【 無題 】
ID:p0GlXzub0




584 名前: 工学部(大阪府) 投稿日:2007/03/25(日) 23:45:42.58 ID:p0GlXzub0
「わたしが魔王だったんだからね! おにーちゃん」
 衝撃のファー×トブリッド。いやいやまさかまさか。
 
 長い長い魔窟を乗り越え、嘆きの谷を渡り、魔王城に乗り込んでみれば。
 その最奥、広大な空間にポツリと玉座が置かれた王の間でエラそうにふんぞりかえっていたのは、俺の妹だった。
「そうか! あの村のジジイんトコの噂が伏線になってたのか!」
 手で顔を覆う。覆って悔やむが、時、既に遅いのである。妹は魔王で、俺は英雄。永遠に別たれた空と海よりも遥かに遠いのである。
 俺は彼女を。俺は――彼女を?

「どーしたの、おにーちゃん? 顔色悪いよ?」
 にやりと邪悪な――と、云うよりは小悪魔的な笑みに口端を歪めた彼女は、
「ねぇ。おにーちゃんはわたしを殺しに来たんでしょ?」
 と、囁きかけてきた。

 殺す。その言葉が持つ響きはなかなかにしてヘヴィーだ。
 俺は自身が定義した禁忌を乗り越えるだけの意志を伴った、歴史上の傑物に肩を並べられるほど立派な英雄ではない。元の世界へ帰れば、ただの民間人だ……にしてもコイツ。
 「斃す」という間接的な表現を用いずに、あえて「殺す」っつー直接的な表現をぶつけてきやがった。
 底意地の悪さが知れるというものである。
 それとも――俺が事実から目を背けているだけなのか?

「答えは? イエス? ノー? それとも――また迷って迷って何一つ決められなくて
悪い方向にどんどん転がっていく事態を尻目に逃げる? わたしはそれでも良いよ。
 なんてったって、おにーちゃんのことが大大大ッキライだから――
 おにーちゃんが守ろうとするこの世界のことも、大ッキライ!!!」
「……やれやれ」

 どーして俺がここまで妹に嫌われなくちゃあならない、と。そう嘆くよりも前に考えることがあるだろう。 
 ここまで妹に嫌われている立ち位置;兄としての責任について、だ。たとえ妹に殺される兄が居たとしても、兄は妹を殺さない。

585 名前: 工学部(大阪府) 投稿日:2007/03/25(日) 23:46:24.43 ID:p0GlXzub0
「まったくもってやれやれだ……魔王を斃して、妹を救う。両方やらなくちゃあならないのが、兄として辛いところだな。だが――」
 英雄と魔王。その両者の間に、断崖絶壁が果てしなく伸びているのなら、この俺が架け橋になろう。
 妹が魔王――闇の深きに捕らわれているなんてこと、あっちゃあいけない。



『は〜い。カットカット!』

 そんな間伸びた声が、昼下がりの教室に響いたのは、丁度演技が興に乗り始めた頃だった。
 さて、あまりにもこの場面展開が唐突すぎるので説明させて貰うとだな。
 今まで俺と妹が繰り広げてきたロールプレイングゲーム最終幕もマッツァオなクライマックスは、声の主――俺の親友が考案した卒業祭用演劇のワンシーンだ。
 なので現実問題、妹は闇なんぞに染まっちゃいないし、俺のことを嫌悪してるわけでもない。
「はぁ〜。やっとこれで、クソ兄貴から解放されると思うとせいせいするぜ」
「…………」
 訂正しよう。
 妹には、もしかしたら、ひょっとすると、場合によっちゃ、まぁ相応の角度から小一時間じっと観察してみると、嫌われている部分が浮き彫りになってくるかもしれないこともあるかもしれない。 

 乱暴にぶち開けられた扉の向こうへ消えていく彼女の背中をぼんやり見つめながら俺は呟く。
「……なぁ親友」
「なーに?」
 俺と妹の演技を観ながら台本にチェックを入れていた、間伸びた声の親友は、作業に集中しているのか顔を上げず声だけを返してきた。
「日本語は難しいな……」
「そうだね。難しいね」
 台本に赤のラインマーカーが走る、キュッキュッと云う小気味の良い音が、二人取り残された教室の静けさに木霊する。
「だからきっと妹の、あの発言にも色んな謎が隠されていると思うんだ」
「あの発言とは?」
 親友は台本にかかりっきりで上の空である。が、それでいい。
 俺は俺を慰めるために、妹の発言を好きなように解釈して、彼女が俺にメロメロであるという既成事実を親友の表層意識に植え付けようとしていたからだ。

586 名前: 工学部(大阪府) 投稿日:2007/03/25(日) 23:46:54.98 ID:p0GlXzub0
「――と云うのはすべて夢だ。
 誰が誰に税金を払っているのか、本当にパパはサンタクロースだったのか。
 世の中には謎が多すぎる。謎が謎を呼び――そうして、解かれないまま過去へと追いやられた謎は夢を呼ぶ」
 夢だ。そうだ。過去の続きだ。
 まだ何もかも始まっちゃいない。そして、俺もまたしぶとく終焉の鎌首から逃れ続けていた。
 
 妹が魔王として得た力――それは夜を統べる深遠なる闇の力。
 ワラキアの地にその身を埋めた『串刺し公』なる二つ名を持つブラド=ツェペッシュ――希代の英雄の力。
 期せずして奇しくもここに、旧世代の英雄と、新世代の英雄対決が繰り広げられることになったのだが。
 俺の旗色の悪さは尋常じゃなかった。

「死ね! 死ね! 死ね!」
 転がりながら逃げ回る俺の背後に突き刺さる杭。杭。絶叫。
 石造りの壁面を深々と抉りながら貫通する十字の杭を放つその能力は――妹が、能力を顕現させる際に呼んでいた名によれば『串刺しの狙撃(パイルバンカー)』と云うらしい。
「……ボ×ムズ、好きだったもんな。アイツ」
 現役腐女子だし。
「というか、一つ聞くが妹よ。俺は常々バニラ×ゴートのカップリングは人と云う以前に腐女子としてどうかと思うんだが、どうよ?」
「知るか! とりあえず死ね!」 
 彼女は俺の問いかけを一顧だにせず却下し、ツインテールを揺らしながら嬉々として俺を狙い撃つ。
 
 俺と云えば圧倒的な火力差を埋められず、逃走の一手により紙一重で凌ぎつつ、一方的なトークを続けるばかり。
 情けないが致し方在るまい。

「俺はだな。人として、ある一定のラインを乗り越えてしまいさえすれば、ありとあらゆる物事に直面したところで、自由な思考の翼を広げることができると考えている」
 息を切らしながら俺はひたすら疾走する。おいすがる死に神の鎌――もとい杭に、この首を落とされないように。
 俺のターンはまだ終了していない。会話はキャッチボールだが、説得はノックだ。
「だから俺は思う。バニラ×ゴートのカップリングは男性諸氏にも想像がつくほどありきたりであり、わざわざ腐女子の想像力を駆使してまで押し広げるほどの妄想ではないと!」
「それがなんだってのよ!」
「つまりだな。俺が云いたいのは――人にモノを尋ねるときには、まず自分の考えを吐き出しなさいと。そういうことだ」

589 名前: 工学部(大阪府) 投稿日:2007/03/25(日) 23:47:38.92 ID:p0GlXzub0
「フン――説教? くっだらない!」
 くだらない、ね。俺は立ち止まる。すると妹はふいを突かれたように、狙撃をやめた。
「どうしたのよ! なんで立ち止まるのよ! さっさと逃げなさいよ! 逃げないと当たるわよ!」
「……妹よ」
 俺は彼女に真っ向から立ち向かい、それから腰にさしていた剣を床に置き、鎧を脱いだ。
 そして握りしめた拳を心臓にあて、宣言する。 
「なら――撃ってみろ」
「はぁ?!」
「撃て、と云っている」
「ば、ば、バッカじゃないの?!」
「俺は本気だ。撃て」
 一歩詰め寄る。気圧されたように一歩後退る妹。
「さぁ撃て。撃ってみろ」
 俺は堂々と無防備なまま一直線上、妹へ続く道を闊歩する。 

「お前は俺に『自分を殺しに来たんだろう?』と問いかけた。……いまその答えを返そう」
 妹の視線を捉えながら、言い放つ。
「俺はお前を殺せない。何があっても」
「嘘だ!」
「嘘じゃあない。俺は、お前に殺されたところで恨みはしない」
「そ、そんな……」
 膝から崩れ落ちる妹。俺は慌てて駆け寄り、彼女の身体を支えた。
 妹の身体に手を回すと、妹は感極まったのか、涙を流しながら俺の身体にしがみついてきた。
「ふぇーん。ごめんなさいおにいちゃーん」
 分の悪い賭けはキライじゃないが――誠心誠意の説得が、彼女に伝わって本当に良かった――と、安堵に胸を撫で下ろしたのも束の間、俺の胸元で、妹は邪悪な笑みを浮かべていた。
「なんて云うと思ったかこのクソダボがぁ!」
 怒号。次の瞬間、俺の薄っぺらい胸板は、彼女の放った杭によって深々と貫かれていた。
「テメーは死んでもセーブポイントからコンティニューできんだろーが、こちとらそーはいかねーんだよ!
 舐めんなこの野郎! 伊達に魔王役つとめてるわけじゃねーよ!」


590 名前: 工学部(大阪府) 投稿日:2007/03/25(日) 23:48:39.00 ID:p0GlXzub0
「ちょっと待て親友。なんだこのシナリオは。俺が以前話した、妹が兄にメロメロ大作戦な流れはどこに消えた?」
「え? ちゃんと生かしたつもりだけど」
「いやいやまてまて。仮に途中までの流れは許すとしても、俺一人が死んでエンディングってのは相当後味が悪いと思うんだが」
「そんなことないよ。ちゃんと最期まで読んだ?」
「扱いのひどさに衝撃を受けて、その後のページにはまだ目を通してない」
「ふーん……最期はね。
『こうして英雄は息絶え、魔王が戦う理由は無くなりました。無くなったので、英雄が守ろうとしていた世界と講和条約を結び、その後互いの発展に貢献し合いながら、末永く幸せに暮らしましたとさ。国王ばんざーい。魔王ばんざーい』ってカンジのハッピーエンドで締めてるよ」
「それは本当にハッピーエンドなのか?」
「うん。だって、勧善懲悪じゃなくて少女の成長がテーマだから。
 杭は処女喪失を題材に、少女から女性への変化――肉体的な大人への卒業を示してるし、妹に殺された兄は、妹に殺されることによってシスコンからの解脱――精神的な卒業を意味する素材として取り扱われてるよ」
「…………。ところで、劇の終盤はどーしてこんなに駆け足進行なんだ?」
「それはね」
 親友は少し困った表情を浮かべながら、照れたように笑った。
「〆切に間に合いそうになかったから大幅に端折っちゃったんだ」
 
 三月――気の早い桜がツボミを綻ばせ始める、春一番に染め上げられた早春。
 押し迫った卒業祭。俺達の主催する演劇はなかなかどうしてグダグダな結末を迎えることになるだろうと、その暗澹とした未来が刻一刻と、我が身に押し迫ってきている実感だけはひしひしと胸に押し寄せていた。

-完-



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