【 夢見る古物とそれを見る老いぼれ 】
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403 名前: 整体師(関東地方) 投稿日:2007/04/07(土) 00:11:31.34 ID:ryFpBrV80
【週末品評会参加】
お題: 価値&戦闘機
タイトル:夢見る古物とそれを見る老いぼれ
レス数:3

 

 ごしゃぁっ!!!!

 異変に気付いた係員が、展示用の戦闘機の元へ駆け寄った。
 私はそちらに少しだけ意識を向けたが、野次馬のように思われるのが嫌だったのですぐにやめる。
私のことなど、誰が見ているわけでもないが、これは単純に品性の問題だ。
 ゴールデンウィークの家族連れを狙ったそのイベントは、古今東西の様々な乗り物に関する展示が
されていた。
 一九○六年製の初代ロールス・ロイスは、通称シルバー・ゴースト。その名の通り、優美なライン
を持つ銀色の車体を堂々と晒している。対称的なのは機関車、D51だ。無骨な黒光りする車体は威
厳たっぷりに、見るものを圧倒していた。
 もちろん、古い物だけではない。
 電気自動車もあるし、向こうの方にはセグウェイの体験コーナーが行列を作っている。
 だが、この老いぼれの身としては、やはり時代に取り残されたような遺物たちの方に愛着が湧くも
のだ。
 気付けば、騒ぎが予想以上に大きくなっている。
 その場にいた人間全てが野次馬になったような状態なので、私も気兼ねなく聞き耳を立てることに
した。
 事件が起きたのは、第二次世界対戦で使用されたフォッケウルフFw190。ドイツ製のレシプロ
戦闘機で、わざわざ外国から借りてきた、このイベントの目玉だ。
 展示の際は当然出されていた車輪が、何らかの原因で格納されてしまったらしい。
 関係者が揃って首を傾げたのは、両翼下にある二つの引き込み式の脚が、“同時に”格納されたこ
とだ。

404 名前: 整体師(関東地方) 投稿日:2007/04/07(土) 00:12:14.13 ID:ryFpBrV80
 客はある程度、展示物に触れることはできる。だが無論、展示物に乗ることは出来ない。常に係員
が付いており、目を光らせているのだ。コックピットからの操作は不可能である。そもそも、燃料も
抜かれているので、エンジンをかけることすら出来ない。
 人の手が加わっていないにも関わらず、勝手に車輪が格納されてしまったのだ。
 どうやら、幸いにも怪我人は出なかったとのことで、私は一先ず安心した。
 しかし、機体の方は無事では済まなかった。防弾鋼板の入っているボディは落下の衝撃で無残にも
陥没し、三枚羽のプロペラは下の一枚が折れ曲がってしまっている。これでは展示に耐えられないし、
歴史資料的な価値もガタ落ちだ。イベント主催者の顔も、丸潰れである。
 だが、そんなことは当たり前だが、私にはどうでもいい。
 戦闘機の価値は、そんなものにない。戦闘機は、闘うための道具なのだ。
 見てくれのよさや資料的な価値など、無意味な付加価値でしかない。
 “美”という言葉が必要ならば、それは“機能美”に他ならない。骨董的な美など、不要だ。
 兵器の価値は、直接・間接を問わず、いかに効率よく人を殺すかに尽きる。

405 名前: 整体師(関東地方) 投稿日:2007/04/07(土) 00:12:36.86 ID:ryFpBrV80
 
 ――だから。
 
 だから、『彼』は飛ぼうとしたのではないか。
 撤去されていくフォッケウルフを見送りながら、私はそう思った。
 青い空を駆け回り、その機銃を存分に振るう己が姿を夢に見て、離陸のイメージそのままに、脚を
格納してしまった。
 だが、非情な現実は『彼』に重力に逆らう力を与えてはくれずに――。
 その点、私は幸せかもしれない。
 作られて20年が経つが、まだ価値を失わずに居られる。
「さて、相棒。今日もいっちょ、稼ごうか」
 私の持ち主は、四個のボールを手に持つと、器用にバランスを取りながら、そのままジャグリング
を始めた。
 道化の姿をした私の主を見て、次第に人が集まっていく。
 先ほどの事故が残した、重苦しい空気があっという間に晴れていった。
 私を乗りこなす卓越した技術もさることながら、やはり人を楽しませることに関してはプロである。
その仕事を手伝えることを、私は誇りに思う。同時に、一時は処分された私を修理して、大切に使っ
てくれている主に、感謝もしている。
 手を叩いて喜ぶ子供を見る度に、私は一輪車に生まれた喜びを噛み締めるのだった。



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