【 美しさが夢のあと 】
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593 名前: 将軍(愛知県) 投稿日:2007/04/01(日) 11:32:20.79 ID:V21mSL9p0
 とある都では奇妙な風習があるという。
 各国を旅して回る悠子の興味を引きつけるには十分すぎる程、風の噂はその耳によく届いていた。
 悠子がその都に立ち寄る決心をした大きな理由は二つ。
 何よりとても強い好奇心。これが大きなウェイトを占めている。
 次に、十八歳という若さで身寄りのない自分が腰を下ろせる場所かどうか見極める為。
 本来は後者の目的の為に始めた旅……の筈が、色々な地土地を見ていく内に、
いつの間にか何に対しても好奇心を強く持つようになっていったようである。


 紅葉の舞う森、冷たくなり始めた小川、時々吹き抜ける寒風の中、悠子は愛馬を走らせた。
 駆けること数日、ようや辿り着いた都は、高い日が傾き始めた頃のこと。
 馬を近場の樹に預け、スリットの開いたスカートの腰位置にしっかりと護身刀を巻き付ける。
 準備も整い、悠子は門前に立つ。しかし、鉄門は開かれ門番も居ない。
 ただ、『美都(びと)』とだけ書かれた看板が、皮肉にも薄汚れて立てかけられている。
 長い黒髪を風に遊ばれながら、悠子は都へと入っていく。
 都を歩くこと数分、噂に聞いていた様子とは随分違っていた。
 廃都まではいかないが、随分荒れた街並みが目につく。まるで戦争の傷跡のようだと悠子は思った。
 人気(ひとけ)はあった。ただ隠れて出てこない、といった感じで、監視されているような心地でもある。
 当然このような土地に腰を下ろせるはずもなく、それを知った悠子がこれ以上ここいる理由はないのだが、
当然彼女の頭の中では今、そんな目的のことよりも圧倒的に好奇心が勝っていた。
「……困ったなぁ」
 悠子が困っている理由は一つ。この都の状況を説明してくれそうな人が見あたらないということだ。
 何故『美都』という象徴的な名を持っている都がこのような有様なのか?
 この都の外で聞く噂は本当なのか? 
 等々、悠子の聞きたいことは山程あった。
 よそ者に対する影から感じる冷たい視線に居づらさを感じがらも、悠子は人を求めて歩き回った。 


 声を掛けられたのは、都の徘徊を始めて一時間が経過した程だろう。
「ひょっとしなくても旅人さんかい?」

594 名前: 将軍(愛知県) 投稿日:2007/04/01(日) 11:32:51.24 ID:V21mSL9p0
 後ろから掛けられた声に振り向くと、悠子と同じ年くらいの青年が立っていた。 
 その右手には当然の如く護身刀が握られていた。
「ええ。この都の人に初めて会えました」
「それもそうだろう? そんな美しいお嬢さんがこの国で歩いていたら都の住人は怪しむってものだ」
 男は苦い笑みを浮かべながら言った。
「……もしよければその事情を聞かせて貰えませんか?」
「ああ! 大歓迎だ。ぼろい建物が嫌でなければ……ああそれと、その物騒なものから手を離してくれればね」
 今度は悠子が苦笑して言った。
「汚い所は慣れていますので……あと、身の安全を保証して頂けるのであれば」
 男は両手を上げて、大丈夫さと言った。


 外から差し込む以外の光源は無い建物の中、哲二と名乗った男は台所へと向った。
「そこらの椅子に適当に座ってくれ。お茶くらいは出さないと失礼だろ?」
「ありがとう」
 出された少し薄目の緑茶を悠子は啜りながら、相手が席に着くのを待つ。
「残念ながら茶菓子はだせない……というより無いのさ。ここら辺は日々を食べていくので一杯一杯なんだよ」
 そう言って自分も席に着く哲二は、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「あ、いえ。本当にお構いなく」
 慌てて居住まいを正す悠子。
「さて、どこから話せばいいかな? 外の噂でも聞いてこの都に来たのだろ?」
「えーっと、私が聞いた話では、この都を支配する権力者は全て仮面を被っているという噂と、
豊かな生活がある都という噂です。でも、失礼ですが現実はやはり違うみたいですね……」
 悠子は周りの所々すきま風のある壁を見回した。
 すると哲二は腕を組み眉間にしわを寄せたままニヤッと口を開いた。
「前半は正解かな。最初の権力者が仮面を被るってのは正解。その通りだよ。
後半の豊かな生活をしていたのは、その権力者達だけだったんだ」
 この程度の噂と事実の差が良くある事だと知っている悠子は、驚くことも無かった。
「だったというと?」
「そう、権力者はもういない……皆死んだ」

595 名前: 将軍(愛知県) 投稿日:2007/04/01(日) 11:33:35.42 ID:V21mSL9p0
「穏やかではありませんね……」
「この有様を見れば穏やかな事があったようにはみえないだろう?」
 自嘲を含ませた物言いの哲二に、悠子は本題を尋ねた。
「まずこの都の本当の意味を教えよう。この都の名前を知っているかな?」
「確か美都という都名ですよね?」
「そう、美しい都だ……その名の通り、自然に囲まれた美しい土地には違いないが、本当の意味はもっと別の所にある。
それはこの都の創始者に由来するんだ。その創設者の名は樹美子。絶世の美女であったとこの地には伝わっている。
当然それはもう何百年も昔の話だ。それ以来、樹美子の血筋は、この都の支配者として君臨した」
 そこまで話して哲二はお茶を一口呑むと、聞き入る悠子を確認し、話を続けた。
「時が経ち、二代目三代目と支配者は移り変わっていった。樹美子の血筋の一番美しい女性が支配者として、
選抜されていったんだ。しかし、そんな権力者達は、ある日突然仮面を着け始めた。これは余談だが、彼らが被っていた
のは狐の面。それは、初代支配者の樹美子がその美しさのあまり、狐の化身という疑惑が囁かれた時、彼女自身その噂を
面白がって被ったのが起源と言われている」
「なるほど……美しい女性が支配する都。それがこの『美都』の名の起源ですか」
「そう、権力者はいつも美しくあるとされていた。が、世代が変わる度に、都合良く美しい女性が産まれるはずもなく、
権力者達は仮面を被ることを余儀なくされたんだ。建前は、美しく気高い支配者の素顔はむやみに晒すものではない
と公言してね。そしてその周りの権力者達も……まあこの時は、民を重んじた政治を中心とする、平和な都だった
からね、反発した人間は一人もいなかったそうだ」
「すると、政治が変わっていったと……?」
「うんまあそういうこと。五、六年年前に起こったのさ……政治の抑圧に耐えかねた民の暴動、よくある話だね。
仮面に頼って美しさを保つことを怠り、我欲を貪り始めた支配者達。その仮面を、暴動、いや、戦争を起こした民衆が
引っぱがしたのさ……。その権力者達の素顔、それはそれは十人並みだったよ。俺もその時の事はよく覚えてる。
両親もその時の戦争で亡くしたから……」
 哲二は苦笑いを一つしてお茶を一気に飲み干した。
「あの、その……」
「ああゴメンゴメン、余計な話だったね……湿っぽいのはあまり好きじゃないんだけど。まあそれはそれとして、
その後はこの通り、支配者と同じく我欲に突っ走り、頭無くした民衆のなれはてがこの現状さ」
 そういって両手を広げてみせた哲二に、悠子は溜息をついた。
 これで先程の、物陰に隠れて悠子を観察するような民衆にも納得がいくというものだ。
「なるほど……ありがとうございます。おかげで納得がいきました」

596 名前: 将軍(愛知県) 投稿日:2007/04/01(日) 11:34:20.66 ID:V21mSL9p0
「そうかい? どういたしまして。では、ここでお茶代と情報料の請求をしておこうかな?」
 ペコッと頭を下げる悠子に、哲二はニッコリ微笑んだ。同時に彼が悠子に向けたのは、
黒い鉄の塊。最新型の拳銃であった。
「どういうことですか?」
 悠子は先程話を聞いていた時と変わらないまま、哲二の右手に鈍く光る銃口を見つめた。
「ん? 簡単なお願いがあるのさ。君に私の恋人になって貰いたい」
「恋人?」
「そう、君のその美しさに一目惚れをしてね」
 当然、それだけの理由で拳銃を向ける筈もない。その証拠に、哲二の目は先程の面影もない程座っていた。
「何か違う、本当の目的があるのではないですか?」
「嘘じゃ無い、君のその美しさが俺には必要なんだ。君には樹美子の役割を果たして貰いたい……この荒れ果てた
都の支配者として俺と共に君臨するんだ。悪い話ではないと思うんだけど?」
「本当に悪い話ならこうやってそんな物騒なものを突きつける必要は無いんじゃないかしら?」
「逃げられたら、折角のチャンスを逃すことになるからね……まあ選択支は最初から君には無い。それとも勝負するかい?
机を挟んだ状態で、君の攻撃が俺に届くとは思えないけど――っつぅうああああ!」
 いつの間にか哲二の右肩には、護身刀が突き刺さっていた。
 痛みのあまり、哲二の手から、拳銃がこぼれ落ちる。
 その拳銃が机に落ちるのを待たずに、悠子のスリットから伸びた細い足が拳銃を蹴り飛ばしていた。
 次いで体勢を整える悠子は、拳銃を慌てて追おうとする哲二の肩に刺さった護身刀を掴み取り、相手を制した。
「くっ! なんなんだお前は……」
「三つよ? あなたのミスは。まず、あなたはそれで人を撃ったことがない。次に、私を殺すつもりもない。最後に、
あなたの化けの皮なんて最初から解っていたの」 
 護身刀は哲二の首筋に当てられている。
「拳銃出したのにご託が多すぎるのよ? それに銃口が私の急所を狙っていなかったでしょ?
 話の流れ上殺しちゃったら困るものね」
「くそ! その拳銃を手に入れるのにどれだけ苦労したと思ってるんだ! こいつとお前さえいれば、
また素晴らしい都に戻せるんだ!」
 まるで駄々をこねる子供のように、哲二は声を荒げる。
 そして悠子は、哲二を解放した。
「……何故離す? 余裕のつもりか?」

597 名前: 将軍(愛知県) 投稿日:2007/04/01(日) 11:34:51.34 ID:V21mSL9p0
「離しても、もうあなたはそう自由に動けないでしょう? 塗っておいたのよ、刃に痺れ毒をね」
 その言葉に呼応するかのように、哲二は地面に倒れた。
 悠子は、壁に当たって転がっていた拳銃を拾って、安全ストッパーをかける。
「これはない方がこの都の為の様な気がする自己判断で貰っておくね? 何故かって? 難しい根拠はないけど、
都は個人でつくるものじゃない気がするの……色々な土地回って見てきたから、それだけは胸を張って言えるよ」
「く、そ……」
「ああそれと、最後のミスはあなたのせいじゃないよ。女は姿も心も化粧をするのが得意だからね。つくられたモノか
どうかはなんとなく解るものなのよ?」
 そう言って、悠子は懐から布を取り出した。
「何、を……する?」
「止血よ止血。痺れは一時間もすれば抜けるけど、このままだと出血で死んじゃうからやっておくね」
「……あんたも……化粧は得意なのか?」
「さあ? 私は化粧した自分も素の自分だと思ってるから」
「そうか」


 悠子は美都から少し離れた場所で野営をしていた。
 彼女が美都を出たのは、日が暮れてからの事を考えると、妥当な場所だ。
 手際の良い寝床の設営に、手頃ながらも美味しい料理。
「私は、どこか一つに留まることは出来ない性分なのかもね」
 独り言を聞いているのは愛馬だけ。
 トラブルに巻き込まれることを含めて、町を旅する日々は楽しいと思う。一つの場所に長く留まって、
愛着がでてしまえば、それこそ哲二のように周りが見えなくなってしまうかもしれない。実際そんな事にはならない
かもしれないけれど、自分が満足するまでこの旅を続けようと悠子は決めていた。
 その日、次に行く街への地図に覆い被さるように、悠子は眠りについた。

 終わり



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