573 名前: 偏屈男(神奈川県) 投稿日:2007/03/25(日) 23:37:04.81 ID:7+5jUoBT0
長かった式も終わり、校舎の玄関口からはぞくぞくと卒業生たちが流れ出る。
校庭は既に元生徒と現生徒で溢れ返っていた。
広い敷地のあちこちから泣き声と笑い声が同時に聞こえてくる。
先ほどまで一緒だった友人は、第二ボタンを狙う後輩の群れに飲み込まれていった。
あの光景を思い出して少し笑う。アイツも少し懲りたらいい。
絵に描いたようなバスケ部エースのプレイボーイは、今頃身包み剥がされて涙目になっている事だろう。
そんな事を考えながら、俺はぶらぶらと校内を歩き回る。
周囲には色んな奴がいて、思い思いの行動をして最後の放課後を過ごしていた。
泣きながら教師と握手をしている奴。友人たちと写真を撮っている奴。卒業証書入れでチャンバラをしている奴。
正直最後のはどうかと思ったが、無駄にしんみりとした空気を撒き散らしている奴よりは遥かにマシだろう。
泣くのは苦手だ。
我慢出来てしまう程度の涙なら、別に流さなくてもいいだろうと思う。
生涯の別れという訳でもない。笑って別れる方が何倍も幸せだ。
校舎を一周してしまったので、その辺の目立つ段差に腰掛けている事にする。
我ながら女々しい行動だが、ここで帰ってしまってはフラグが折れる。
ここは気長に待つとして、目の前で繰り広げれれている様々な青春模様に目を向けていよう。
ボロボロのワイシャツ姿で駆け回る友人の姿が目に入ったが、向こうが気付かなかったので無視をした。
「やっと見つけた!」
聞き覚えのある声。駆けて来る足音。
振り返ると、そこには俺が待っていた相手がいた。
「第二ボタン、くれるって言ってたでしょう? 先輩」
満面の笑みで伸ばされる細い手を見て、俺は何となしに思い返す。
結局、一緒に卒業する事の出来なかった彼女の事を。
574 名前: 偏屈男(神奈川県) 投稿日:2007/03/25(日) 23:37:31.32 ID:7+5jUoBT0
まぁ、お話としては、その辺に転がっているような、ありがちなお話なんだろう。
俺には昔から病弱な幼馴染がいた。
一々腹の立つ奴だった。
非力で辞書すら簡単に持てない癖に口だけは達者で、口喧嘩になると俺が鬱になるまで痛めつける。
かといって俺が力に訴えようとしても、その身体のあまりの細さに迂闊に手が出ない。
昔から俺は彼女に勝てなくて、彼女はそんな俺を見ながらくすくすと笑うのだ。
中学の頃には完全にそんな上下関係が出来ていて、俺はそれこそ奴隷のように毎日彼女にこき使われていた。
それでも、俺は彼女と縁を切ろうとは思わなかった。
要するに、惚れた弱みという奴で。
この関係が、ずっと続くと思っていた。
だが、一緒の高校に入って一年が経った頃、彼女は体調を崩して入院した。
最初は、俺は大して心配してはいなかった。
彼女の入院は初めてではなかったし、今度も直ぐに退院できるものだと思っていた。
だが、一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎ、それでも彼女は帰ってこなかった。
そうなってから初めて、俺は、彼女の母親から聞かされる。
それが、臓器移植が必要な類の重い病で。
このままドナーが見つからなければ、あと二年も持たないと。
俺はその次の日にドナーに登録したが、勿論そんなうまい話がある訳がない。
病室で横になっている彼女は、日に日にやつれていくように見えた。
「一緒に卒業できたら、いいよね」
何時か、真っ白な病室で彼女はそんな事を言っていた。
「ずっと一緒だったから。これからも一緒にいられたら」
それが、遠まわしな告白だった事に気が付いたのは、それから随分と後だった。
「約束をしようよ」
彼女はその細い手を伸ばして、指先で俺の胸元に触れる。
「もし、一緒に卒業出来なかったら――」
そのときは。
575 名前: 偏屈男(神奈川県) 投稿日:2007/03/25(日) 23:37:55.69 ID:7+5jUoBT0
「おーい、せ、ん、ぱ、い。約束約束」
目の前でぶんぶんと手が振られる。意識が飛んでいたらしい。
「あ、ああ、悪い」
俺は慌ててボタンを外し、彼女に金色に光るそれを手渡す。
「……あのな、お前。その先輩っての止めろよな」
俺がそう言うと、同い年の後輩は、くすくすと何時もの表情で笑うのだった。
おしまい。