【 仮面と青年 】
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710 名前: 文科相(長屋) 投稿日:2007/04/01(日) 21:45:53.35 ID:7ZwY/48k0
『仮面と青年』



Nは、自分の顔があまり好きではなかった。
Nは、自分に自信が無かったのだ。
Nには、ガールフレンドと呼べる女の子はほとんどいない。
クラスで自分に話しかけてくる女の子と言えば、ソバカス顔の、こうるさい華子ぐらいだった。
運動も勉強も得意でないNは、せめて自分の顔がもうちょっと良ければ、と思った。
もうちょっと自分の顔が良ければ、自分にも恋人ができたろうに。

そんなある晩、Nが鏡を見ていると、鏡の中から魔人が現れた。
「こんばんは」
と、黒いマントを羽織った青年風の魔人は、自分の右手を胸にあて、紳士的に挨拶した。
「お前は何者だ?」
「魔人です。
 それも人が欲しい欲しいと思いながら手に入らない物を差し上げている魔人です」
そう言って、魔人は黒いマントの中から、白い仮面を取り出した。
「この仮面は、見る者が自分の理想の姿を投影する仮面...。誰にでも好かれる顔になれる仮面です」
「馬鹿馬鹿しい」
「信じなくても構いません。ですが、この仮面は置いて行きましょう」
そう言うと、魔人は鏡の中へ姿を消した。

711 名前: 文科相(長屋) 投稿日:2007/04/01(日) 21:47:05.77 ID:7ZwY/48k0


次の朝、馬鹿馬鹿しいと思いながら、Nは仮面をつけてみた。
仮面は不思議な力で顔に貼り付いたが、鏡の中には普段と変わらない自分の顔が映っているだけだった。

けれど、周囲のNに対する目は明らかに違っていた。
「お前って実はかっこよかったんだな」
と悪友が目を丸くしてNを見た。
「N君って、かっこいいよね」
「ね、全然気づかなかったけど、かっこいいよね」
と、クラスメートは口々にNの容貌を賞賛した。
「そうかなあ?相変わらずなんじゃない?」
と、赤ら顔の華子だけがキョトンとした顔でNを見ていた。
Nは、きっとバカな華子には理想の姿もへったくれもないんだろう、と思った。

同時に、Nは心の中で歓喜した。
この仮面があれば、自分にも恋人ができるかもしれない、と。

712 名前: 文科相(長屋) 投稿日:2007/04/01(日) 21:48:50.69 ID:7ZwY/48k0

そして、一月も過ぎると、学校にとんでもない美少年がいると言う噂が流れた。
なんとかしてNに近づこうとする少女や、Nに気に入られようとする少女達がNの周りを取り囲んでいた。
思い詰めた風で「ずっとあなたのことが好きだった」とか「あなたしか見えない」とか、そんな手紙を受け取ったりもした。
しかし、それを読んでNの気持ちはふさぎ込んだ。

彼女達が嬉々として話しかけている相手は本当のNではない。
彼女達は、彼女達が望む理想の幻に話しかけているだけなのだ。
本当のNも、本当の相手との関係もそこにはない。
どれだけ相手に好かれていようが、彼女達が好きなのは、彼女達自身が持っている理想なのだ。

昼休みの終わりや、帰り際。
「よっ、人気者」と、華子がNをからかう。
けれど、Nの気持ちは沈んでいった。

714 名前: 文科相(長屋) 投稿日:2007/04/01(日) 21:49:48.53 ID:7ZwY/48k0


そして、ある夜。
やっぱりこんな物は外そうと思い、Nは仮面に手をかけた。
が、剥がれない。
仮面が顔にぴったりと貼り付いてしまって、剥がれないのだ。
恐ろしくなったNは鏡の中の魔人を呼んだ。
「どういうことだ」
「そういうことです」
魔人は静かに口を開いた。
「その仮面はあなたの力で外すことはできません。もちろん私の力でもダメです。
 仮面の裏に商品の説明を添えておいたのですが、読まなかったようですね」
「なんとかしろ」
「まぁ、自分でなんとかしてください」
そう言うと魔人は鏡の中に姿を消した。

Nは泣きそうな気分になって、もう一度、鏡を見た。
するとそこに、白い仮面の顔になった自分の姿が映った。
慌てて古い自分の写真を確認してみると、そこには顔の無い人間が写っていた。
Nはすがるような思いで、華子に電話をした。

715 名前: 文科相(長屋) 投稿日:2007/04/01(日) 21:50:41.69 ID:7ZwY/48k0


一時間ほど経つと、
「どうしたの、泣きそうな声で」
と華子が部屋にやってきた。
「僕の顔が無くなっちゃったんだ」
と言って、Nは泣き始めた。
「別に普段のNじゃない」
「そうじゃないんだ。僕の顔は白い仮面の顔なんだよ」
「ふーん。たしかに、妙な物が貼り付いているみたいね」
「見えるの?」
「この一ヶ月間、ずっと見えてたわ。でもいいじゃない。人気者になれたんだし」
「嫌だよ。やっぱり嫌なんだ。どんなにひどい顔でも、本当の自分を見て欲しい」
「動かないでね」
と、華子はそっと、Nの頬に手をあてた。
すると、仮面がそっと華子の手に吸い付き、Nの顔から離れていく。
「なんで?」
「何か書いてあるよ」
そこにはこう書いてあった。

「この仮面は真実の愛をみつけるための仮面です。
 あなたを愛していない者には偽りが、
 あなたを愛する者には真実が映し出されます。
 世界でたった一人、この仮面を剥がすことのできる人は、
 あなたが世界で最も心を許し、あなたを世界で最も愛している人です」

と。



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