【 その仮面を優しく剥ぎ取る方法 】
◆VXDElOORQI




769 名前: 青詐欺(チリ) 投稿日:2007/04/01(日) 23:35:05.58 ID:GbBT24V30
 三月の終わり、体育館裏、舞い落ちる桜の花びらに夕日のオレンジが混ざり合い不思議な色合いを
桜吹雪を作り出していた。そこには男子生徒と女生徒が向かいあっていた。
 男子生徒は大した興味もなさそうに舞い落ちる花びらを見ていた。それに比べ女生徒はガチガチに
緊張した様子で、足も少し震えていた。
「あ、あの、ずっと貴方のことが好きでした。付き合ってください!」
 彼女はそう言って顔を真っ赤にし頭を下げる。
 告白を受けた当人はその様子を他人事のように冷ややか視線で見つめていた。
「用事はそれだけ?」
「え、は、はい」
 予想していなかった返答にたじろぐ女生徒。
「そう。じゃあ帰るわ」
 彼はそう言うと踵を返しその場を立ち去ろうとする。
「え、あ、私にフラれちゃったんですよね……。り、理由だけでも教えてくれませんか?」
 男子生徒は顔だけ振り返り、面倒臭そうに一言こう言った。
「俺、君のこと好きでもなんでもないから」
 その言葉を聞いた彼女はほんの少しの間呆然とし、すぐに両方の瞳から涙を溢れさせる。
「っ……」
 彼女は声をかみ殺し、男子生徒を脇を通り校舎へと走っていってしまった。

 男子生徒がカバンを取りに教室に戻ると、そこには黒い長髪を腰まで伸ばした女生徒が机に腰掛け
ていた。夕日のオレンジとそれが作り出す影のコントラストの中、明るい声が教室に響く。
「あんな可愛い子フルなんて、ヒロ。あんたもやるねぇ。よっ色男」
「まるで見てきたような言い草だな。マツリ」
 ジロリとマツリを睨むヒロ。マツリはその視線にも動じる様子もなく話を続ける。
「いい加減彼女作ったら? モテモテなんだからさ。ま、それはお隣さんとしても鼻が高いけどさ」
「別にいらないよ。彼女なんて」
 心底どうでもいいと言った様子で、ヒロは自分の席まで行き、鞄を手に取る。
 よっ、という掛け声と共に机から降りたマツリはつつっとヒロの前まで来ると、自分の両頬を摘み、
少し不細工な顔を作る。
「その仏頂面もいい加減やめたほうがいいよ。たまには笑いなよ。こうにぱっとさ」

770 名前: 青詐欺(チリ) 投稿日:2007/04/01(日) 23:35:31.09 ID:GbBT24V30
 自分の頬から手を離すと今度はヒロの両頬を横に引っ張る。ヒロはそれをあっさりと払いのける。
「笑う場面にはちゃんと笑ってるよ」
 その答えに苦笑いを浮かべ頭を掻くマツリ。そのたびに艶やかな黒髪が乱暴に揺れ、少女特有の匂
いがヒロの鼻をくすぐる。。
「それはさ、笑ってるって言わないでしょ? 笑ってるように見せてるだけ。仮面被ってるようなも
のだよ。笑うってのはさ……」
 こうやるんだよ! マツリはいきなりヒロの脇腹をくすぐる。それでもヒロはクスリともしない。
「あれ? 効かない?」
 マツリの額に一筋の冷や汗が伝う。
 その様子をヒロが冷ややかな瞳で見つめていた。
 しばらく二人を沈黙が包む。
 二人ともその沈黙を破ることなくヒロは鞄を手に取り教室を出て行ってしまった。
 教室に残ったのはやれやれと言った様子で困ったような笑みを浮かべるマツリだけだった。

「ヒロぉ……。ちょっと待ってぇ」
 一人、家路を歩いているヒロの後方で情けない声。
 ヒロはため息を一つ吐くと、足を止め、その情けない声の発生源が追いつくのを待つ。
 しばらくすると息も絶え絶えのマツリが追いついてきた。
「いや、話があってさ。そのために教室で待ってたんだった」
「なんだよ」
「えーっとねぇ。なんていうかー」
「早く言えよ」
 普段のマツリの態度とは違うことに違和感を感じつつも、呼び止めておいて中々、話を切り出さな
いマツリにイライラを募らせるヒロ。
「うん。……よしっ。じゃ言うよ?」
 やっと決心がついたのか大きく深呼吸をしてから、マツリは一言こう言った。
「私引っ越すんだ」
 さすがのヒロもこの告白には驚いたようで、両目を大きく開き、マツリを見つめる。
「……いつ?」
「明日」

771 名前: 青詐欺(チリ) 投稿日:2007/04/01(日) 23:36:00.63 ID:GbBT24V30
「なんで……今まで言わなかったんだよ」
「言い出し辛くてさ。ごめんね。じゃ私荷造りあるから先、帰るね」
 焦った様子で強引に話を終わらせたマツリは走ってその場から立ち去ってしまった。
 風に踊る黒髪の隙間から見えたその顔には涙が浮かんでいるように、ヒロには見えた。

 次の日。お隣と言うこともあって、見送りにきたヒロの表情は優れなかった。
「なによ。湿っぽい顔しちゃって。それともそれもそういう表情の仮面かな?」
「バカが。ちげーよ。こんな顔……したくて出来るかよ」
「そんな顔をさ、私に見せるより、みんなに笑った顔見せてあげなよ」
 そう言って昨日の分かり際とはうって変わっていつもと同じ明るい笑顔を見せるマツリ。
「そんなこ……」
 そのヒロの言葉をマツリは唇で塞ぐ。
「置き土産に私のファーストキスをあんたにあげる。ばいばい」
 そういうとマツリはトラックの助手席に乗ってしまった。
 トラックに乗り込む間際に見えたマツリの顔は笑ってるような泣いているような不思議な顔だった。

「好きです!」
 新緑の季節。桜は華やかなピンクの衣装から青々とした葉に衣替えを済ませている。
 体育館の裏には、男子生徒と女子生徒が向かい合うように立っている。
「ごめん」
「どうしてって聞いてもいいですか?」
 うっすらと瞳に涙を浮かべる女生徒は、なんとかそれを堪え、質問する。
「好きな人がいるんだ」
 ヒロは恥ずかしそうな笑みを浮かべてそう言った。





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