【 あ でい いん ざ らいふ 】
◆PUPPETp/a.




167 名前: 三銃士(山形県) 投稿日:2007/04/08(日) 21:16:39.71 ID:we+xi+sb0
 蝉時雨で元気に合唱を繰り返す、そんな暑い日。
 小さな島の山の中腹にある市立名橋中学校。緑豊かな山々ではたくさんのセミが愛を叫んでいた。
 グラウンドが太陽の光を浴びて陽炎が立ち上りそうなほど熱を帯びている。それを望む二階校舎の教室では二人の女子が弁当をつつきあっていた。
「次の時間、小テストじゃない。ああ、憂鬱……」
 黒髪を肩で切りそろえた少女、伸子は向かい側に座る親友の渡辺愛美に嘆いていた。
「ほふへふほ? ほふはほははっへ?」
「口の中のもの、なくしてからでいいから……」
 溜め息混じりの伸子の言葉に、愛美はモムモムと祖母の言い付け通りよく噛んで食べる。
 大きく頷くように首を振り、口の中のご飯をのどの奥に押しやると、先ほど問いかけに答えを返す。
「小テストなんてあったっけ?」
 不思議そうな黒目がちの目が、まばたきを繰り返す。小首を傾げると頭の両端で結んだツインテールの髪がゆらりと揺れた。
 伸子はウィンナーが刺さったはしの先を、お行儀悪く愛美へと向ける。死んだ魚のような目をしていた。
「清美はいいわね。気にしないでもいい点取れるんだから……」
 そういうと伸子は「あうぅぅぅ」とうめき声を上げながら頭を抱える。
 そんな友人の姿を見ながら、愛美はまた弁当からご飯をパクリ。モムモムモムモム。ゴクン。
「のぶちゃん、今からでもお勉強したらいいんじゃないの?」
「……数学キライ」
 抱えた頭が答えを返す。
 伸子の理数系評価は赤点ギリギリの低空飛行。対して愛美は、のんびりとした性格ながら学年で三十位程度には入る実力を持ち、勉学に励む様子を見せたことがない。
「どうやったらあんたみたいないい点取れるわけ?」
「んー……、わかんない?」
「何で疑問形なのよっ」
 まだ少女らしい少し丸みのある顔で愛美は『にぱーっ』と笑う。
 伸子の口から盛大な溜め息が漏れた。女の子らしい彩り豊かなお弁当をツンツンとはしの先でつつく。
「でも、ほらー。数学の時間が終わったら席替えがあるはずだよ? もしかしたら――」
「う・る・さ・い!」
 清美が大事に残していたミニハンバーグを、猛禽のような鋭さで口の中に放り込む。
「あっ、ハンバーグがぁ……」
 涙目の愛美。その向かいに座る伸子の顔は少し赤らんでいた。

168 名前: 三銃士(山形県) 投稿日:2007/04/08(日) 21:17:00.60 ID:we+xi+sb0
 しょんぼりしている清美を尻目に、伸子はチラッと目線をよそに向ける。
 ――席替え、ねえ。
 その先には同じように友人たちと昼食を食べる男子の姿があった。

 伸子の視線を浴びるその男子――会田浩二は購買部で買ってきたパンにかぶりついていた。
 何とも幸せそうな顔だ。これでもう三つ目のパンである。
「なー」
「んあ?」
 茶色い食材が豊富な弁当を広げるメガネの少年――真弓は浩二に質問を投げかける。
「おまえ、好きな子っているか?」
 口からパンをはみ出したまま、浩二はその唐突な問いに目を見開いた。
「……いきなりなに言い出してるんだよ」
 パンを飲み込み答えた。手元の紙パック牛乳をズゾゾッと吸い込む。しかし何にしても正直な彼は、顔を真っ赤にしていた。
 それを見る真弓は「うんうん」と軽くうなづく。
「おまえはどうなんだよ!」
「俺か? 俺は校内女子生徒全員のことが好きだ! いや、女性全てが!」
 優雅な振り付けで芝居っ気たっぷりに手を広げる。
「ああ、しかし! 俺が誰か一人のものになるなんて人類の損失ではないだろうか……」
「あほらし……」
 ついには立ち上がり、自分で自分を抱きしめて悦に浸る真弓へ呆れるような目を向けると、またパンをほお張る浩二。
 実際のところバスケに生きがいを見出す不器用な浩二とちがって、真弓はクラス委員長という立場もあり、男子女子問わず仲良く付き合っている。
 クネクネと身をよじりながら立つ真弓に奇異な目を向ける生徒はいない。いつものことなので周りの誰もツッコミは入れないのだ。
 ひとしきり自分の体を抱きしめると、真弓は自分の席へと戻る。
「それで?」
「何がだよ」
「次の数学の時間が終われば、席替えなわけだ」
「そうらしいな」
「――俺様ちゃんに何かお願いすることはないのかな?」
 グイッと顔を浩二に近づける。

169 名前: 三銃士(山形県) 投稿日:2007/04/08(日) 21:17:21.57 ID:we+xi+sb0
 少し嫌そうに顔を背ける浩二は、パンを持つ手を止める。
「知らねえな」
 しかしまた口へとパンを運ぶ。これで四つ目だ。
「ふーむ……」
 真弓はメガネの位置を直す振りをして軽くうつむく。目は弁当をつついている伸子たちへと向けられている。
 ――愛しい愛しい友人のためか。

 数学の時間が終わり、伸子は予想通りうなだれていた。
「やっぱり、私はダメな子……」
 そんな伸子の斜め前の席で、愛美はにこやかに小テストの結果を机の中にしまっている。
 愛美の点数は八十七点、伸子は……。
「はぁー」
「溜め息ついてると幸せが逃げちゃうよー」
 そんなことを言われても出したくて出ているわけでもない。止まらないのだから仕方がない。
 そんな言葉すら出ないような点数だった。
「ほらー、次は席替えなんだからそっちに運を使うんだと思えば――」
「私のテストは運任せなの……?」
「ええと、がんばれ?」
「……身のない励ましは人を傷つけるわね」
 また溜め息。
「ちょ、ちょっと呼ばれたからー」
 何も言えなくなった愛美はその溜め息を軽く無視して、笑って席を離れた。
 そしてLHRの時間が始まる。

170 名前: 三銃士(山形県) 投稿日:2007/04/08(日) 21:17:42.31 ID:we+xi+sb0
「えー、前々から言われてたように今日は席替えをします」
 壇上にはメガネがまばゆい真弓が立つ。教壇に両手をついて教室を見回している。
 教師は窓際の椅子に座り、お飾りを決め込んでいた。
「それでは出席番号順にクジを引いてください」
 真弓はその手に持つクジ入れを軽く掲げる。
 クラスメイトはざわめきながらも、順番にクジを引いていく。
 伸子は自分の順番が回ってくると、愛美の「がんばれ!」というあまり意味をなさない応援を受けて、クジ入れに手を突っ込む。
 真弓のメガネがキラリと光る。
 紙に書かれている番号は『6−6』。窓際最後尾の席である。
「微妙な席ね」
 一見、最後尾の席という特等席っぽい場所だが、夏の窓際は地獄の猛暑に晒される。
 やっぱり勉強に運は関係ないのね……。
 机に身を投げ出しながらそう思ってしまう。
 斜め前の席にある椅子がカタリと動く。それに反応して顔を上げると愛美が小さく手を振っていた。
「また近くだねー」
「……それだけでも運がよかったと思うべきなのかしらね」
 伸子は口元に笑みを浮かべる。
「んー、それで愛しの彼はどこなのかな?」
「な、何言ってるの!」
 口ではそう言いながらも目は浩二の方を向いている。
 教室内をグルッと見回し、そしてその姿を見つけるとあからさまに残念そうな顔になった。
 浩二は『5−1』、一番先頭の席に座っている。
 伸子と同様にひどく残念そうに机に身を投げ出していた。一番先頭の席というのは苦痛なのだから仕方がない。
「あらー」
 愛美も浩二の席を見つけると、残念そうな声を上げる。
「渡辺さんまで引いたようなので、全員クジを引いたかな……」
 壇上のクラス委員長、真弓はそう言うと箱の中に残ったクジを引く。そこに書かれている席へと向かう。
 『5−6』
 それは伸子の隣の席である。

171 名前: 三銃士(山形県) 投稿日:2007/04/08(日) 21:18:03.16 ID:we+xi+sb0
 にこにこと微笑む愛美の視線を浴びて、それに答えるように真弓も笑う。
 ――細工は流々仕上げをご覧じろってね。
 自分の席に座ると、前の席に座る愛美にだけ聞こえるようにささやく。
「はい、それじゃ誰か不都合な人がいるかー?」
 それまで置物同然に座っていた担任が立つ。その声に一人の男子が手を上げた。
 先ほどまで壇上に立っていた真弓その人である。
「俺、最近また目が悪くなってきたんで一番前の席がいいです」
 その声に浩二は振り向く。
 浩二と真弓、二人は少しだけ目を合わせる。真弓の口が「早く」と声を出さずに形作る。
「お、おれ! 交換します!」
 浩二は急いで手を、そして声を上げる。
「あー、そうか。それじゃ二人とも席を交換して」
 担任の言葉を待たずに、席を交換し始める二人。
 すれ違いざま、真弓は浩二にささやく。
「帰りに何かおごれよ」
 そう言って一番前の席に座る。浩二は少し悔しそうな、少しうれしそうな顔で舌打ちをした。
 顔をほんのり赤らめながら、伸子は浩二に声をかける。
「よ、よろしくね!」
「こっちこそ、よろしく!」

 LHRも終わり、愛美は笑顔で伸子に声をかけた。
「やっぱり小テストで運を使わなくてよかったねー」
「……そうだけど、何かひっかかるなぁ」
 その言葉に愛美は『にぱーっ』とした笑顔を浮かべるだけで何も答えない。
 実は数学の時間が終わったあと、真弓に呼ばれてちょっとした小細工をしていたことを。
 クジ引きの箱が手品で使うトリックが施された箱であること。
 そのトリックを使うには、最後にクジが一つしか残らないこと。
 最後に引く愛美が沈黙を守る代償として、伸子の近くに座らせるように脅迫したこと。
 伸子の隣に座る価値があるのは、両思いの浩二であること。
 愛美は笑顔の下に色々と秘密を握っていること。



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