【 つまり、価値の評価はあなた次第であること 】
◆FW1ueDUSGQ




90 名前: ブロガー(大阪府) 投稿日:2007/04/08(日) 13:06:08.88 ID:FZ2DHAaJ0
 その男は、他者を殺傷したいという欲求を、生まれた時から本質的な性質として持って
いた。
 彼が小学生や中学生の頃、その欲求の捌け口として使われていたのは、近所の野良猫や
犬などの小動物だった。小動物を殺した時、彼はこの上ない興奮を感じていた。しかし、
それと同時に、自分の嗜好が一般のそれとは大きくずれていることに、彼は多少なりとも
違和感のようなものを感じていた。
 高校生になり、今まで以上に『常識』を知った彼は、自分の『異常性』に苦悩すること
になる。小動物殺しの回数は大きく減少し、これまで以上に他人に知られないように注意
するようになった。表では普通の高校生を演じ、裏ではこっそりと小動物殺しを趣味にす
る。元々社交性は十分にあった彼は、はたから見ればいたって普通の高校生に見えていた。
交友関係も広く、異性との付き合いもあった。そんな彼に彼女が出来たのは、当然の成り
行きだといえるだろう。
 彼は、他の人とは少し違った欲求を持っていたが、それ以外の三大欲求も同じように持
っていた。交際を始めて半年が過ぎ、彼は彼女と初めての夜を過ごすことになる。
 彼は、彼女の上に覆いかぶさるようにして乗り、彼女の顔を見た。その時の彼女の表情
が、初めての苦痛を我慢するものだったのか、予想外の快感に声が出ないように我慢する
ものだったのかは、その時の彼には区別できなかった。ただ、その表情を見た彼の心の中
に、あの欲求が突如として姿を現したことだけは、興奮した彼の頭でも判断することがで
きた。ゆっくりと、彼女の首筋に落とされる彼の両手。首筋に巻きついた両手に力がこも
る。
 それまで霞の向こうでぼやけていた『欲求』は、この時初めて、はっきりとした輪郭を
持って彼の前に姿を現した。
 もし、この時彼女が「苦しいっ」と言って叫ばなければ、彼の最初の犠牲者は彼女にな
っていただろう。
 この件をきっかけに、彼の欲求の捌け口は、小動物から人間へと移ることになった。け
れど、彼がすぐに人を殺したかというと、そうではない。彼は一般常識を人並みに知って
いた。そのため、理性が殺人を咎めたのだ。人を殺してみたいという強い欲求と、それは
反社会的であるとする理性が激しくぶつかり合い、摩擦し、彼の心を磨耗させていった。
消耗していく彼の精神が、いつまでもこの拷問のような苦行に耐えられる道理などどこに
もなかった。

91 名前: ブロガー(大阪府) 投稿日:2007/04/08(日) 13:06:45.33 ID:FZ2DHAaJ0
 最初の殺人は、高校三年の冬だった。学校から帰宅する途中、ふと公園を見ると一人の
男の子が砂場で遊んでいた。周りを見ても誰もいない。彼は、草むらの中で男の子の首を
絞めた。防寒用の手袋越しに、男の子の温度が伝わってくる。白目を剥き、ぴくぴくと震
える男の子を見ていて、彼はこれ以上ないまでの興奮を覚えていた。


「僕の名前ですか? 吉浦満也ですよ。知ってるでしょ? はぁ、慣例儀式みたいなもん
ですか……。あなたの名前は? 相良さんね。わかりました。取材でしたよね? いいで
すよ。ようやく釈放されて、気分もいいんで、答えられる範囲でなら何でも答えますよ。
最初の質問は何ですか? はぁ……判決は妥当だったか、ですか。いきなり難しいこと訊
いてきますね。まぁ、僕は妥当だと思いますよ。だって、僕がやったと立証できた事件は
たった一件だけですから、五年は妥当ですよ。他の殺人? さぁ、僕以外がやったんじゃ
ないですか? 顔が笑ってるって? 知りませんよ、そんなの。僕はもう刑期を終えたか
ら、関係ないですよ。次の質問は? ふーん、被害者に対してどう思うか、ですか……。
それはつまり、反省しているかってことですよね。結論から言うと、正直全く反省はして
ません。僕は、殺人を悪いことだとは思ってないんです。別に深い哲学的意味があっての
ことじゃないですよ。単に、殺人が悪いことだと思えない性質なんです。そりゃ、世間一
般的に言って、殺人が悪いことなのは分かってますよ。けど、僕個人の価値観では、殺人
は別に悪いことではないんですよ。むしろ、殺人は楽しい行為なんですよ。人がご飯を食
べて、夜眠って、異性と性交するように、僕は殺人をするんです。だから、僕は別に反省
などはしてません。ていうか、できないんです。ご飯食べて反省できます? 夜眠ったこ
とを懺悔します? セックスして後悔します? しないでしょ。それと同じなんですよ、
僕にとっての殺人は」


92 名前: ブロガー(大阪府) 投稿日:2007/04/08(日) 13:07:16.61 ID:FZ2DHAaJ0


 彼が最も困惑したことは、何故『自分』と『世間』が大きくずれているのか、というこ
とだった。
 子供の頃から、学校の道徳の授業やテレビで見聞きしてきた。殺人は悪いこと。人を傷
つけることは悪いこと。それは極めて当たり前な『常識』。分かっている。理解している。
なのに、なのに自分は殺人を嗜好する。
 このずれが何故あるのか。自分は何でこんな性質を持っているのか。その理由が全く分
からずに、彼は強く苦悩した。苦悩しながら、彼は人を殺していった。
 テレビのニュース番組では、最近多発している児童殺害事件が報道されている。その報
道を見ながらも、彼の心には「罪悪感」というものが生まれることはなかった。生まれな
いからこそ、彼はさらに煩悶した。
 自分の異常性に苦悶する日々は、予想以上に彼を苦しめることになった。彼は、その苦
痛から少しでも逃れようと、自分の殺人に正当性を持たせることを考えた。


「殺人好きになった理由? そんなの知りませんよ。いつからかは分かりませんが、気付
いたら僕は殺人が好きになっていたんですよ。理由はわかりません。もし何か原因がある
とすれば、それは神様が決めたんじゃないですか? 別に誰からも、殺人を趣味にするよ
うに強制された覚えはありませんからね。他に質問は? 殺人をやめられるか? なんか
恐ろしい質問するね。ここで、やめられないって答えたら、僕はかなりの危険人物になる
じゃないですか。……どうだろうな。無理じゃないかな。ご飯は食べないと死ぬし、睡眠
はとらないと精神が狂う。あ、セックスはしなくても大丈夫か。まぁでも、難しいだろう
ね。根っからの快楽殺人者が、殺人をやめるのは。他には? ない? そう、意外と早く
終わりましたね。いえいえ、僕も久しぶりに外の人と話せて楽しかったよ。あ、できれば
最後の、殺人をやめられないって言葉は、新聞に載せるときは削除してくれると嬉しいん
だけど。うん。ありがとう。まぁ、せいぜい努力はするよ。え、顔が笑ってるって? そ
ういうアンタだって、顔が笑ってるよ。なんだか怖い笑顔だな。じゃ、僕は行くよ。さよ
うなら」


93 名前: ブロガー(大阪府) 投稿日:2007/04/08(日) 13:07:48.05 ID:FZ2DHAaJ0



 結局のところ、彼は人生の最後まで殺人をやめることはできなかった。
 ニコチン依存症の人間が煙草をやめられないのと同じように、彼もまた殺人の依存症に
なっていた。
 自分の殺人に正当性を持たせるため犯罪者だけを殺し続けた彼だったが、それが認めら
れることはなかった。
 絞首台で縄の輪に首を通し、彼は最後の言葉を述べた。

「俺は、俺を殺人鬼として生んだ神を恨む。
 せめて普通の人間として生まれ、普通に生きたかった」

 生きる価値無し。

 相良良平の墓の前には、吉浦満也に殺された人の親族や、その他多くの人からの花束が
手向けられた。


おわり



BACK−夢見る古物とそれを見る老いぼれ ◆O6Cxn3h7aQ  |  INDEXへ  |  NEXT−ロリコン探偵の事件簿そのいち ◆2LnoVeLzqY