【 言葉の魔法? 】
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186 名前: 将軍(千葉県) 投稿日:2007/04/15(日) 01:45:20.58 ID://1thoZk0
タイトル「言葉の魔法?」

 その日私の元に一枚のFAXが届いた。

“次期連載は魔女などいかがでしょうか? 最近の流行なので検討する価値はあると思います。
簡単な打ち合わせがしたいので都合のいい時間を教えてください。 編集部担当山岸”

 なんということだろうか、よりにもよって“魔女”とは……。双葉学は頭を抱えた。
彼は今や著名な作家であった。特に若年層を対象とした硬派小説では真っ先に名が挙がるほどの実力であった。
そんな彼はちょうど受け持っていた連載が終わり次期作品へ向けた構想の真っ最中であった。
今までであれば1ヶ月程度練ってしまえばすぐに作品の骨子ができ、山岸との打ち合わせを数回こなせば作品の全体像がすぐ出てきていた。
ところが今回は迷走を極めていた。すでに構想は3ヶ月目に入るが、未だにまともな案が出てこない状態だった。
取材をしても、書物を開いても、音楽を聴いても……結局は実にならずに消えていったのだ。
編集部側も黙っているわけにはいかなかった。なんと言っても時代の寵児ともいえる双葉の作品、その有無は掲載紙の部数を大きく左右するからだ。
担当の山岸は一日も早い作品の完成目指して暇があれば作品のネタを送り、打ち合わせをするようにしていた。
それでもなかなか製作にこぎつけないのだから彼の立場がどんどん危うくなっていくのだ。
最初のうちはもっと挨拶も数行入っていたのだが今では簡素にまとめたFAXしかこなくなった。

187 名前: 将軍(千葉県) 投稿日:2007/04/15(日) 01:45:41.72 ID://1thoZk0
「魔女、ねぇ……」
文献を開きながら双葉は呻っていた。作品構想をまとめるにはまず魔女と言うイメージを確固たる物にしなければならない。
そのためには過去の文献を紐解き、魔女を知る必要があった。日がな一日文献に向かい合う日々が過ぎていく。
 数日後、事前に示し合わせた喫茶店での待ち合わせの日がやって来た。双葉は待ち合わせより早く来るといそいそと席に着いた。
ここ数日文献に向かい合った結果、魔女を悲劇的なヒロインとする物語が浮かんだのである。
魔女狩りの中確固たる文化を守ろうとする魔女はやがて国によって追い詰められる。だが、彼女は逃げずに最期まで魔女である事を辞めない。
安直ではないかと思ったが、それはそれ。山岸が持ってくる話の種によってもっといい作品になるに違いない。
そう思っていると店に見慣れた男がやって来た。
「遅くなってすみません、先生どうですか? 何か浮かびましたか?」
「それはもう、今度ばかりは編集長達に文句を言われずに済みそうだよ」
軽い談笑をしながら着席を促すと山岸は申し訳なさそうに話を続けた。
「いやぁ今度ばかりは先生に無理難題になるのではないかと心配したんですよ。なんと言っても“魔女”ですからね……」
「なあに、ちゃんとイメージさえ湧けばどんなテーマでも物になるさ」
店員が2人の注文を持ってくる。軽い会釈をすると店員はそそくさと立ち去った。

188 名前: 将軍(千葉県) 投稿日:2007/04/15(日) 01:46:33.81 ID://1thoZk0
口をつけながら担当は不思議そうにたずねる。
「それにしても、どうやってお調べになったんですか?」
「図書館の蔵書だよ。海外の書物にはそういうことはたくさん載っているからね」
「はあ、図書館ですか……」
なんとも歯切れの悪い返事をする山岸、なんとなくおかしな感じがする。しっかりとした根拠は無いがどうもおかしい。
自分と彼で何か食い違う事があったのだろうか?
「山岸君、なにか疑問でもあるのかね?」
「いやあ、別にたいした事じゃないんです。ただ……」
「ただ?」
ためらいがちに視線を外す山岸。しばらく迷ってこういった。
「私はてっきり硬派な作品しか手がけないから“魔女っ子”なんて書かないと思ったんですよ。
 それでも書いていただけるなら私も張り切って応援しますよ!」
ああ、そうか。私は齢52歳、彼は29歳、なんとも悲しい価値観の相違であった。
無論私の意見を聞いて彼が顔を赤くして帰って言ったのは言うまでも無い。
魔女と言う言葉でこんなにも食い違いが起きるとは、言葉の魔法に一杯食わされてしまった。





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