【 双子 】
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578 名前: トリマー(兵庫県) 投稿日:2007/03/25(日) 23:39:07.61 ID:0vKNS6eP0
 春になる前、学園から二通の書状が送られてくる。
 一つは私宛。もう一通は、同じ歳の姉の物だったようだ。中身を開封せず、その二つを姉
の部屋へ持って行く。部屋の扉をノックすると、「どうぞ」と扉越しでくぐもった声が響い
てくる。
 ノブを回し扉を押すと姉の部屋が視界に飛び込んでくる。ガラステーブルが部屋の中央に
陣取り、その向こうには開け放たれた窓に白いカーテンが揺らめく。
 姉が見付からず、目だけで全面張られた白い壁紙を追う。白い部屋の中、やはり白いベッ
ドの上で、慣れない眼鏡をかけて文字を追っている様子だった。
「お姉ちゃん、学園から手紙来てるよ」
「そこに置いといて」
 本から目を離さないまま、テーブルを指差す。
「アタシのもあるんだよ。一緒に見てみよーよ」
 やれやれ、と言わんばかりの様子で栞も挟まず本を閉じる。英語で書かれたタイトルを、
私が読み取ることは出来ない。
 歩いてテーブルの横に座る。何も言わず、アタシもその側に座った。
 これがアタシたち双子のスタンスだった。
 一卵性の双子姉妹のはずだが、性格は全く違う。正反対と言って良い。
 アタシが何かを思いついて実行する。
 姉は露骨に嫌そうな態度を取るが、しぶしぶと言った様子で毎度付き合うのだ。
 それが小さな頃から続いてるものだから、何をするのも一緒だった。
 同じ行動で動き、同じ学園に通い、同じ速度で歩き。
 だから、これからも同じだろう。

579 名前: トリマー(兵庫県) 投稿日:2007/03/25(日) 23:40:00.14 ID:0vKNS6eP0
「なんだ、卒業通知だ」
 自分の名前の書かれた便箋を開くと、無骨な文字がプリントされた紙が一枚入っているだ
けだった。心にもない謝辞で始まっている文章に早速興味を失い、姉を見る。
 しかし、便箋を開いた姉の様子がおかしい。大体こういう時は「そうね。廃校のお知らせ
だったら面白かったのに」とか、くすくすと笑いながら冗談を言ってくるのだが、プリント
を眺めたままじっと押し黙ったままだ。
「お姉ちゃん?」
「……私のそれとあなたのそれは、違う物よ」
 何がと問おうとし、一つ思い当たる。自分が卒業で、それと違う姉は……、
「……なんで? なんで、お姉ちゃんが、その――」
「素行不良、らしいわ。さあて、何が原因かしら」
 皮肉っぽく笑う。隠し事があるとき、この笑い方をすることをアタシは知っていた。
「とぼけないで。お姉ちゃんきっと原因が分かってる。
 どうしてお姉ちゃんが、留年なの?」

580 名前: トリマー(兵庫県) 投稿日:2007/03/25(日) 23:42:05.82 ID:0vKNS6eP0
「勉強が足りなかったから、とかじゃない?」
 髪を指先でつまみながら、姉は口を開いた。
「そんなわけないでしょ! いつも、上から指で数えれる範囲にいるのに!」
「いつもじゃないわよ。上から十番なんて、勉強したときじゃないと入れないわ」
 それは皮肉ではなく、事実として無勉で上位に食い込むほどの能力を持っていた。最も、
その無勉というのは、全体の真ん中程度な頭しか持ち合わせていない私に勉強を教える時間
につぎ込まれているせいなのだが。
「……とにかく、アタシより頭の良いお姉ちゃんがそんな理由で留年するわけない。お姉ち
ゃんが教えてくれないなら、直接学園に問い合わせるよ?」
「どうぞ、ご自由に」
 やけに挑発的な姉を尻目に、部屋を飛び出す。
 悔しかったからではない。一緒にいることを許さない学園が、ただ憎かった。
 電話台まで行き、アドレス帳を開いて所属する学園の名を探す。
 学園の名前と十の数字の列を見つけ、すぐさまその数字のダイヤルをプッシュする
 コール音が二度耳元で鳴ってから、受話器越しに向こうでそれを取る音が聞こえた。
 返事も待たず、アタシは平静を装った声で話しかける。
「――と申します。私の留年の件で、三年の主任教師へお取次ぎ願いたいのですが」
『へ? あ、はい……少々お待ちください……』
 冴えない声が受話器越しに響いてくる。姉のフリをしたのは、何と言ってもめんどくさく
ない。見た目と声帯が似通っているのは、やはり双子の特権だ。
 しばらくして、違う凛とした声が伝わる。
『はい、変わりました横川です。ええとあなたの留年の件についてですが、』
 一度言葉を区切る。何か躊躇っているような、推し量っているようなうねり声が聞こえる。
『あなたは、妹さんの方ではないですか?』
 図星。胸の鼓動が大きくなり、耳にまで伝わってくる。「そんなことは」と答えようとし
ても、言葉が出ない。間を感じて、受話器の先の教師は確信してしまったようだった。
『やっぱりねえ……いや、心配なのは分かる。けど、嘘は言っちゃいけない』
「……はい。すいません」
『まあ良いよ。肉親の留年となったら、心配にもなるだろうしね。
 その様子だと、お姉さんも話さなかったんだろ。私から話そう』

581 名前: トリマー(兵庫県) 投稿日:2007/03/25(日) 23:43:11.34 ID:0vKNS6eP0
『留年はお姉さんからの希望だ』
「……え?」
 意味が分からない。なぜ、留年する必要性がある?
『普通、希望されても留年は出来ないんだけどな。妹さん――君と彼女が同じ学年で、同じ
容姿である限りは、比較対象になる。自分には汚点が必要だとか言ってね。
 まぁ、はっきり言って意味が分からない。だけど、意見を通さないと傷害事件起こしてく
るって真顔で言うもんだから……ごめんな』
 もう、開いた口が塞がらなかった。そのとき、廊下からトントンと歩いてくる低い音が響
きよってくる。その相手を、アタシは確信していた。
 私の同じ顔の、私と同じ声で――話しかけてくる。
「さっき言い忘れたんだけど……卒業、おめでとう」
「……お姉ちゃん。こんなことして、喜ぶと思ってるの!?」
「ああ。ついさっきまでね」
 そう言って、アタシの受話器をひったくる。そして一言呟いた。
「先生。やっぱりあの話なかったことにして下さい。妹の話は嘘です。さっきまで話してた
のも私です。
 ……あー、あと、カリフォルニア大学に受かったので、一応ご報告を」
 それでは、と返事も聞かず受話器を置く。アタシは本当に――本当に、開いた口が塞がら
なかった。
「……いつの間に、そんな所を受験してたのよ」
「ちょっと授業をふけて。一泊で帰ってくるのは、中々骨だったぞ」
 事も無げに口を開く。大体、姉はこんな風なのだ。誰にも出来ない奇抜なことを軽々やっ
てのける。どこがアタシと同じなのか、分からなかった。
「渡米すれば、私とお前が比較になることはないだろう?
 ほら言うじゃない。遠く離れていても、お互いの距離を感じていれば遠くないって」
「……お姉ちゃん!」
 いつまでも、姉はアタシから卒業することは出来ないようだ。
おしまい。



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