【 敗れざる敗者 】
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523 名前: 二十四の瞳(富山県) 投稿日:2007/03/31(土) 23:49:41.05 ID:vm/kK2Lz0
 俺がオーディションを受けに行ったのは半年前のことだった。あの日の俺は、緊張で夜もまともに眠れずフラフラの状態だった。会場へ向かうのもやっとだった。しかし、俺はあっさりと主役に選ばれた。特撮 SF番組『暗黒仮面』の主役に。
 俺は自分が主役だということに舞い上がってしまい、周りを見てはいなかった。冷静に考えてみると、あの場所には監督と俺、二人しか人がいなかった。そして家に帰って、所属事務所からのオーディション応募用紙を読んでみると、
同じ日にあの番組もオーディションを行っていた、そう、あの『仮面ライダー電王』である。
 人気企業である東映に比べて、新鋭企業である西映の初の特撮作品。人気など全くないこの企業の作品が勝てるはずもない。誰もがそう思っていたのである。しかし俺は、監督とがっちりと握手を交わし、既に契約書に判も押してしまった。
もう逃げられない。俺は暗黒仮面としてこれから子供たちに夢を与えるのだ。
期待に胸踊り、再び眠れぬ日々が続いた。

 そして今日を迎えた。暗黒仮面最終話撮影当日である。結局この番組は半年足らずで打ち切られることになった。仮面ライダーに勝てるはずもないのだ、こんなちっぽけな存在である
俺が、暗黒仮面が。俺は不甲斐なさに涙を流した。監督も、自分の力のなさを嘆いていた。監督がメガホンを持つ手が震えているのが目に入り、俺は一層悲しくなった。小さなものは大きなものに飲まれて消えていくのか。ため息を一つつき、
俺は自分の演じる人物、謎の紳士へと頭を切り替えた。漆黒の燕尾服を着込み、黒い手袋を手にはめる。燕尾服には白手袋が常識らしいが、世界の闇を象徴する謎の紳士は全身に黒を纏うのだ。そして最後にシルクハットを被る。この衣装を
着ていられるのもあと少しかと思うと、手袋の中の手が汗でじっとりと湿り始めた。今回の舞台となる荒れ山も、哀しげな風を吹かせている。

遠くで監督の指示が聞こえる、ような気がする。しかし俺にはそれがただの騒音にしか認識できなかった。ただ一言、「アクション」という音だけは聞き取れたので、俺は紳士としてのシーンを演じ始める。
「貴様が暗黒仮面だな! 闇は今日、滅びるのだ」
「なんだと、光首領。お前に世界を支配させはしない」
「闇は闇だ。俺たち光には勝つことはできないのだ」
 俺ははっとした。この作品は、力のない者、西映と暗黒仮面の敗北宣言なのではないかと。強大な東映には絶対に勝てないことを示しているのではない
かと。俺は寂しかったが、ここで演技を止める訳にもいかない。俺は陰鬱な心を鼓舞し、あの台詞を叫ぶ。子供たちには真似されることのなかった、あの台詞を。
「世界の闇よ、我が身に宿れ。恐怖と悪よ、我を助けよ。変身!」
 監督が大きな声を張り、カットを告げる。俺はほっと一息つき、思案した。こんなに怖い主人公が子供に人気のあるはずがない。子供を怖がらせるだけだ。
明るく楽しい仮面ライダー電王とは真逆である。何故こんなに暗い作品を作ったのか、俺は不思議でならなかった。
 俺の出番はもう殆どない。変身した後のシーンは専門の役者が演じてくれる。俺が出演するラストシーンは、大地に倒れた暗黒仮面が息絶える、というものである。暗黒仮面は死ぬのだ。この辺りも、光に勝てなかった俺たちを象徴しているかの
ようである。それとも、主人公が死んでも悲しむ子供などいないと考えた
監督のやけくそなのであろうか。真実はどうなのか分からないが、とにかくもう俺の出番は限られていることだけは確定しているのだ。
 皆がぼんやりと虚空を見詰めている。俺もそれを真似ている。突然、奇怪な高音が耳をつんざく。何が起こったのかと周りを見渡すと、少年が立っていた。
「あ! 謎の紳士だ! 凄いなぁ、初めて会えた!」
 少年は嬉々としてこちらに近づいてくる。俺は唖然として口をぽっかりと開けたままである。
「光首領もいる! 紳士、暗黒仮面に変身してやっつけちゃってよ!」

524 名前: 二十四の瞳(富山県) 投稿日:2007/03/31(土) 23:52:02.65 ID:vm/kK2Lz0
 その願いは無理である。この子の願いを叶えるのは不可能なのだ。俺は変身できないし、もし変身できたとしても暗黒仮面の敗北は決まっているのだ。監督は
「今日は無理だから、テレビでの最終回を見てね。今度放送されるから」
 と説得しているが、少年は地団太を踏んで帰ろうとしない。スタッフも皆困り果てている。初めて出会えたファン。この子をないがしろにしていいのか? せっかく
俺を応援してくれたこの子を。こんな番組をわざわざ見てくれたのに。子供の夢を守るのが、俺たち特撮を作る者の使命ではないか。俺は思案した後、大きな声で叫んだ、
「坊や、見ていな。光首領も準備しろ! 世界の闇よ、我が身に宿れ。恐怖と悪よ、我を助けよ。変身!」
 少年は目を輝かせてこちらを見ている。しかし、俺は変身が出来ない。変身後を演じる人もまだ、スーツを着ていない。俺は唇を噛み締めて下を向いた。一瞬の思案の後、
俺は衣装が乗せられたトラックへと走った。少年に少し待つように言って。俺はトラックに着くと、急いで暗黒仮面の服を探した。幾らかの服をどかすと、それは見つかった。俺は服を持って再び少年の元へと走った。
 いつもは疲れを知らない紳士が息を切らしている。そして、いつもはすぐに変身する紳士が、片手に暗黒仮面の服を持っている。その光景にびっくりして、真っ直ぐ立ったまま動かない。俺は再び叫ぶ、「変身!」と。
そして、その場で服を着替え始める。漆黒のスーツを着て、背中に黒マントを着け……そして最後に、禍々しいマスクを着ける。歪んだ鬼のようなマスクを見ていると、今までは恐れしか感じなかったそれに何か優しさのようなものを感じた。
 少年は呆然としていたが、すぐに目に輝きを取り戻した。俺も興奮して言葉を続ける、
「永遠の死者、暗黒仮面。闇の風に乗って降臨!」
 そして一回転し、マントをバッと翻す。それにしても実に陰鬱な台詞である。仮面ライダーの「俺、参上!」と比べたら全く爽やかさなどない。今まで街を歩いていても、子供たちがこの台詞を真似していることなどなかった。
しかし俺は初めて出会えた。少年も俺に合わせて台詞を叫んでいたのだ。そして軽やかに、俺なんかよりもっと軽やかに一回転した。
俺は感動に打ち震えて、暫く声も出せなかった。しかし、ここで演技を止めてはならない。俺は拳を握りながら駆け出した。光首領の胸元へ向かって。背後では少年が大声で俺を応援してくれている。
 俺は激しく拳を後方へ引っ張り、光首領に向けて思いっきりそれを放った。光首領は驚いた様子で後退しようとしたが、そのまましっかりと足を地に付けて殴られてくれた。彼の心遣いが俺には嬉しかった。
俺も光首領も、スタッフ達も少年も皆一体になっていた。皆表情が生き生きとしている。それは滅び行く者の悲壮など一切感じさせないものであった。こんなに現場が盛り上がっているのは初めてなので、俺も動揺したがそのまま、
暗黒仮面に徹した。
 俺と光首領の戦いは、今までの華麗な戦闘とは違い、実に醜いものであった。しかし、誰もが白熱した戦闘シーンを固唾を呑んで見守っている。俺は今まで殺陣というものを行った事がなかったが、光首領に上手に誘導されて、
ある程度まともに戦う事が出来た。俺も光首領も既に限界に近づいているが、戦いはずっと続いている。俺と光首領はギリギリまで接
近し、生身の肉弾戦を繰り広げた。
 暗黒仮面は敗北を確定されている。この後、光首領に敗れ、息絶える事が既に台本で決められているのだ。しかし、少年の夢を壊すわけにはいかない。敗れるわけにはいかない。今日、初めて暗黒仮面のファンに出会ってそう感じた。
これはこの少年にとっての最終回なのだ。少年とこの作品との別れを、寂しく残酷なものにしてはならない。それはいまや、ス
タッフ全員の願いとなっていた。俺は光首領と目配せして、よろけながら後ろへニ、三歩下がった。そして残る力を振り絞って助走をつけ、大地を蹴った。そして宙に舞いながら右足を前に突き出して叫んだ、
「暗黒蹴り!」
 光首領の後ろには少年の応援する姿が見えた。

 暗黒仮面はつつがなく最終回を迎えた。ただ一つ違った点は、暗黒仮面の勝利で物語が完結した点だった。カメラは回っていたのだった。少年に見せた“偽”の演技が“真実”となった。暗黒仮面は光首領を倒し、そのまま戦いの疲労で死を迎えた、そういうことになった。
 弱き者は死を迎えた。しかし、強き者へ一矢報いることは出来た。それだけで満足だ。俺はそう思った。





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