【 魔法少女物語 】
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409 名前: 接客業(大阪府) 投稿日:2007/03/25(日) 18:25:16.09 ID:/CGjSLuA0

 泣かないって決めていたのに、涙がとまりませんでした。
 みーくんの手が頭を撫でてくれます。
「これだけは忘れないで。かなたは魔法少女じゃなくなったんじゃない、卒業するだけなんだって、ね」
 優しい声でした。
 いつも犬のぬいぐるみだったみーくんの本当の姿は、小学四年のわたしと同い年くらいの男の子でした。
「さようなら、かなた。……ありがとう」
 みーくんの笑顔が、真っ白な光の柱のなかに溶けていきます。
 わたしは耐え切れずに叫びました――。

 自分自身の声で、わたしは目を覚ましました。
 頬っぺたに手を当てると、涙に濡れています。
「みーくん……」
 ベッドから降りて、勉強机に向かいます。
 机の上にちょこんと座った犬のぬいぐるみに、わたしは笑いました。
「いっしょです、みーくん。卒業も、やめるのも」
 ぬいぐるみの鼻を指先でつつきます。
 カーテンを開くと白い朝の光が部屋一杯に広がりました。壁に掛けた中学のセーラー服も、額縁に飾られた小学校の卒業証書も、白く溶けます。
 まぶしくて、目の奥がじんと痛みました。
 みーくんが魔法の国に帰り、わたしは普通の女の子に戻り。
 そして――中学生になりました。

「まって……ください、乗ります……きゃっ」
 つまづいて顔を上げた時には、バスはもう発車していました。
 今日も乗れませんでした。早めに出たのに、忘れ物を取りに戻っていたせいです。
 遠ざかるバスの後ろを見ていると、魔法が使えたら――と思ってしまいます。小学校に遅刻しそうで、変身して飛んでみーくんに怒られた事もありました。
 胸が苦しくなって、ため息をつきます。
「もう魔法なんて使えないのに……変ですよね、みーくん」
 駅に向かって歩き始めます。背中のリュックが、とても重く感じました。

410 名前: 接客業(大阪府) 投稿日:2007/03/25(日) 18:25:56.38 ID:/CGjSLuA0

 小さい川沿いを歩いていると、猫の鳴き声が聞こえました。途切れなく続く声が気になって、立ち止まって探します。声は川から――流れてくるダンボール箱から聞こえていました。
 金属の柵に手をついて、少し低い位置の川を覗き込みます。開いたダンボールの中に、黒い子猫が見えました。
 わたしは慌てて魔法の首飾りを握――ろうとした手が、制服のスカーフをくしゃりと掴みます。
 肩にのしかかった重さには、現実という名前がついていました。
 子猫の鳴き声が止みません。わたしは両手で耳を塞ぎました。
 ――忘れないで、かなたは魔法少女を止めるんじゃなくて、卒業するんだって事を。
 夢で見たみーくんの言葉に、首を振ります。
 違いません。卒業も、やめるのも、一緒です。わたしがもう魔法少女じゃないことに、変わりはないから。
『じゃあ、人はどうして卒業するんだい?』
 頭に手を置かれた気がして、はっと顔をあげます。風が頬を撫でて吹き去っていきました。
「みー……くん?」
 答えるみたいに強めの風がスカートをなびかせました。中学のセーラー服、それはみーくんと出会う前と、今のわたしの違いでした。
 小学生を卒業したわたしの――。
 我にかえると、猫の声が下流に流されていました。わたしは胸の中の衝動に突き動かされるように、追いかけていました。そして走りながら、リュックを肩から外して落とすと、柵に手をついて――魔法ではなく二本の足で、飛びました。

「ま、まって……乗り、きゃあっ」
 転んだわたしを置いて、バスは遠ざかります。
 また乗れませんでした。昨日は着替えに戻ったせいで大遅刻したので、今日こそはと思ったのですが。
 立ち上がって、空を見上げます。
 羽の生えた魔法少女も、杖に跨った魔女も飛んではいませんでしたが、駆け上がれそうなくらい青く広い空でした。
「よしっ」
 リュックを背負いなおして、わたしは走り出しました。

  了



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