【 魔法が変わる時 】
ID:WL81HaXR0




399 名前: AV監督(愛知県) 投稿日:2007/03/25(日) 16:49:58.69 ID:WL81HaXR0
 渡された通知表。知らされた成績。その朱く染まった数字と課題の山にベル・ティアベルは溜息を漏らした。
「うう……眠い」 
 魔法使い最高峰の養成所であり、研究所でもある王都魔法大学の図書館で彼女は例の課題に勤しんでいた。
 しかし、ランタンに照らされた魔法文字と睨めっこを始めて数時間がすぎたのだが……。
「こんなの終わらないよー」
 喚き手足をばたつかせるベルだが、それを咎める者は誰もいない位夜は更けていた。
(ああ、なんでこんなに出来が悪いのかな私……)
 唯一の家族であるベルの兄は、数年前にこの大学を主席で、しかも新魔法を開発して卒業していった。
 それに比べて……と、ベルは常に劣等感に苛まれている。
 テーブルに肘をついてもう改めて成績票を眺めてみた。
 面白い事に、成績表は赤と黒がしっかり二分されている。筆記に関する成績は黒、実技に関する成績は赤と言った具合だ。
 試し魔法書を片手にもって呪文を唱え魔法を放ってみる。初等レベルの簡単な火球を産み出す魔法だが……。
――ポンッ!
 火球は一瞬で弾けてしまい、残るのは指先に灯した燻りだけである。
 大きな溜息と共にベルは肩を落とした。何故なら、その手中で維持もできない火球が彼女の全力なのだ。
 魔法の理(ことわり)はそれなり、いや、十分に理解している。事実、筆記の好成績もそれを物語っていた。
 しかし、いざ操るとなると、まるで自分の意志が別の意志に邪魔されるようにコントロールが上手くいかないのだ。
「もう、ココにいても仕方ないのかな……」
 これほど実技の苦手な彼女が、この魔法使いなら誰もが憧れる魔法大学に居られるのは、
恐らく飛びきり優秀だった兄のおかげだろう。ベルはいたたまれない気持で一杯だった。
(でも、兄さんに会いたいな……)
 そう、兄は消えた。いや、大学からは、魔法の極秘研究に携わる為、会うことができなくなると言われている。
 どうしたら会えるのかと聞いた時、学長は「ベル・ティアベル。君も兄と同じくらい優秀になれば、
出会う機会もあるだろう……頑張りなさいよ」とだけベルに告げた。
 その時、ベルは自分でも良い返事だと思うくらい目を輝かせて「はい! 頑張ります!」と答えたが、
現実とは上手くいかないものだ……と今更ながらに、彼女は痛感する。
 ベルは首をぶんぶん左右に振った。
「うん! 今からでも練習できる! 練習できるのよ!」
 自分に言い聞かせるように言葉を絞ると、ベルは早速自分の魔法書を持って夜中の魔法実技運動場に立った。
 雲に透けた揺らめく月と、木々を撫でる優しく温い風が。まるで自分を応援してくれるかのような音もない優しい空間。

400 名前: AV監督(愛知県) 投稿日:2007/03/25(日) 16:51:00.51 ID:WL81HaXR0
 制服である紺色のローブを整えて、しっかりと魔法を発動させるイメージを頭にたたき込む。
 左手の開いた分厚い魔法書と水平に掲げた右手。
 魔法を使う際、魔法書に書かれている文字がそのまま発動させる魔法の媒介となるため、
通常手に持って呪文を唱える。逆に、どんなに優秀な魔法使いといえど、そこに記されていない魔法は扱えない。
 つまり、魔法使いも本がなければただの人であると言える。
 そのことから、魔法使いの持つ魔法書は、定期的に更新される魔法大全の書。
 当然今ベルの左手に握られているそれも、学校で支給される最新版だ。
「舞う炎……それは蛍の如く」
――ボンッ!
 先程よりは大きな火球と爆発。調子の良い方だとベルは思う。
 もう一度と思った時、
「熱! あ……」
 魔法書が運動所にどさりと落ちた。そう、先程の魔法の火が引火したのだ。
 本来コントロール出来ている魔法でこんな事態に陥ることは滅多にない。
 それは全く持って自分の未熟さの表れに他ならなかった。
 思わず本当に零れそうになった涙を擦り、ベルは図書館に保管されているだろう魔法書を取りに行くことにした。
 儚げに辺りを照らすランタンを頼りに廊下を進み、大きな図書館の扉を開いた。
「……あれ?」
 しかし、一番目立つ魔法書の棚には、貸し出し中なのか最新版の魔法書は残されていなかった。
 棚にあったのは一つ古い魔法書より前の書々。一番最後に更新された魔法、即ち兄が開発した魔法は扱えないが、
もともと実力的にその魔法を扱う事が出来ないから彼女には最新版とさしたる差などはない。
「まあいっか」
 荘厳に並ぶ書々からそれを抜き取ると、ベルは再び運動場へと戻っていった。


 翌朝、学内警備員は運動場に倒れているベルに驚く前に、クレーターのように広がった穴に目を見開いたという。
「それで? 君がそのクレーターみたいな馬鹿でかい穴ができる位強力な魔法を放ったと……?」
 学長室でベルは縮こまっていた。そこにいるのは白髪の目立つ初老の学校長。目の細いところがどことなく優しく見える。
「はい……」
 ベルは学長の問いに素直に答えた。

401 名前: AV監督(愛知県) 投稿日:2007/03/25(日) 16:51:47.02 ID:WL81HaXR0
 そう、魔法書を取り替えて練習を再開したベルは、自分でも信じられない程の威力の魔法を放っていたのだ。
「ふむ……ではこれを魔法で治してみなさい」
 ズンッ……と、体の芯まで響くような音が部屋に轟いた。
 学長から放たれたのは、破壊力の伴う光球。その光球は学長室の壁を吹き飛ばしていた。
 ベルの言っている事が本当ならこの程度できるだろうという学長の算段だろう。事実、クレーターを作ってしまう程
強力な魔法を唱えるより、よほど難度は低いが、今までのベルでは扱えない魔法のレベルである。
 「はい」と返事をしたベルはジッと壁を睨んで、魔法書を開く。
 不思議と、ベルは出来ない気がしなかった。それどころか、簡単な事だとさえ思える。目を閉じて、手を掲げる。
「癒える傷……時間が戻っていくように」
 呪文の言葉通り、壁は見る見る修復されていった。
「おお」
 学長は感嘆の声を漏らした。以前なら魔法の魔の字程度しか扱えなかったベルが、
手違いもミスも無く魔法を完成させたのだ。驚くのにも無理はない。
「うむ。どうやら才能が開花したようだよ。これからも兄を目指して精進するが良いよ」
 暢気に笑ってベルを労う学長に、彼女は笑顔で「はい!」と答えた。


 それからというものベルは一気に大学の上位学生に位置する存在へとのし上がっていった。
 今までの魔法の実技が嘘のようだとベルは思う。まるで赤子が呼吸を覚えていくように、
彼女は魔法をどんどん吸収していった。一度、覚えてしまえば、後は全てが自然だった。
そう、どんな難度の高い魔法でも関係はない。息を吸って吐くように扱えるのだ。
 しかし、何故か最新版の魔法書だと彼女は自由に魔法を扱えなかった。
「まあ、いっか」
 ベル自身も、最新版を使わなければ問題ないと考えていたし、それよりも今は新魔法を開発して、
兄に近づく事だけを考えていた。そして卒業間際、彼女は兄と同じように新魔法を開発して卒業を迎える事となった。
「うむ、素晴らしい……これは魔法大全にプロテクト付きで載せよう」
 卒業式を終えたベルは、主席を称えられ、今こうして学長室に呼ばれて来ていた。
 学長は、その新魔法を賞賛した。
 ベルの開発した新魔法……それは、短時間ながら対象の時間を強制的に遡らせるという、ある意味強力な魔法であった。
 多用されると問題になる魔法は、学長の言った通り、許可が下りない限り扱えないような封印を施した上で、

402 名前: AV監督(愛知県) 投稿日:2007/03/25(日) 16:52:25.66 ID:WL81HaXR0
魔法書に刻まれる。
「ではこちらに来なさい」
 学長に招かれて、ベルは学長室の裏にある、部屋へと招かれた。
「ここは新しい魔法を開発した人間だけと、管理者である我々以外訪れることの出来ない場所だ」
(やっと……兄さんに近づける)
 ベルは希望に溢れんばかりの表情で、手渡された魔法書を手に取った。
「これは? なんですか?」
「最初の本だよ」
 学長は厳重に封がされた本の鍵を開けた。
 学校で支給されている魔法書は全てコレの複製版だよ。この本がオリジナルの魔法書……新しい魔法は、
例外なくそこに記載する……それが魔法学の発展であり、私、最初の本を管理する者の使命だ」
 言葉の意味がベルにはよく解らなかったが、とりあえず本をめくってみることにする。
 そこには、やはり支給されている魔法書と同じ内容が書かれていた。
 が、最後のページが白紙になっている事に気付いた瞬間、ベルの意識は途切れてしまった。
 意識が途切れる瞬間、ベルの耳に届いた学長の最後の言葉……「悪く思わないでくれ」


――ここに来てはいけない。ここから早く逃げなさい。
 擦れた声が遠くから聞こえたのは空耳でない。
「兄さん?」
 ふわふわした空間にベルは漂っていた。
(ここどこだろう?)
――ここから早く逃げなさい。
「なんで? 兄さん? やっと会えたのに……でもここはどこなの?」
――ここは本の中……早く逃げなさい。
 辺りは真っ暗で何も見えない。声だけが響いていた。
 すると……光が見えた。
――僕残っている最後の力……逃げて……。
「嫌! やだよ兄さん! 一緒に……一人は、嫌!」
 光が膨らみベルを包み出す。その白光に、ベルの意識は飲み込まれていった。

403 名前: AV監督(愛知県) 投稿日:2007/03/25(日) 16:52:58.32 ID:WL81HaXR0



「兄さん! ……本の中?」
 目が覚めた時、ベルは周りは例の学長室の裏にある隠し部屋だった。足下には、最初の本が落ちている。
「なっ! 一度本に取り込まれて戻ってくるとは……」
 そこには、驚愕に目を見開いた学長がベルを凝視している。
 ベルは一瞬で理解した。
 そしてベルは、涙で濡れた目を擦りもせずに学長に掴みかかった。
「これはどういうことなんですか! なんで兄さんが……本の中に……」
 学長は諦めたように、冷めた目で淡々と答えた。
「新魔法はこうして最初の本に刻まれる。例外は無い。それが魔法学の発展の為だよ……ベル。君が新版の魔法書で、
魔法が上手く扱えなかったのも君の兄が制御の邪魔をしていたからなのかもしれないね……この本に近づけないように」
 掴まれシワになった襟を正しながら、学長はさらに続ける。
「しかし、本から君は帰って来ることが出来た……これは新たな可能性の幕開けかもしれないな……ベル。
君は研究をしてみないかね? この最初の本の研究を。もしかしたら、この本に封印されていった
数々の偉大なる魔法使いを救い出すことが出来るかもしれない」
 ベルは学長の言葉を聞きもせずに呪文を唱えた。
「遡る刻……神の如く」
 それは、ベルの新魔法……時間を遡らせる魔法だ。対象は当然最初の本に向けられている。
 部屋に白光が満ちていった。
 そして光が収まった頃、ベルの兄がそこにいた。
 泣き顔を隠しもせずに兄の胸に飛び込むベルに、学長はやれやれと息をついた。
「なるほど……この本が彼を吸い込むまで時間を遡らせたのかな? 短時間しかできないときいていたけど……
やれやれ、肉親を想う気持は強い強い」
 学長は、苦い笑みを浮かべぽりぽりと頭を掻いた。
(はは、新しい魔法を産み出した卒業生を封印するのは終わりかも知れないな……新しい可能性もまた発展なのだから……
なあ? ベル君? 君は魔法の歴史を大きく変えるかもしれないのだよ?)
 とりあえず抱き合う兄妹に気を使い、学長は部屋を後にした……。



BACK−卒業の昼下がり ID:sSAMQ2L30  |  INDEXへ  |  NEXT−魔法少女物語 ID:/CGjSLuA0