【 魔女 】
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28 名前: 女性音楽教諭(長屋) 投稿日:2007/04/14(土) 01:50:06.80 ID:1iaE943N0
「・・・泣かないでよ、気持ち悪いわね」
彼女は謂った。
僕は笑えなかった。
気まずい沈黙、空虚、空虚、空虚。
だんだんと辛くなる。
耐えられず空を見上げると、満点の星空が視界に映し出される。
残酷なまでに綺麗な星々。まるで容赦がない。
星の海に浮かぶ三日月は、ただただ僕を眇めて見下ろし、静かに黙している。
なぜ、なぜ、なぜ。
なぜこんなことに。
自問の言葉、自責の言葉。
脳裏に浮かんでは、自答出来ずに沈殿していく。

そして彼女は、にこりと笑って。
やっぱり僕は、笑えなかった。

29 名前: 女性音楽教諭(長屋) 投稿日:2007/04/14(土) 01:50:54.24 ID:1iaE943N0
「あのぅ、旅の者なんですけど、一晩でいいので、泊めてはもらえませんかね?」
ノックとは名ばかりの騒音の後、扉の外から聞こえてきたのはそんな言葉だった。時計を見てみる。午前二時ちょっと過ぎ。全くの真夜中。
「一つ申してよろしいか」
「おう、なんでもござれ」
「野宿しろ」
「委細承知」
万事解決、これにて一件落着、さぁ寝るか。
「ってえええええええええええ? 私客人だよ、客人? 他人に優しくしなきゃ天国いけないぞこらぁ!」
意外とノリがよさそうな客人だった。気が合いそう。
「・・・確かに君の言うことにも一理あるけどね、でもさ、ほら。いま、異端審問がさ、ね」
「・・・むぅ、そりゃこんな真夜中だし、そういわれちゃうと反論できないなぁ・・・」
「だろ? こっちもさ、ほら、体裁ってもんがあるんだ。まだ死にたくないからね」
そうなのである。異端――俗に言う、悪魔に魂を売った人。魔女とか魔法使いがそれだ。近頃、法王庁で異端撲滅、異端殲滅の意見が強まっており、異端狩りが流行っている。
悪魔に身を売る、それはつまり、神に仇を為したということ。だからといって、殺すのはどうなのだろう。
もちろん、そんなこと大っぴらにはいえない。何故か。それはつまり反論を許さぬほどに法王庁が強力だからだ。
異端を見つけたら即座に報告、匿えば同類と見なされ共々異端審問にかけられる。
聞いたときは惨いとも思った。今では理解している。足りない。足りないのである。"惨い"などという言葉一つではあまりにも足りない。おそらく、"惨い"という表現の億倍、兆倍は残酷だ。もしかしたらそれでも釣りがくるのではないだろうか。
聞くところによると。
異端審問とはただの拷問であり、かけられてしまえば一環の終わり、即刻処刑であるとのことである。だからこそ民衆は震え上がり、疑心暗鬼で互いを監視しあう。
神を賛美し国民を天国へ導こうとしているくせに、反面国民は休まる暇もない。なんて皮肉なんだろうか。
・・・疑心暗鬼とは恐ろしい。人は怪しいと思えばとことんまで怪しいと思い出すものだ。この村とて例外ではない、幾らこの家が村外れに建っているとしても、常時監視の目があるのだ。
村の情報伝達速度というものは恐ろしい。知らぬ間に噂が一人歩きしていたりもするが、結構正確なのである。
それは、この異端狩りの風潮下においては最悪なまでに恐怖だ。
――怪しかったら即座に密告。それが、全くの善人であっても。ただ、怪しいという、その一点だけで。
・・・それは、――それは、どうなのだろう。冷静に鑑みれば、彼らのほうが、よっぽど――
「あのぅ、聞いてますか? ここまでお願いしてるんだから入れて下さいよ! ねぇ!? 」
「・・・なんだ、まだ居たのか」
「なんだとはなんですか、酷いですね、まぁどうでもいいですが。それよりもお願いしますから泊めてくださいよ! ねぇ!! 」
これである。
たしかにここまで切に頼まれれば、泊めてやらんでもないか。僕はそこまで薄情ではないのだ。

30 名前: 女性音楽教諭(長屋) 投稿日:2007/04/14(土) 01:53:11.78 ID:1iaE943N0
「いいぞ、泊めてやる」
「――マジですか? とってもありがとう! 愛してるぜベイベ!」
間髪居れずに、破城鎚が城壁をぶち破るが如く、我が家の扉が内側に蹴り込まれた。
入ってきたのは襤褸を頭から被った小柄な人物。
というか、先ほど扉がたてたばきんという破砕音から察するにおそらく蝶番辺りが砕けたようだ。
なんだこの客人、礼儀とか知らんのか。いや礼儀以前の問題だよこれは、人ん家をこんな乱暴に扱っていいのかてめぇ!
「あのさ、あんた客人なんだからもっと丁寧に、って・・・」
「ん、ぷはぁ。つーかーれーたー! 全く持って困憊だよ、疲労で」
襤褸を頭から外して出てきた顔は、女だった。
びっくり。
「おま、こんな時に女性の一人旅? 危なくないのか」
「え? あぁ、うん。こっちもね、だからね、うん。ほら」
――怪しいだけで、弾劾される。
「あぁ、つまり以前の村を追われたってことか」
「そ。でもよかったわ、貴方みたいに親切な人に出会えて」
「いやいや、他にも家あっただろ?」
「いや、だってね、ひっどいんだよ。貴方以外の家では全力でスルーされちゃってさ」
「そ、そうか・・・」
「そう、大変だったんだからね。いやぁ、早めに見つかってよかったな。寝床」
まぁ俺のところに早くきたってのは正解だな。
・・・自慢じゃないが、俺は結構村の中じゃまともな方だ。
何とかこの丘の下、崖の手前という村外れに間借りさせてもらってはいるが、奴らは俺を疑っているだろう。
つまるところ、そういうことだ。
ふと、彼女を見やる。
あれ? この顔、どこかで――

31 名前: 女性音楽教諭(長屋) 投稿日:2007/04/14(土) 01:54:57.39 ID:1iaE943N0
――お兄ちゃん!
ふと記憶がよみがえる。妹。妹、妹。僕の妹。捕まれる腕。僕は取り戻そうとするが、羽交い絞めにされる。
連れて行かれる妹。僕は必死で藻掻き、足掻く。
僕の妹は、奴らに、奴らに。母さんだったひとと父さんだったひとに。
奴らが口々に妹を罵る。魔女、魔女、魔女。悪魔に魂を売った、穢れし売女め。
母さんだったひとがいう。なんて娘だい、育ててやった恩を仇で反すなんて。おお穢らわしい。
父さんだったひとがいう。おまえば俺の娘じゃない、悪魔の娘だ。悪魔に取り替えられてしまったのだ。俺はお前なんて知らないぞ、おお穢らわしい。
僕は、僕はただ妹を取り返したくて、足掻く。足掻く。しかし大人に対して子供の僕は全くといっていいほどの無力で――
火、燃える、燃える。炎、煙、焼けた肉の匂い。吐気を催す芳ばしい香り、反吐が出る。胸焼け、胸焼け。
爛れた肉と、裂帛の悲鳴。泣く、泣く、泣く。やがて悲鳴も絶え果てる。
僕は、ただただ泣くだけ。何もできない、何もできない。
やがてあとにのこっていたのは、くべられたまきのもえがらと。ぼうきれのような、しろくきれいで、しかしこげてくろずんだ――
「あのぅ、大丈夫ですか? 」
「え? あぁいや、うん。心配ないよ」
どうやら凄い形相で凄まじい顔色だったらしい。どういうことだ。
・・・さっきの記憶は。
てっきりもう、忘れたかと思ってた。
思い出すこともないだろうと高をくくっていた。
しかし胸に到来するこの思いは、嫌悪でもなく、嘆きでもない。
ただただ、倦怠感にも似た空虚感が胸の中でうねる。
そういえば、彼女の顔は。
妹に、瓜二つじゃないか。

思えば、そのときから。
薄々、嫌な予感はしていたのである。

32 名前: 女性音楽教諭(長屋) 投稿日:2007/04/14(土) 01:56:40.01 ID:1iaE943N0
一週間後、彼女――ルーシュは村の者に密告されていて。僕が散歩している間に、最寄の異端審問所まで連行されていた。
・・・それから四日後。
街頭で公開拷問されているルーシュを見かける。辛い。とても辛い。しかし、どうすればいいというのだ。
・・・五日後。
とうとう彼女は処刑されるらしい。オーソドックスに、焚刑だそうだ。
僕は、僕は、僕は――

そして、現在である。
彼女は木の棒に磔にされている。足元には、薪。火を持っているのは、――僕。
よりによって。なんで、僕が。
村のものによると、どうやら僕も密告されかけていたらしい。告発されたくなければ証しを立てろと、そういうことだ。
なんで、なんでこんなことに。
「・・・ルーシュ」
「なによ」
「・・・」
「だから、なんなのよ」
「僕は、僕は――」
「・・・泣かないでよ、気持ち悪いわね」
彼女は謂った。
僕は笑えなかった。
気まずい沈黙、空虚、空虚、空虚。
だんだんと辛くなる。
耐えられず空を見上げると、満点の星空が視界に映し出される。
残酷なまでに綺麗な星々。まるで容赦がない。
星の海に浮かぶ三日月は、ただただ僕を眇めて見下ろし、静かに黙している。
自問の言葉、自責の言葉。
次々と脳裏に浮かんでは、自答出来ずに沈殿していく。

そして彼女は、にこりと笑って。
やっぱり僕は、笑えなかった。



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