【 卒業式の後に 】
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554 名前: 忍者(愛知県) 投稿日:2007/03/25(日) 23:24:32.43 ID:wTKzWtW80
「今こそ、人間を卒業する時がきたのです!」
 頭が痛い。別に風邪を引いているとか、生理だとか、脳溢血だとか、そういうわけじゃない。壇上にあがっている幼馴染の毒電波が、私の大脳新皮質の奥深いところを刺激しているのだ。
「この私、神崎エリは神の御使いとして、ここに集いし哀れな土人形たちの御霊を、天界へと連れゆく命を受けているのです!」
 先に説明しておくが、今は卒業式の真っ最中だ。壇上で怒鳴っている神崎エリは、教祖ではなく卒業生代表。この後には校歌斉唱が入り、在校生の拍手に包まれながら私たちは退場していくという手筈になっている。
「猥雑な世界から脱出するチャンスなのです! 今この瞬間、皆さんは私に選択肢を与えられています! 哀れな土人形として地を這うか、私という使途と共に天上の園へと旅立つか!」
 饒舌な神崎の口上に、誰もが放心状態だった。時々聞こえていた小さな雑談すらも掻き消え、神崎の声だけがだだっ広い体育館に響いている。
 私の前でしゃくりあげていた女子生徒も、もはや泣くことを忘れてぽかんとしている。私もぽかんとしている。なんだろう、とってもシュールなこの状況。
「さあ選択を! 私と共に、創造神マケマケ様の御許へと発ちたいという方は、卒業式後に私のもとへきなさい! 以上!」
 神崎は演説を切り上げると、意気揚々と満足そうな顔をして一礼した。ずんずんと肩を怒らせて歩き、私の隣の席に腰をおろすとふっと笑みを向けてきた。なんだその嬉しそうな顔は。
 ある晴れた日のこと。感動に包まれ、人生の節目となるであろうハズだった卒業式は、どういう事か新興宗教勧誘会へと相成ったのであった。壇上で神崎の後ろに立っていた校長も、固まっている。
『……では、校歌斉唱。生徒は起立して下さい』
 って、スルーでいいんですか。

「それじゃあ、美香。またメールするね」
「大学で会おうねー!」
 ええ、と微笑みを浮かべつつ、手を振って友人と別れる。見知った人間との別れはやはり辛いものがある。しかし、今生の別れというわけでもない。多少の悲しみを笑顔で押し隠して、校門を抜ける友人の背中を見送る。
 結局、卒業式はあの後滞りなく終結し、微妙な空気を漂わせつつも例年通り当り障りのないものとなった。皆、あの演説のことは意識して話さないようにしているようだ。感動も薄れるだろうし。
 これでこの学校ともお別れだと思うと、やはり感慨深いものがある。淡々とした学校生活の締めに、何か大きな思い出でも欲しかったが、こうして卒業式も終ってしまった後に思っても、仕方がない。
 はあ、と小さく溜め息をつく。それにしても、神崎だ。あいつは一体、どういうつもりなのだろうか。卒業式が終ったら私のところへ来なさいって、何処へ行けばいいのやら。まあ、誰も行かないだろうから問題ないが。
 校門を一歩出て、一考。踵を返し、校舎のほうに向き直る。いや、行くな、私が。どういうつもりなんだと、問い詰めなければだ。

555 名前: 忍者(愛知県) 投稿日:2007/03/25(日) 23:25:18.96 ID:wTKzWtW80
「神崎」
「んー?」
 裏庭の巨木の根元に、神崎は膝を抱えて寄りかかっていた。木漏れ日が差し込む涼しげな場所だ。神崎よくこの場所でくつろいでいる、という経験則があったので、探す手間が省けた。
「あれは一体なんだったんだ」
 あれとは、まあ言わずもがなだ。マケマケ様だの御使いだの天上の園だの、私は生まれてこのかたこいつの口からそんなワードを聞いたことがない。前日まで今日の挨拶の練習を付き合っていた私にとって、あれは完全に寝耳に水だった。
「美香も私と一緒に行きたいんかい?」
「いつの間にお前は頭にパラボラアンテナを設置したんだ」
 治まらない頭痛に、はあと頭を抱える。神崎エリは、私の幼馴染だ。面倒なので説明は割愛するが、要約すれば元気系優等生という六文字に収めることが出来る。クールビューティーを自称する私は九文字なので、私の勝ちだ。
 って、そんなことはどうでもいい。重要なのは、神崎エリはこれまで全く宗教と関わりをもってこなかったということだ。ていうかマケマケ様ってなんだよ。そんな唯一神、世界史では習わなかったぞ。
「私の神様さ」
 ああ、末期。
「ちょ、ちょ待てよ!」
 そそくさと帰路につこうとしていた私を、神崎はあろうことかスカートを掴んで引き止めてきた。素敵な色ですねとにへら笑いをする神崎を蹴飛ばして、溜め息をつく。仕方がないので、神崎の隣に腰をおろした。
 そういえば。ふと気がついたが、この巨木の根元に座るのは今日が初めてだった。木漏れ日が煌き、涼やかな空気に包まれたこの場所は、なるほど神埼も気に入るはずの空間だ。
 二人で肩を並べたまま、しばらくの間沈黙に身を委ねる。神崎の隣に座るなんて事を今までしなかったことを、少しだけ後悔した。今日でこの場所も、見納めということになる。
「あれは……その、なんだ、ギャグだったのか?」
 おずおずと問い掛ける。是非「その通りでございます」と答えて欲しかったが、望んだ回答は得られないだろうなということは薄々感じていた。いつもいつでも本気で生きているのだものな、こいつは。
「私はいつだって大真面目さ。付き合いの長い美香ならわかるだろ?」
「わかってるから聞いてるんだ、このデムパ娘が」
「マケマケ様は本当にいるんだよ?」
 普段どおりの笑みが憎たらしい。これは実のところ壮大なボケで、私のツッコミを待っているのだろうかと勘繰ってしまう。いるわけないやーん、とかいえば満足なのか、この馬鹿は。

557 名前: 忍者(愛知県) 投稿日:2007/03/25(日) 23:26:28.95 ID:wTKzWtW80
「証拠、見せてあげようか?」
 方眉を上げ、唇を薄くして笑っている。こんな笑い方、神埼はいままでしたことがなかった。一瞬、本気で何かに取り付かれたのかと背筋に冷たいものが走った。神崎が鞄からノートパソコンを取り出す。
「ほら、ここに――」
「ピュアハート様ー!」
 ノートパソコンを覗き込もうとした、そのときだった。校舎のほうから、黒づくめの男女がとつとつと歩いてきていた。あろうことか、うちの高校の制服を着た人の姿もある。総勢、二十人程といったところだ。
「おお、同志たちよ!」
 神崎は彼等の姿を見るやがばと立ち上がり、手を振って注意を引いた。こちらへ近づいてくる怪しい連中。揃いも揃って、あまり生気を感じられない表情をしている。不気味だ。
「……ピュアハート様ってなんだ」
「私のことだよ」
 もうね、何処から突っ込めばいいんだよ。是非私はこのあたりでお暇したい。これから創られるであろう不思議空間には、とても耐えられそうに無い。ちょ、だからスカート引っ張るな。
「あなたがピュアハート様ですか?」
「高校の卒業式、裏庭、大きな木の下……なんのことです?」
「ピュアハート様だ!」
 沸き立つギャラリー、誇らしげな神崎。お前等コントしにきたのかと一人ずつ蹴飛ばしたい衝動に駆られるも、何とか抑える。でもやっぱり神崎だけは蹴っておこうと思ったので、向こうずねにローキックを決めた。
「今日はよくぞ参られました。私の言葉を聞いてここへきた人も何人かいるようで、マケマケ様もさぞお喜びになっていることでしょう」
 すねをさすりながら神崎が話す。皆神妙な面持ちで神崎に目を向けており、完全に蚊帳の外にいる私はどうみても場違いだった。心地よくない雰囲気にあてられて、気分が悪い。今日ほど神崎と幼馴染だったことを悔やんだ日もない。
「マケマケ様は私たちを救ってくださいます。彷徨える土人形に潤いを与えてくださいます。淀んだ世界が、新しく見えることでしょう!」
 はあ、と嘆息を残し、私は神崎から離れた。それでも、この馬鹿な電波幼馴染がなにをしでかすか心配だったので、目の届く巨木の下に座り込んだ。端から見ると、宗教団体そのものだ。
「マケマケ様は既にその御身を、この俗世へと降臨されております。さあ、見てください、あの神々しいお姿を! ほら、あちらに!」
 神埼が私の方を振り返り、手を掲げた。私の後ろには巨木がある。あることに気付き、私は慌てて立ち上がった。まさかとは思うが、この木で首を吊りましょう、だなんてこと言わないだろうな? 全然洒落に――
「佐藤美香。あの娘こそが、マケマケ様です!」
 ――なってない。

560 名前: 忍者(愛知県) 投稿日:2007/03/25(日) 23:27:24.89 ID:wTKzWtW80
「ちょ、ちょっと待て!」
「なんでしょう、マケマケ様」
「マケマケ様――!」
 あまりの予想GUIにきょどっている私を知ってか知らずか、神崎はにやまりと笑み、周囲の信奉者たちも跪いて頭を垂れ始めた。麻原もこんな気分だったのかな、なんてことは考えず、一足飛びに神崎に詰め寄る。
「いつから私は、そんな敗北主義者みたいな名前の神様になったんだ!」
「マケマケ様、どうなされました? もしや、媒介に使った娘が暴れているのではないだろうか……」
「お前、ふざけ――」
「娘を取り押さえろ!」
 神崎の一声で信奉者たちは一斉に立ち上がると、妙に統率の取れた動きで私を取り囲み、一気に襲い掛かってきた。ひ弱な女子学生である私は当然ろくな抵抗も出来ず、用意されていた麻縄で瞬く間に簀巻きにされ、地面に横たえられた。
「……展開が速すぎて、とてもついていけないんだが」
「さあ、マケマケ様が降臨なされたぞ! 皆、一列に並び、選考を受けたまえ!」
 いちいち統率の取れた行動をするのは、やはり事前に順番やらなにやらを決めていたからなんだろうな、と冷静に考える私の突出した順応力が憎い。完全にこちらの意向を無視する神崎を睨んでいると、電波娘はふいにこちらを振り返った。
「うまくやっておくれよ」
「は、なにを……」
 神崎は私の返事を待たず、ふらふらと何処かへ行ってしまった。あの野郎絶対蹴飛ばしてやる、と思う暇もなく、神崎の変わりにおかっぱの女が思い切り顔を寄せてきた。上から下まで黒一色だ。信仰色なのだろうか。
「マケマケ様、今日は私めを天上の園へと共に連れ行っていただけないかと思い、参りました。愚かしい私の身の話を聞いていただけますか」
「え、いや……私マケマケ様じゃ……」
「私は生まれてこの方、友達が出来たことがありません。学校ではいつも便所飯です。いじめも受けています。毎日毎日、自転車のサドルが一番下まで下げられているんです。うう、もう生きていたくない……!」
 よよよと泣き出すおかっぱ頭の女。雰囲気に流されて「そ、それは辛かったですね……」とか言ってしまった。冷静に考えてみるとかなり面白いお話をしている気がするのだが、押し寄せてきた他の信者たちに圧倒されて思考が流れてしまった。
「事業に失敗して手許に大量のリンゴが」「自宅警備員の仕事をしているのにもかかわらず親に勘当された」「いつまでたっても先っちょが余ってる」「彼女がパソコンから出てきてくれない」「なんかもうめんどい」
 信者たちはもはや順番など知ったことかという勢いで私に迫り、口々に自分の生きる世界への不平不満を漏らし、同じように「連れて行ってください」という言葉で話を締めた。もしかしてこれは――と、私の脳髄にある言葉がよぎった。
 もしかしてこれ――自殺OFF会、というやつではないのだろうか?

564 名前: 忍者(愛知県) 投稿日:2007/03/25(日) 23:30:11.54 ID:wTKzWtW80
「マケマケ様! 愚かな土人形たる我等に、天体の見地に御身を置くあなた様のお言葉を下さいませ!」
 最初に言葉を交わした信者の女が言う。天体の見地だとか、土人形だとかは知らないが、とにかくこの催しは皆で死にましょうという会であることは、もはや確定的であることだけはわかった。
 神崎に目配せをすると、奴はこくりと意味深に頷いた。やはり、と思う。どういうわけかさっぱりわからないが、神崎はこの自殺志願者を集め、急ごしらえの宗教チックな雰囲気で自殺を食い止めようと思っているのだろう。
「わ、私は!」
 私が声を張り上げると、信者たちは一斉に押し黙った。異様な雰囲気に気圧されつつも、上半身と背後の巨木を駆使してなんとか立ち上がる。意味不明な展開に困惑しつつも、きっと前を見据える。神崎の意図をふいにしてはいけない。
「い、いかなることがあろうとも! 人として与えられた寿命が尽きるまでは、絶対に勝手に死んではいけないと思って……いけないのだ! それは我々、あなた方に命を授けた神々に対する、冒涜なのだから!」
 神っぽさ意識して、思いつきに適当なことをまくし立てる。恥ずかしい。物凄く恥ずかしい。信者たちの真剣なまなざしが熱い。でも、これは人助けなのだ。そんなことを言っている場合ではない。
「死のうなどという、馬鹿な考えは捨てるのだ! 一生懸命に生きなければダメなのだ! 私、ま……マケマケは、そう望む!」
 なにやってんだ私。冷静な部分がしきりにそう突っ込んでくるが、目を逸らして無視する。この羞恥で人が救えるなら、安いものだろう。正直神崎自身がやればよかったんじゃと思いつつ、やり遂げたぞと神崎に視線を送る。
「……ぶっ、ぶくくくくくく……あっはははははは! 最高だよマケマケ様!」
 神崎は、腹を抱えて笑っていた。
「か、神崎ッ!?」
 神崎は口元を抑えていた手を腹に添えて、たがが外れたように笑い出した。どういうことだと頭を整理していると、間近にいた信者たちまでもが笑い出した。気がつけば、校舎の窓にいつのまにか人だかりが出来ている。
「ど、どういうことだ、神崎!」
「こういうことー」
 神崎が後ろを指差し、そこには校長先生がいた。その手にはプラカードが握られており、「イタズラ成功」とファンシーな文字で書かれていた。だんだんと、脳が現状を理解し始める。ドッ……キリ?
「だまされた美香がマケマケ様さ。でも、卒業記念にいい思い出が出来たっしょ?」
神崎が近づいてきて、なよっと肩に手を回して寄りかかってきた。つまり……こういうことか。私は神崎に、学校ぐるみではめられて、皆のいい笑いものになったというわけか。そもそも、あんなスピーチがまかり通るわけが……。
 ぶつん、と私の中で何かがはじけた。急速に怒りが湧いてくる。自分の間抜けさと、神崎達のアホさ加減に対しての。声を大にして、叫ぶ。
「お前等全員、やっぱり死ね――ッ!」
 木漏れ日差す巨木の下、卒業式の後。忘れえぬ思い出が、私の心にマケマケと刻み込まれたのだった。



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