【 幼馴染との価値観の微妙な違い 】
◆VXDElOORQI




264 名前: ほうとう屋(チリ) 投稿日:2007/04/08(日) 23:47:11.46 ID:VMEl0AV90
 まだ春だっていうのに暑い。桜も早々に衣替えをすることに決めたのか、はらりはらりと花びらを
脱ぎ捨てている。
 汗をダラダラ流しつつ、その花びらを踏み締める。
 だが、この汗は暑さだけが原因じゃないことは明白だった。
 俺の腕に絡まる俺のものではない腕。男の腕とは明らかに違う感触、細さ。そして腕が絡まってい
る辺りに感じる柔らかい感触。フニッと俺の腕の形に沿って形を変えているのがわかる。
「ん? どうかしたの?」
 上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる女の子。同じクラス、同じ委員会の飛鳥さんだ。
「い、いや、なんでもないよ」
 パッチリとした大きな瞳が俺のことを不思議そうに見つめたあと、「そ、じゃ早くいこっ」と言っ
て、視線は俺から前方へと移り変わる。
「あの、どうしても家に来るの? 委員会の相談なら学校でやれば……」
「えー二人だけなんだから家のほうが落ち着いていいでしょ」
 俺は全然落ち着かないんですけど。
「タクヤ君のお家ってどのあたりなの? もうすぐ?」
「も、もうすぐ」
 俺は早々に説得するのを諦め祈ることに専念する。
 どうかあいつがいませんように。

「ここが俺の部屋だよ」
 幸いなことに家族はみんな留守のようで、誰にもからかわれることなく、飛鳥さんを部屋に案内す
ることが出来た。
「あ、タクちゃんおかえりー。ってあれ? お客さん?」
 部屋には俺の菓子を食いながら俺の漫画を俺のベッドでうつ伏せになって読んでいる幼馴染のお隣
さん。あかりの姿があった。
「お前、どうして……」
「その、窓が開いてたからつい」
 えへへ、と笑うあかり。あかりは隣の家に住んでいて、なおかつ部屋まで向かいあうような格好で
あるもんだから、簡単に窓から出入りが出来た。
 最近は危ないからって鍵閉めたのに今日に限って忘れるとは……。

265 名前: ほうとう屋(チリ) 投稿日:2007/04/08(日) 23:48:05.07 ID:VMEl0AV90
 自分の迂闊さを嘆いていると後ろから、少し怒りが混じったような声が聞こえてきた。
「タクヤ君。その子、だれ?」
「こ、こいつはですね。あかりって言って幼馴染で隣に住んでるんですよ。たまに勝手に部屋入ってく
る困ったやつなんですよ」
「彼女?」
 ジロリとあかりのことにらみつけた飛鳥さんはさっきより怒気を強めた声でそう言った。
 なんでそんなに不機嫌なんですか、飛鳥さん。
「いや、違いますよ。全然違いますよ?」
 なんで俺がこんなに気を使わないといけないんだ。さっさと仕事を片付けて帰ってもらおう。
「私、タクちゃんの彼女に見えます?」
 いやいやいや、なんでそんな火に油を注ぐような発言しちゃうかな。
「……はい」
「あははっ。私、タクちゃんの彼女に見えるんだって。ちょっと嬉しいかも。でもはずれです。私と
タクちゃんはただの幼馴染ですよ」
 飛鳥さんは視線を今度はジロリと俺のほうに向ける。本当なのかどうか問いただすような視線だ。
「いや、さっきも言いましたけど、こいつとは幼馴染だから」
「そっ、よかった。じゃ早速お仕事しよっか」
 なにがよかったのかはさっぱりわからないがとりあえず機嫌が直ったみたいでよかった。

 その後はあれでもないこれでもないと俺と飛鳥さんは委員会の話。あかりはその間ずっとベッドで
漫画を読んでいた。
「あれは絶対いるよね? 買いに行かないと」
「二人で買いに行くんですか?」
「うん。二人の仕事なんだから当たり前でしょ? 明日いこっ。明日」
「あ、明日はちょっと……」
 俺はそう言って視線をあかりのほうに向ける。明日はあかりの買い物に付き合う約束をしていた。
「あ、私のことは気にしないでいいよ。明日は私一人で行くからダイジョブ」
 あかりは漫画を読みながらそう言った。
「……もしかして、明日あかりさんとデートの約束でもしてた?」
 また飛鳥さんの声に怒気が混じる。だからさっきからなんで急に怒り出すんですか飛鳥さん。

266 名前: ほうとう屋(チリ) 投稿日:2007/04/08(日) 23:48:35.19 ID:VMEl0AV90
「いや、別にデートってわけじゃ。ただ買い物に付き合う約束をしてただけで……」
「そうなんだ。あかりさん本当にいいの?」
「いいですよ」
 あっさりはっきりとあかりはそう言った。
 そんなにあっさりと言わなくてもいいのに。
「じゃ、明日ってことで。さてと、私はそろそろ帰るね」
「え、あ、送っていきますよ」
「いってらっしゃい」
 あかりは漫画に視線を落としたままそう言った。

 それから飛鳥さんを家の近くまで送っていき、部屋に戻るとまだあかりはベッドの上で漫画を読ん
でいた。
「明日、本当にいいのか? なんなら今から飛鳥さんに電話して断っても」
「ん、別に大丈夫だよ」
 その言葉に少し俺は苛立ちを覚えた。あかりは俺が他の女の子と一緒に出かけてもなんとも思わな
いのだろうか。
「お前は、その俺と行くの楽しみじゃなかったのかよ。そんなあっさり諦められる程度のことなの?」
 あかりはやっと漫画から顔をあげ、不思議そうな顔をしてこちらを見つめてくる。
「うーん。そりゃ少しは残念だけど……」
「だけど?」
 俺はそのあとに続く言葉がどうしても知りたくなった。なぜだかは自分でもわからない。
「私はいつでもタクちゃんとデートできるから」
 あかりは笑ってそう言った。

おしまい



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