【 仮面の意味は 】
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753 名前: 女工(愛知県) 投稿日:2007/04/01(日) 23:28:43.24 ID:T2xqgfeZ0
「はじめまして、山田千歳といいます。これからよろしくお願いします」
 そう言って、ぺこりと頭を下げる転校生。ちらほらと拍手が起きる。先生が例によって席を探し始め、空席となっていた私の隣を指差した。微妙な緊張をうかがわせる背筋で、転校生がこちらに歩いてくる。
「千歳です。よろしくお願いしますね」
「あ……よ、よろしく」
 きれいな形をした唇を薄く細めながら、千歳が言う。長い黒髪によく映える、形のいい白い顔。自然と私の視線は千歳の顔に引き寄せられル。というか、クラスの生徒全員が、千歳の顔に注目していた。教卓でSTの進行をしている先生ですら、千歳を見ている。
「あの……どうかしました?」
 皆の視線に気付いた千歳が、首をかしげながら言った。皆が慌てて目を逸らす。私も逸らす。不思議そうな顔をして、千歳は机に教科書を並べ始めた。それでも皆、千歳のことをちらちらと伺っていた。千歳のことを、クラス全員が気にしていた。
 それもそのはず。山田千歳は、何故かその顔に、仮面をつけいていたのだ。

「じゃあ、こっちには親御さんの都合で来たんだ?」
「はい。色々ありまして、今はおばあさんの所にいます」
 千歳と机を並べて、むぐむぐとあまり味の感じられないお弁当を食べる。普段は仲のいい友人連中と昼食を共にしていたのだが、彼女たちは今、遠くからひそひそと私達の様子を伺っている。
 転校生だよ!しかも女の子! だなんて高校生らしからぬ興奮の仕方をしていた男子たちも、揃いも揃ってギャラリーに徹している。どうやら一番最初に話し掛けられたせいか、私は知らないうちに素性調査を押し付けられているらしい。困ったことになった。
「あの……無理に私と一緒にいてくれなくてもいいんですよ?」
「え? あ、いや、そんなことは……」
 知らないうちに溜め息を漏らしていたらしい。慌てて言いつくろいながら、ちらと友人たちを伺う。全員が手を交差して、バツ字を作っている。助け舟に乗船拒否されてしまった。
 千歳の方に視線を向けると、彼女は少し寂しそうな表情をして……いるように見えた。仮面で表情がわからないのだ。新参の女の子との話題など、私に浮かぶわけもなく、気まずい雰囲気をただただ耐えるだけだった。
 千歳がつけている仮面は、白いプラスチックの外郭に、目の部分も白いマジックミラーの、顔の上半分を覆うタイプのものだった。正直なところ、全く似合っていない。敵軍のエースパイロットでもあるまい、ただ近寄りがたくなっているだけだ。
 しかし、その仮面なんなの? なんて聞くわけもない。先生が言及しなかったということは、おそらく学校側の認可は受けているということだろう。本人から何も言ってこないということは、なにか事情があるに違いない。物凄く空気が読める私、偉い。
「えっと……親御さんの都合って、なんだったの?」
 冷凍のハンバーグを箸で切り分けながら、おずおずと声をかける。正直なところ、友人たちのところへ戻ってまったりとしたかったのだが、彼女等はあろうことかプラカードまで作って私の受け入れを拒否してきていた。「もっと色々聞け」って、簡単に言うけどさ。
「……両親が、離婚すると……」
 消え入りそうな声。動きにあわせて、千歳の髪がはらりと肩から落ちた。嫌な汗が背中を流れる。苦し紛れの質問で、思い切り地雷を踏んでしまったらしい。察するべきだろう、私としたことが……。

756 名前: 女工(愛知県) 投稿日:2007/04/01(日) 23:29:32.79 ID:T2xqgfeZ0
「おつかれ」
 千歳との食事を終え、私は適当に挨拶をかわしてから友人たちのところへ戻った。気疲れしてうなだれる私を、一番仲のいい美香がひしと抱いて頭を撫でてくれた。胸に顔をうづめて、大きく息をつく。
「ホント疲れた。……誰も来てくれないし」
「で、彼女はなんだって?」
「……」
 おつかれなんて言っておいて、結局気になるのは千歳の素性だけなのだ。まったく、少しくらい友人の心配をしてくれたって、バチはあたらないだろうに。
 むくれる私に気が付いたのか、美香がごめんねと、苦笑しつつも軽い調子で謝ってきた。周りの友達も、ごめんねー、と笑っている。まあ、いいか、なんて思えてしまうのが私のいいところだ。
「なんだか複雑な事情みたいだよ。お父さんとお母さんが離婚するとかで、今はおばあさんのとこにいるんだってさ」
「ん? ……いや、そんなことは大体わかるよ。こんな時期に転校して来るんだから、ワケありに決まってるでしょ」
「そ、そうなの?」
 周囲の友人に意見を仰ぐと、全員が「当たり前でしょ」という含み意で頷き、美香の意見を肯定した。どうやら、そのあたりのことは皆薄々感じ取っていたらしい。マジかよ、空気読めてないの私だけってことですか。
「ショックだな……」
「で、そんなことより仮面だよ、仮面! あの仮面はどういう理由でつけてるのさ?」
「え……それは聞いてないけど。なんだか、あんまり触れちゃいけないような気がするし」
 えー、という不満の声が四方から飛び交う。役に立たないなあ、といういわれもないシュプレヒコールに、私はがっくりと肩を落とした。だって、聞けないじゃん。それこそワケありだったらどうするのさ。爆発するのが自分たちじゃないからって、勝手だ。
「アンタお得意の、考えすぎの早とちりなんじゃないの? ……まあ、いいか。聞いてないなら、聞けばいいだけだしね」
「へ? ……それって……」
「だからさ」
 美香は私の肩を掴むと椅子を引き、そこに私を座らせた。あはは、と眉を八の字にする私に、美香は思い切り顔を寄せ、ニッコリと笑んだ。笑顔が怖い。
「聞いて来い」
 ああ、やっぱり……。

「千歳さん!」
 玄関で下足に靴を履き替えていた千歳に声をかける。なんですか、と振り向く千歳。仮面で表情がわからない。が、どうやら機嫌は悪くないであろう事は、声色でわかった。昼のことを怒っているかもしれないと思っていたので、ほっと肩を撫で下ろす。
「えっと、あの……い、一緒に帰りません?」
「……いいですけど、どうしたんですか?」 
 どうしたもこうしたも、仮面についての探りを入れにきたのだ、とは言えない。美香は軽い調子で聞いて来いなんて言うが、この仮面をつけているのは、きっと人には言えない秘密のせいなのだ。私はそれに首を突っ込むほど、無粋な娘ではない。
「とにかく、一緒に帰ろう! 家はどっちなの?」
「北北西ですけど……」
 方位がわからなかったので、恥を惜しんで指差してもらう。偶然にも、家は同じ方向にあるようだった。私も靴を履き替え、連れ立って昇降口を出る。中で美香たちが、こそこそとプラカードを振っていた。「ちゃんと聞くんだぞ」って、自分たちでやれよ……。

758 名前: 女工(愛知県) 投稿日:2007/04/01(日) 23:30:09.81 ID:T2xqgfeZ0
 夕日に照らされながら、田んぼのあぜ道を自転車を引いて歩く。千歳は徒歩での通学のようだった。というか、もしかしたら車で送ってもらっていたのかもしれない。私が無理に誘ったので歩いているとしたら、悪いことをした。
「友達、できました?」
 当然ほぼ初対面の間柄で会話など弾むわけもなく、結局は黙り込む千歳に私が話題を振った。ちらと後ろを伺うと、当然のように友人連中がついてきていた。全員で手を振ってくる始末だ。心底自分たちでやれと思った。
「……いえ」
 心なしか俯く角度が大きくなった気がする。冷静に考えれば、転校初日で、しかも仮面をつけている女の子に、友達が出来るわけがない。またいらぬことを言ってしまったと、私もうなだれる。後ろから罵られている気がする。
「わ、私が友達だよ!」
「……ありがとうございます」
 重い。空気が重い。ずーん、という擬音は、おそらくこのタイミングで挿入されるものなのだろう。再び会話が途切れ、沈黙が私の肩にのしかかる。なんで私がこんな気苦労をしなくてはならないんだろう。そう思いつつも、新しい話題を考える。
 正直なところ、私自身千歳が何故仮面をつけているのか、気にはなっていた。改めて見れば、千歳はスタイルもよく、足首も細い。顔も小さく、きっと顔の造詣も私とは比べ物にならないくらい、きれいなのだろう。女のカン、直感だ。
「つきました。じゃあ、私はこれで」
「え? あ……」
 千歳の顔についての想像を膨らませていると、いつのまにか彼女の家についてしまっていた。田園風景の似合う、青いかわら屋根の古い家だった。ここに住んでるのかあ、と一人頷いていると、頭に小石がぶつけられた。振り返ると、美香たちがプラカードを振っている。
「ち、千歳さん!」
「はい?」
「あ……えっと……」
 呼び止めたはいいが、何も言えない。「仮面を取りなさい」だなんて、そんなことが出来るわけがない。さては美香たち、私が困っているのを見て楽しんでいるのではないだろうか。「バレなければどうということはない」って、もう完全に楽しんでるだろアンタら。
「千歳は何処にいるのよ!」
 そのときだった。私がいのししの如く美香たちの元に駆け出そうとした、そのときだった。千歳の家の玄関先から、女の金切り声が聞こえてきたのだ。慌てて振り返ると、千歳が顔を翳らせていた。
「……多分、母です。すいませんが、今日はここで帰っていただけますか……」
 悲しそうな声で、千歳が言った。美香たちにも声は届いていたのか、電信柱の向こうで訝しげな表情をしている。両親の不仲は、多分母親のせいなのだろうなと推測する。千歳がこちらに手を振って、玄関をくぐっていった。
「もしかして、修羅場?」
 呆けていると、美香の手がぽんと頭に置かれた。どうやら千歳がいなくなったのを見て追いついてきたらしい。最初から一緒にきてくれれば、私が苦労することもなかったものを。
「そうだね。でも楽しかったから、後悔はしてないよ」
「どれだけ自分本位なんだよ……」
「でも、これからもっと楽しくなるよ」
 美香の笑顔が怖い。四方を囲うように、皆がにじり寄ってくる。猟犬に囲まれた小鳥の気分が、今なら理解できそうな気がする。
「……はい、行ってきます」
 がくんと肩を落とし、しぶしぶ千歳の家に向う。友人たちの声援が白々しい。私、本当は虐められてるんじゃないのだろうか……。

761 名前: 女工(愛知県) 投稿日:2007/04/01(日) 23:30:54.66 ID:T2xqgfeZ0
 千歳の家の敷地内に足を踏み入れる。外観からは想像もつかないほど庭は広く、手入れされた花壇から家主の几帳面さがうかがえた。おそらくここは、粗暴そうな母親の系統でなく、父方の祖母の家なのだろう。
「千歳は私が育てるの! 諦めてよ!」
 二人の大人が睨みあっている。仲介しなくてはと思いつつも、二人の剣幕に腰が引けてしまい、庭石の影に身を潜めた。仮面を被った千歳が、母親のすぐ後ろでおろおろとしている。それにしても、美人なお母さんだ。
 千歳の母親に見惚れていると、またもや頭に小石がぶつけられた。私に見えるギリギリの位置で、友人たちが「後に戻れば地獄に落ちる」と書かれたプラカードを振っている。はいはい、行けばいいんでしょ、行けば。
「あの……」
「いい加減にしろ!」
「ひゃふ!?」
 急な怒鳴り声に、小動物よろしく一目散に逃げ戻る私。がたがたと震えつつ、少しだけ顔を出して様子を伺うと、先程まで平静だった父親が怒りを顕わにしていた。母親も一歩も引かず噛み付き、龍と虎を連想させるに容易い二人だった。
 彼等が何故離婚などという考えに至ったかはわからないが、どうやら今は千歳の動向についての話でもめていることはわかった。父親も母親も、千歳のことが好きなのだろうなと思う。ならばなおのこと、喧嘩などするべきではないのに。
「帰ってくださいって言ったのに……」
「うひゃあ!?」
 いつのまにか千歳が背後に立っていた。いちいち情けない声などあげて、我ながら臆病だと思うが、それはまあ、触れないで欲しい。出した声はわりと大きかったと思うが、どうやら両親は気付いていないようだった。
「どうしたんですか?」
「へ?」
「いや……だから何故、ここにいるのかなと」
 声色が水気を孕んでいた。悲しそうに影を落とす千歳の顔を見て、こそこそ隠れている場合ではないのだと改めて思った。間近で見る千年の顔はやはり整っていて、すぐ近くで怒鳴っている二人と何処となく似ていた。親子なのだから、当然か。
 もしかしたら千歳は、自分を理由に互いを罵りあう両親を、好きになれないのかもしれない。だから仮面で、両親に似た自分の顔を覆い隠しているのではないのだろうか。そうなのだとしたら、こんなに悲しいことはない。
「千歳さん、私たち友達だよね」
「……あなたがそう言ってくださるなら、友達です」
 一瞬呆ける千歳だったが、すぐに口元をほころばせ、微笑んでくれた。優しくて健気な千歳。この友人を、このまま放っておいていいわけがない。最初は変な仮面娘だなんて思っていたが、その程度のこと、理由がわかれば気にならない。
「あの!」
 私の声に、千歳の両親がこちらを振り返った。千歳が驚いて私の服の裾を掴んできたが、止まるわけにはいかない。私がでしゃばったところで何にもならないかもしれないが、手をこまねいていてはもっと何も変わらない。
 二人の大人の視線を一身に浴びて、図らずも嫌な汗が噴き出してくる。ただでさえ緊張に弱い私は、もうMAJIでTIBIる5秒前だった。裾にある千歳の手を握り、声を張り上げる。
「喧嘩はやめてくだちゃ……ください」
 ……ここで噛むのが、私のいいところだ。困惑と微妙な呆れを浮かべる二人の視線に、私は不覚にも泣きそうになった。
「……アンタ誰?」
 母親から冷たい声が飛ぶ。今すぐに「生まれてきてごめんなさい」と土下座したい気分だったが、握った手から千歳の体温を感じて、なんとか気を取り直す。いつのまにか握り返してくれていた千歳の気持ちが、ただただ嬉しい。

762 名前: 女工(愛知県) 投稿日:2007/04/01(日) 23:31:48.37 ID:T2xqgfeZ0
「えと、千歳さんの友達です。なにがあったのか知りませんけど、喧嘩は――」
「アンタには関係ないでしょ」
 生まれてきてごめんなさい。千歳とよく似た容姿の女性は、千歳とは似ても似つかぬ冷酷な声で私にそう言い放った。目が怖い。千歳の目はお父さん似だといいなあなんて、現実逃避にそんなことを考える。
「関係ありますね」
 背後からの突然の声に驚いて、千歳と二人して振り返ると、美香がいた。というか、友人たち全員が、いつのまにか敷地内に入ってきていた。美香以外の全員が「離婚反対!」というプラカードを掲げている。美香は私に近づいてくると、ぽんと頭に手を置いてくれた。
「あなたたちが本当に千歳さんのことを想うなら、離婚すべきではない。二人揃ってこその親でしょう。あなた達の都合だけで、千歳さんを振り回さないであげてほしい」
 気負うことなくすらすらと、美香は私が言おうと思っていた台詞を全て言ってしまった。美香の乱入に心底ほっとしている分際で文句など言えようはずもないが、あまりの格好よさに少し嫉妬してしまう。ていうか最後のセリフ、美香に言う資格ないだろう……。
 千歳の両親は美香の言葉に、少なからず動揺しているようだった。二人とも千歳のことを大事に想っている証拠だ。そのことで少しでも、千歳が両親を好きになってくれればと思う。口をつぐんでいた父親が、しばらくして口を開いた。
「……そうだね。確かに僕達は自分本位だった。千歳が一番辛いだろうって事を、考えていなかった」
 落ち着いた物腰に、やはり千歳は父親似なんだなと思った。先程怒鳴ったのも、千歳がいる場での言い合いを控えようと思ったからかもしれない。彼はこちらを向き、軽く会釈をして母親の方に顔を向けた。一呼吸おいて、言った。
「……この場で全てを許すなんて事は出来ない。が、離婚だけは止めよう。千歳のためにも、僕達は和解するべきだ。……すまなかった」
「……わかった。ゴメン」
 言葉は軽かったが、母親はきちんと頭を下げた。隣で美香がうんうんと頷いている。これにて一件落着、ってアンタ黄門様か。そんな皮肉を胸のうちで呟いていると、千歳が両親の許へと駆けていった。
「お父さん、お母さん!」
 二人に抱きつく千歳。一つの家族が元通りになっていく。その光景に、私の胸に熱いものが込み上げてきた。大げさだが、私は千歳を救えたのだ。……ほとんど何もしていないが。
「頑張ったね」
 美香が再び、頭に優しく手を置いてくれた。美香の手の暖かさが嬉しい。背の高い美香を見上げる格好で、私は親友を抱きしめた。一時はいじめの対象にされているのかとも思ったが、やはり彼女は私の一番の友人だった。
 しばらくして、千歳の両親が一緒に家の中へと入っていった。根拠などないが、きっとこれから上手くやっていってくれるだろう。二人を見送った千歳がこちらに戻ってくる。仮面が、外れていた。
「皆さん、本当にありがとうございました。感謝しても、しきれません。……特に、あなたには」
 千歳はやはり美しい少女だった。そのきれいな笑顔が、私に向けられている。何もしてやれなかったようなものなのに。不覚にも目頭を熱くしていると、柔らかな感触があった。千歳に抱きしめられたのだ。
「……ずっと友達でいてくださいね」
「……当たり前だよ。……あの」
 今こそだ。彼女が仮面を外した今こそが、仮面について聞ける瞬間だ。美香たちが、期待に満ちた表情をしている。
「その仮面、何でつけてたの?」
「ああ、これですか? その……」
 千歳は照れくさそうに再び仮面をつけると、ふっと微笑んだ。両親から貰ったそのきれいな顔、私はもっと好きになって欲し――
「シャアが好きで……」
 ……? 一瞬思考が止まり、背後で爆笑している美香達の声ではっと気がついた。ばっと振り返ると、彼女たちは私を見て笑っていた。点と線が繋がる。彼女達の今までの行動、無意味な私の先走り。彼女たちは、全て知っていたのだ。思わず、私は叫んだ。
「謀ったな! 謀ったな、シャア!」



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