【 俺には文才がない 】
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464 名前: ゲーデル(富山県) 投稿日:2007/03/25(日) 21:11:28.33 ID:JGXzjEZc0
 俺には文才がない。そして、先輩にはそれがあった。憧れだった先輩。しかしあの人はもうこの部室にはいない。先輩が卒業して、ひと月が過ぎた。

 入学から一週間。俺は厳かな筆文字で“文藝部”と書かれた札が取り付けられた部屋にいた。仮入部のために門を叩いたのだ。異様な空間。今まで文
芸には興味を持っていなかった俺は、その光景に驚いた。口をつけたお菓子やジュースを分け合ったり、後ろから抱きついたりしている。それも男女が
である。文芸部ってこういうものなのか。俺は目の前で繰り広げられる破廉恥劇場からは目を逸らし、部室の前に置かれていた部誌を読み耽っていた。
思わず失笑してしまいそうな駄文、痛々しく、涙が出てしまいそうな詩。そしてそこに混じって、幾らかの良作があった。
俺が部屋の片隅で静かに読書していると、長机に影が差した。不思議に思って前を向くと、先輩がいた。
 先輩は他の先輩からわらびもちを受け取り、爪楊枝でちくりと刺し、それを一口食べるとそのパックを俺に手渡した。そして笑いながら言った、
「これ、食べてもいいよ」
 俺は悩んだ。まだ部員でもない俺が、人様から物をもらっていいのか。あまつさえ、この女性はさっきまでそのわらびもちを食べていた。そんなもの
を口にしていいのか。俺は結局、爪楊枝が刺されたわらびもちを手で掴み、爪楊枝から外して食べることにした。俺がそんな滑稽な食事をしていると先
輩は高笑いして、
「気にしないからそのまま食べたら?」
と言った。俺はそのまま食することにした。本当によかったのか、悩んでいたがそれと同時にこの部活に入らねばならないと思った。
 俺は入部許可書にでかでかと“文藝部”という文字を書き殴った。そして、適当に鞄に入れたことでしわくちゃになってしまったそれを持って、文藝
部へと向かったのだった。

 後に知ったことだが先輩は小説を書くのが上手く、県内でも指折りの存在だったそうだ。一年生の頃から県の文芸賞を取り続けたらしい。俺は驚いた。
そしてそれと同時に、憧れの気持ちが強く胸に刻まれることになった。いつか先輩を超えてみせる、そう思いながら俺が初めて書き上げた作品は野球物と
老婆の死を描いた作品だった。


――ビシッ!俺は最後の球をあいつめがけて投げた。パァン!やった、ストライクだ。「やった!俺の勝ちだ」
「おめでとう。オレの完敗だよ」
そして俺たち二人は抱きしめあって感涙した。これが俺の最終登板だから。――

よくこんな作品で先輩に勝とうと思ったな。我ながら呆れてしまう。今この文章を書いている途中、ふと思い出して読み直すと悲しすぎて涙が出そうだっ
た。これも俺の痛々しい思い出か、とため息をつき先輩の作品を読んでみた。文章から沸き立つ力、美しい世界観……俺が勝てる可能性は皆無であろう、
今でも。

465 名前: ゲーデル(富山県) 投稿日:2007/03/25(日) 21:12:16.58 ID:JGXzjEZc0


 二学期には県文芸賞があった。しかし俺は、無気力であったため結局作品を書き上げる事が出来ず、応募すら出来なかった。まぁ、送ろうと思っていた
作品が、パソコンの中で理想の彼女をつくって育てる男の話だったので、高校生らしい作品を求める県の方針からは外れていたのだろうが。
先輩はまたも賞を取った。今年も、三年続けて。俺は軽い嫉妬心でいっぱいになった。もう嫌だ、俺には文才がない。先輩にはある。俺にとって先輩は雲
の上の存在になってしまった。それが悲しくてならない。しかし仕方がないことなのだ、文才は天賦の才なのだから。
二学期に書いた作品は、掲示板などでも晒したので自信作だった。しかし、結局それも読み返してみると稚拙な表現技法、読み始めた瞬間にオチが見える
展開などが多く、駄文と言わざるを得なかった。先輩は、短い文章を一つ載せただけだった。受験が忙しく、小説を書く時間がないのだそうだ。俺はそれ
を聞き、少しほっとした。自己嫌悪に陥らなくてすんだから。
 俺の文章はそこそこ評判が良かった。オチが見えるが、楽しめると言ってもらえた。少し嬉しかったが、結局それも自己満足に過ぎないのではないかと
いう不安に満たされた。

 とうとう三学期が訪れてしまった。先輩達は自由登校となり、なかなか学校にも来なくなっていた。たまに来ても午前中しかいないし、すぐに帰ってし
まう。日に日に先輩達と会う機会は少なくなっていった。そこには俺自身、優れた先輩に会いたくない気持ちがあった事も関係している。俺はどんどん部
から遠のいていった。

 そしてテストが終わると二日後に、卒業式が行われることになっていた。卒業式の前日には先輩の送別会が行われることになっていたので、俺は久しぶ
りに先輩と顔を合わせた。先輩の顔は、受験の疲れからか少しやつれていた、様な気がした。送別会は滞りなく進み、ジュースを買い出しに行く係だった
俺は、ヘマをすることもなかった。
 明日には先輩とも別れることになる。そう思うと悲しみが胸にこみ上げてきた。ずっと一緒にいたい、別れたくない。今まで憧れと、嫉妬を抱いていた
先輩への気持ちがようやく分かった気がした。
 部員は皆、楽しげに笑っていた。先輩もその中に含まれていた。俺はその光景が嬉しくもあり悲しくもあった。そして、汚れた小部屋で行われた送別会
は静かに終わっていった。

 先輩は翌日、この学校を巣立っていった。俺にはもう、憧れの対象や自己嫌悪のための相手などいない。俺は俺らしく文章を書くことを決めた。俺は
悟ったのだ。
 先輩のように天賦の文才を持つ者もいれば、俺のように文才がない奴もいる。だが、文才のない奴らは、そいつらなりに努力すればいいんだ。掲示板
の住民達のように。

466 名前: ゲーデル(富山県) 投稿日:2007/03/25(日) 21:13:05.81 ID:JGXzjEZc0
そしてもう一つ、俺はハッピーエンドを書くことにした。今の文藝部には陰鬱な作品、人が殺されたり死んだりする悲しい物語が、ライトノベル風味の
軽妙な語り口で書かれている。俺は人の死を軽々しく書くのは嫌いだし、先輩もハッピーエンドを多く書いていた。俺は人を幸せにする作品を書きたい
のだ。

 そして俺は今また、駄文を一つ書き上げた。しかし、この文章が先輩との決別、過去からの卒業なのだ。俺の新たな文芸の道への入学のための。
果たしてこの文章はハッピーエンドを迎えるのだろうか。それはこれからの俺次第だ。




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