【 せっ価値な彼女 】
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258 名前: 経済評論家(滋賀県) 投稿日:2007/04/08(日) 23:41:43.05 ID:G5/qioei0
「これは……きたか」
 彼女の目は血走り、周囲の空気は張り詰めている。
俺の声など叫んでも届く筈無い。
 人差し指を伸ばし、
タンッという小気味良い音をたててキーを叩いた。
「今が、買いだ!」
 俺達二人の前には金の成る折れ線グラフが、
株価の動向がパソコンを通じて映っていた。

――時間は経つ。
「……飛ぶ鳥を落とす勢いとでも言いますか」
 俺が話しかけると、
彼女は苦虫を噛み殺したかのような顔でいる。
「なんで! 私の見る目は確かな筈よ」
 俺はため息をついた。
「あなたは色々と間違っている。
まずは楽して金儲けをしようという考え。
後、直感に頼るってのも止めて。
もっと慎重さを持てと何度も言ってるでしょう」
 クドクドと語ると、彼女はそっぽを向いた。
「だって絶対価値が上昇すると思うから。
もたもたしてたら歯痒いじゃない」
 うな垂れながら、歩き出した。
「何処行くの?」
「散歩よ」
 丁度良い。ここ最近パソコンに付きっ切りで、
天道の光を浴び無いものだから。
「行って来ます」 
 見たところ、彼女は靴の組み合わせを違えて出て行った。
本当に思う。せっかちだなあ。

259 名前: 経済評論家(滋賀県) 投稿日:2007/04/08(日) 23:42:38.05 ID:G5/qioei0
 数分後、彼女は満面の笑みで帰ってきた。
両手にボロキレを抱えて。
「見て! これ綺麗な模様じゃない?
角の古物屋で見つけたの、きっと掘り出し物よ」
 あの胡散臭い店を思い出して目眩がした。
「で、我慢できずに買ってきた訳ね……いくら?」
 彼女は一瞬身構えたが、指を三本立てて突き出した。
「まさか……三千円?」
 今月苦しいのに。
そう思っていると彼女はペロッと舌をだした。
「惜しい! 一桁足りない」
 地球が回った。いや俺の目が回った。
本気でこの人と同棲している事に後悔する。

「どこにそんな金あるの? さっき株で摩ったばかりと言うに」
 ばつが悪そうな顔をしている。
「ごめん、ね」
「で、仕送りの生活費はどこにいったの」
 目の前で合掌している。図星か。
彼女は弁解するかの様に訴えだした。
「きっと価値がでるのよ、私が見つけたモノだから」
 どこから来る自信なのか。
自分が好きな歌手の人気が出たからとか言う、それだろうか。
「君にだって、一目惚れなんだから」
 全く嬉しくない。そういえばこの人年上だった。

260 名前: 経済評論家(滋賀県) 投稿日:2007/04/08(日) 23:43:27.38 ID:G5/qioei0
「わ、私ちょっと親にお金借りるね」
 彼女は言葉を繋ぐようにして、携帯を取り出した。
そんな事で親御さんに連絡とって貰いたくないのだが……。
四の五の言っている場合じゃない。生活できない。
「あ、お父さん? あのね……」
 電話を続けると、彼女の顔がみるみるうちに青ざめていった。
俺の方を向いて、どうしようと言いだした。
 話を聞くと母が急病らしい。
しかし事態は深刻で、
簡単な話治療費うんぬんでお金が全く足りないらしい。
 俺は彼女が目頭を熱くしながら話すのを、
パソコンを片手に聞いていた。
「借金するのは嫌だって言うし……私向こう帰ってバイトしなくちゃ」
 しょうがないよな。金遣い荒いものね。
ひどい話だが、内心助かったと思っていた。
今月俺一人なら、無駄な出費も無く生きれる。
「で、いつ頃戻ってこれるの?」
「何で君と離れなきゃいけないの」
 彼女は俺を突き飛ばして、パソコンの前に座った。
「株価上がりなさいよ、お金がいるの!」
 それでもグラフは地を這う様に進んでいた。
ああ、パソコンを叩かないで。
「いくら、いるの?」
「……五十万ほど」
 そんなに金がかかるものなのか。
無い袖は振れない、が。

261 名前: 経済評論家(滋賀県) 投稿日:2007/04/08(日) 23:44:22.10 ID:G5/qioei0
「もし、無駄な投資とかしなかったらそれ位貯金出来てたんだよ」
 彼女は俯いたまま何も話さなかった。
「これからは、軽々しく行動しないって約束できる?」
 一度頷いて、嗚咽を噛み殺していた。
ため息をつく。面倒をかけるお姉さんだな。
 俺は黙ってパソコンでオークションの画面を開いた。

――短い別れ。
「すぐ帰ってこれるよ」
 彼女は泣きながら、後悔していた。
それを見ると、流石に胸が痛む。
「ごめん……ね。他の人に君を盗られたら嫌だからね」
 だから俺の価値はそんなに高く無いのだが。
こんな機会でも無いと、素直にならないのが憎らしい。
 憎らしく、愛おしい。
「これ、手紙書いたから。向こうに着いたら読んで」
「ありがとう……私すぐ戻るからね。変にお金使わず、働くから」
 その気持ちが高価である事にいつ気付くか。
俺は新幹線で地元に帰る彼女に、ずっと手を振り続けた。
 しかし、まさかあのボロキレにあそこまでプレミアがついていたとは……。
幾らかの足しになるかとは思ったが、
まさか治療費を払っても釣りがくるほどの価値があるとは。
 もしかしたら彼女には本当に見る目があるのか。
俺は顎に手をかけて顔をつくった。
「俺も下手したら捨てたモノじゃないな」
 彼女は手紙と同封した万札を見て、怒るだろうか。
きっと向こうについて、すぐに戻ってくるだろう。
慌しい、せっかちな人。
 俺は気がついていなかったが、
折れ線グラフは今、上を向いた。            (了)



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