【 卒業の昼下がり 】
ID:sSAMQ2L30




375 名前: 事情通(静岡県) 投稿日:2007/03/25(日) 15:47:32.03 ID:sSAMQ2L30
お題『卒業』
雨は大分小降りになってきて、昼下がりらしい陽光が雲から差し込みつつある。こんな日には虹の
一つや二つ神様だって出し惜しみしないで欲しいけれど、虹は現れない。手のひらを上に向けて、
雨はもう止んだかな、と思ったが、屋上の水溜りには波紋が時々見えるのでまだ止んでないらしい。
腕時計を見る。13:22。ここにいるのも今日が最後だ。明日からは皆違う人生を歩まなくてはならなくなる
。もっとも、俺達は同じ方向なんだが。
「やっぱりここにいたんだな」
首をねじって後ろを見ると、同じ部屋でこの一年過ごしてきた男が立っていた。左手に卒業証書の
入った筒を抱えて、頭には帽子。サングラスで表情は分からないが、口は笑っていた。
彼は俺の隣に並んで、
「お前も俺も行くんだよな。あそこに」
そう自問自答するようにたずねてきた。彼の目線はここから何百キロも離れたところに注がれている。
俺も同じ気分だった。テレビでは何度も見たし、俺自身行くところなのにどうも現実味を感じない。
先輩たちはもう行っているというのに。
「行くんだよ。部署は違うけどな。お前はまだいいさ、情報担当だろ。俺なんか爆工班だぜ」
彼は最初は特隊にいたのだが、途中から情報に回った。俺は入ったときから貫徹しての爆工。
友人達の中にはもう行ったやつらもいる。状況は多少優勢らしい。
「情報が無事にいられるとは限らないさ。爆工だって技術進歩で大分無人になったって聞いたぜ」
「それは規模が小さいところが目標の場合だ。実際、生身の人間がやる仕事がほとんどだよ」
テレビや新聞が報道をしなくなって久しい。九州はひどいらしく、陸戦にもちこまれたようだ。
俺と彼の行く東北はまだ楽なほうで、北方は地獄の様相らしい。俺の先輩はその北方に行き、
一個大隊規模と衝突して行方不明になった。

376 名前: 事情通(静岡県) 投稿日:2007/03/25(日) 15:47:59.92 ID:sSAMQ2L30
行方不明。戦場で行方不明なんて、笑えるじゃないか。
考えると、手が震えて、今すぐこの国を飛び出して逃げたくなる衝動が湧き上がる。
けれど、それはできない。強く手を握って、震えを抑えこむ。
「いっそのこと、化隊に行きたかったよ、俺は」
彼もまた恐怖を感じているのだろう。情報担当はどこでどういう仕事をするのか、具体的に
話したことはない。けれど安全なところなどもう無いのだ。どこいても熱燃却される可能性はある。
大陸では半径2キロもの大地が一瞬にして吹き飛んだところもあると聞いた。市街地に落とされたそれは
40万人を0.01秒くらいで天国送りにして、そこにあったすべてを無きものにした。
それをなんの悪びれも無く言い放ったあの国家主席の表情は忘れられない。これを聖戦かなにかと
勘違いしているのだ。これは単なる領土のイザコザからはじまった大戦の清算だというのに。
「化隊だって状況は変わらないよ、どの部隊だって死ぬ可能性は平等だ」
「いや、でも一つだけ決して死なない部隊がある」
「なんだよ」
「それはな、お茶汲み部隊だ。上官のお茶椀に緑茶を注ぐ。これは死にたくても死ねないだろ」
「そうだな・・・・・・・・」
「なんだよ、せっかく気を使ってやったっつーのに。ま、でも今日は卒業の日だ。今日ぐらい楽しくしたって
 神様も何もいわねーさ」
じゃあ、後でロビーにこいよと俺に言い残して彼は屋上の階段に消えていった。
今頃、同じ空の下では轟音と爆炎、飛び交う銃弾と肉片が確かに存在している。明日、もしかしたら
自分もその中の一つになるかもしれない。病院でのたうちまわることになるかもしれない。
恐ろしさは拭えない。しかし、自分はやらなくてはいけないことがある。
家族にもそう誓って、ここに入ったのだ。
決心がついて、屋上のドアノブに手をつけたとき雷のような音が聞こえてきて、上をみた。
低空で飛んでいく戦闘機の編隊が見えた。あの方向に、明日行くところがあるのか。
頑張れるだけ、頑張るさ。そう口に出して、ドアを開けた。



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