて魔女が持っていた、魔法の箒でございます。
 かのバチカン自らが押収したとされる本物の『魔女の箒』、それがどういう経緯か霧の都まで流れ出た。
 司会者は声高々に、怪しげな一本の箒を讃えます。
 出品先の問い合わせは言わずもがな、買った後に何が起こっても、問答無用に願います。
 それでは、と司会が声を上げると、たちまち会場は混乱の渦に巻き込まれたのでございました。

462 名前: ぁゃιぃ医者(神奈川県) 投稿日:2007/04/15(日) 23:26:21.88 ID:qutEImDa0
 さてさて、結果を先に言いますと、落札者はとある気高き貴族の令嬢。
 中々の高額な値段にて、たかだか一本の箒を競り落としたのでございます。
 何故かと申しますとこの少女、実は根っからの神秘主義者にございましてな。
 金持ちの道楽と言うよりは、魔法に恋する無垢な乙女。
 元より大真面目に魔術を習い、周囲の人間を辟易させておりました。
 とは言っても、勿論彼女は本物の魔女などではございません。
 買える物は全て買い、試せる物は全て試して、それでも何一つとして望む結果を得られない――彼女はそんな人間の一人にございました。
 さて、箒を手に入れたは良いものの、彼女は書斎でうんうんと唸ります。
 手始めに今まで手に入れた魔術書を片っ端から読み拾い、それに関する記述を探してみますが、煙に巻かれるばかりでちんぷんかんぷん。
 ならばとばかりに中庭に出て、箒に跨り念じてみますが浮き上がる気配は一向に無し。
 仕舞いには箒を携え二階の窓より飛び降りてもみましたが、箒は云とも寸とも応えません。
 やはり偽物なのではと怪しみますが、確かにその箒に怪現象が起こったのは事実でございました。
 一番多く起こったのは、夜中に箒が単体で出歩くと言う物でございます。
 箒の置き場所は夜毎に変わり、はたまた給仕の一人がふわりふわりと浮き上がる箒を見たと言い出します。
 はてさてこれはどういう事か。知識が足らぬだけなのか、才能が足らぬだけなのか。
 結局少女は箒を手放せず、世が戦乱の時代を迎えるまで、それと格闘を続けたのでございました。

 そう、第一次世界大戦が始まるまで、でございます。
 如何に有力な貴族と言えども、世界を巻き込んだ戦乱の時代に無関心ではいられません。
 上手い者は戦争に肖り更に私服を肥やしもしましたが、下手な者は見事に没落。
 こんな話をするからには彼女の家もその通りに零落れていき、その果てに、何と人々によって夜襲に遭い、焼き払われてしまいました。
 さて、その際に、人々は口々にこう叫んでいたと申します。

『魔女狩りだ!』

463 名前: ぁゃιぃ医者(神奈川県) 投稿日:2007/04/15(日) 23:27:05.49 ID:qutEImDa0
 神秘主義者である事を公言していたご令嬢、魔女扱いされても仕方のない事でございます。
 何が切欠だったか知れませんが、魔女狩りとは昔から大義名分とほぼ同義。
 その暴動は一夜にして街に広まり、屋敷を荒らし尽くしてしまいました。
 さて、ご令嬢が人々に捕えられて黒焦げになっていた隙に、一人の給仕が屋敷から荷物を抱えて逃げ出しました。
 腕の中にはあの箒。彼女こそ、屋敷で起こった怪現象の真犯人にございます。
 彼女は箒に魅せられておりました。
 夜毎に主の箒を拝借し、ある時は丁寧に愛で、ある時は中庭で飛ぶ真似をし、誰かが箒を持ち出しているのが知れ渡ると怪現象を演出して、
主が手放さないように密かに努力をしていたのでございます。
 彼女は事前に知っていた暴動の予兆を機に、箒を我が物として持ち去ったのでございました。
 後に、自らも魔女として裁かれる運命にある事も知らずに。

 さて。ここから少し早送り。
 とは言っても、貴方様なら、この先はご想像の通りでございましょう。
 この箒は持ち主を様々に変えながら、ヨーロッパの彼方此方を転々と渡り歩いたのでございます。
 イギリスの山奥の村、フランスの森、果てはナチスドイツの中枢まで。
 共通する事はただ一つ、その箒からは、常に『魔女が持っていた箒』という逸話が付き纏っていたのでございます。
 尤も、その『魔女』たちの結末は様々でございますが。
 今私の手元にあるのも、以前の持ち主の『魔女』が亡くなったからでございましてな。
 この『魔女の箒』は、名前の通りのそのままの力を持ってございます。
 持ち主を『魔女』に仕立て上げる呪いの箒。いやはや、何とも魔女の名に相応しい、悪魔のような品ではございませんか。
 如何です? お客様。
 これを持てば世にも珍しい、人々に魔女と指されて追い掛け回されるという貴重な体験が可能でございますよ?

464 名前: ぁゃιぃ医者(神奈川県) 投稿日:2007/04/15(日) 23:27:28.53 ID:qutEImDa0
 ……あ、いや、そうでございました。これは失礼。
 貴方様にこれを勧めても、確かにどうにもなりませんな。
 ついつい私の悪癖が出たようで。私、売り口上を語り始めると止められないのでございます。
 して、今日は何をお求めで?
 何? あの大釜が壊れた?
 あれはわざわざ地獄から取り寄せた一級品にございますぞ。一体何を調合なさったんですか、ミス・ブレア。

 終。



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