【 人類卒業 】
ID:gotSacvJ0




381 名前: 浪人生(大阪府) 投稿日:2007/03/25(日) 16:04:58.81 ID:gotSacvJ0  街が燃え盛っている。  乱立していたビルは全て中ほどから崩れていて、大地はえぐれ舗装された道路のコンクリートの更に下、赤黒い土が掘り起こされ、ガレキの山としか形容できないコンクリートの山が更に上に積み重なる。  もうもうとした煙が辺りを満たし、生き物の呼吸を阻害する。  コンクリートで固められた、水の無い川の上に傾いた橋、そのまた上で人影が一つだけ惑っている。  人を完全に模したロボットすらも作成される昨今において、遠目から見た人影を人間だと断定する事は危うくなっている。  人なのか、ロボットなのかわからない。  人影は随分遠くから飛んできたハイウェイチューブの残骸を踏み越え、苦しそうに一歩一歩前進する。杖を持っている。  怪我をしているのかもしれない。危なっかしい歩き方を考えれば、足が折れてる事は想像に容易い。  その様を誰かが見ても、それがロボットで無いと言い切ることは出来やしない。  政府お墨付きの完全人型ロボット頭部に埋め込まれた電子脳には、苦痛表現回路が入っている。  ロボットは苦しそうに呼吸するフリをし、蛋白質と対ウイルス白血球を化合させて作った赤い血液を流し、骨格回路の損傷度に合わせてぎこちなく歩く事が出来る。  ロボットはアナログな世界において、完全に人間のマネをすることに成功している。  その電子脳の中身がどうであれ、外見からは人間とロボットを見分ける事が出来ない。  人間を人間たらしめることができるのは、もう心の問題を追求した時だけになった。  折れてしまって、それでも尚高い電波等の更に向こう側、分厚すぎる雲が地上の抑圧された感情を宇宙に逃がさないように、空を覆っている。  その雲は雷をその身に孕んで蒼く光り、宇宙から照り付ける強烈な赤を透かして、紫色の世界を作り上げる。  透かしてくるのは太陽の赤ではない、断じて。  それは、自然の赤には思えない。血のように赤いわけではなく、命を与えるはつらつとした赤でもない無機質な赤色だ。  そしてその赤は次第に強くなり、やがては雲を割って地上にその身をさらけ出す。  赤い光は異常なまでの高温を帯び、はっきりとした力で分厚い雲を雲の子の様に散らしながら、重力に惹かれて大地を目指し、高温は空間をかき乱す。  質量にして百トン単位の気体分子が一気に蹴散らされ、空の雲だけでは無く地上の物体を根こそぎ巻き上げる。  二十階から上を失った高層ビルが、ハイウェイチューブの残骸が、干上がった川を覆っていたコンクリートが、道路の下の赤黒い土と雑草が持ち上げられて宙を舞う。  力が辺りをかき乱した次の瞬間には、誰の目にも橋と一緒に飛ばされただろう人影の姿を見つけることは出来ない。  人影がロボットだったならもう機能は停止しているだろう。人だったならすでに死んでいるだろう。どちらにしたところで同じことかもしれないが。  とにかく、傷を負った人影が結局ロボットだったのか、人間だったのかを確かめる事はもう出来ようハズも無い。  外部カメラを切断する直前に、録画した映像を引っ張ってきた。  カメラを切断して、ただ一本、研究所の天辺に聳え立ったアンテナ以外での外部との接触を断った後に、ラヌはその映像を見る。  その光景はラヌにとっては十分に想定の範囲内のもので、今更驚く事も無く、彼はため息をつくばかりだ。  そろそろ通信があるハズだ。彼、或いは彼女は十日前にはっきりと、今ラヌのいるこの研究所に通信を寄越すと言った。 382 名前: 浪人生(大阪府) 投稿日:2007/03/25(日) 16:05:31.03 ID:gotSacvJ0  ラヌがその通信を待つ必要なんて小指の先程も無いが、待ってはいけないと言うわけでもない。  国際会議で取り決められた手筈通りの事をすれば、待っても待たなくても何の問題も無い。  今ラヌが通信を待っているのは、彼自身の趣味がそうさせるからだ。  ただ、通信の相手が面食らってるのを見てやりたい。  その相手は今、地球を攻撃してきている何者かだ。  明らかに地球の持てる兵器の領域を、遥かに逸脱した攻撃を仕掛けて来る何者かは、十日前からこの「攻撃」を予告していた。  敵は十日前研究所へ直接送りつけられた通信にて、水星を蒸発させて見せて、圧倒的な力を地球人に知らしめ、地球を明け渡す旨を要求した。  そして今日までの十日は、猶予期間だと敵は言った。十日経てば、地球に攻め入って星の主としての地位から地球人を引き下ろすと言った。  それまでに降伏するのか、徹底抗戦の構えを取るのか、それとも何も出来ずに立ち尽くすのか。  それは自由だと言ってその通信は切れた。  地球が、地球から太陽系中に飛び火した人類が持てる力ではない、圧倒的な力が敵が異星人である事を証明し、その事実をあげつらって大騒ぎした。  しかし、大部分の人間はそんな事には見向きもしない。  大昔から絵本やマンガで繰り返されてきた異星人の侵略、あまりにも浮世離れした現実にほとんどの人間は対応できなかった。  そして極一部の人間は打開策を考え出して見せた。それは地球が壊されてしまえば抵抗も出来ない策ではあったが、敵は地球そのものを求めている。ならば敵は策を破れない。  一から考え出したワケではなく、予め予定されてた計画の応用でしかなかったが。  とにかく、十日の内にその打開策のほとんどのプロセスは決行された。後は最後の詰めを残すのみだ。  ラヌがいるのは研究所のモニター室の一つ。  大規模エアレーザーフィールド保持機と、通信機器が一通り揃っている。  電源消費を削る為に証明はカットされており、部屋は薄暗い。エアレーザーフィールドの薄い明かりだけが部屋を照らしている。  そしてエアレーザーフィールドの前には五つの椅子が並んでいる。その一つにはラヌが座っていて、残りの四つには白衣の研究員が座っている。  その研究員達は例外なく力を失い、椅子にだらりともたれかかっている。重そうな体重を全て椅子に投げ出して、瞳孔を開いている。  まともには見えやしない。開きっぱなしの口から涎が流れ出し、据わらない首が頭を様々な方向に投げている。  研究員の後頭部には例外無く、カーボン製の固定具で縁取りされた大きな穴が開いている。穴の向こうには何も見えず、ただただ思考の闇が続いている。  エアレーザーフィールドの薄明かりが映し出す砂嵐がモニター室をギザギザに切り取って、ノイズの量は許容量を超えている。  椅子に座ったまま、砂嵐の乱れるエアレーザーフィールドを、ラヌは腕を組んで見つめ続ける。  今か今かと、ただただ待ち続ける。張り詰めた空気が、呼吸を邪魔する。  そんな時だ。  突然ノイズが無音に遮られ、砂嵐が白に遮られる。フィールド左下に通信待機中の文字。  受信、感度良好、コネクト完了。長距離通信モードオン。  またも画面が砂嵐に彩られる。ただ、ノイズの音は漏れ出さない。音量はクリーンで、通信状態に問題は無いとフィールドも言っている。 383 名前: 浪人生(大阪府) 投稿日:2007/03/25(日) 16:06:01.84 ID:gotSacvJ0  画像処理に手が加えられているのだろう。姿を消し、神秘性でも見せつけようというのか。 『……私だ。十日前の通信の内容にも基づき、地球に攻撃を仕掛けた。返答を要求する』  十日前と同じ感覚があった。十日前も同じ感覚があった。  ただ、一方的に押し付けて、相手の意思を計算に入れようともしない口調。  神経を逆撫でするような調子にイライラし、起こる事が目的で無い事を思って理性で締め付ける。  大体、もう襲撃への対策は済まされているのだ。  ラヌも参加した計画により、人類としてはすでに敵を出し抜いた。  そういう事実が出来ているのだから、ラヌはイライラする必要なんて無かった。 『返答を求む。抗戦か、降伏か、それともやられるだけなのか』  敵の攻撃が人類全体を対象としたものならば、人類の勝利は最早揺るがない。  もう、敵を怖がらなければいけないことは無い。  人類が行くと決めた道は敵の出した三つの選択肢の中のどれでもない。そう思えば、選択肢を挙げつらう敵の姿は滑稽にすら思える。  口の端が歪む。敵が哀れにも思える。 「その前に聞きたい。何故あなたは地球を攻撃した?」  すぐに返答が来たわけではなかった。  コレは宇宙への通信だと、アンテナがフィールドを介して言っている。宇宙への通信だとすれば、光の速さで一秒以上の場所に相手がいる場合だってあるだろう。  この沈黙は、相手が返答をしないから起っているわけではないのかもしれない。  早鐘のように鳴り響く心臓が再びの静寂を破り捨てて、ラヌの額に脂汗が浮かぶ。  相手を滑稽だと思える心の余裕は、すぐに磨り減ってしまう。 『それは、私が言っていい事ではないのだが』  返答までの時間はきっかり四秒。この返答は、地球十五週分も離れた場所からのものなのかもしれない。 『そこにいるのはあなただけか?』 「ああ、そうだ」  一、二、三、四。 『口外はしないと誓って聞いてもらいたい。そちらの返答を待っていては、会話が円滑に行われないので、説明はすぐに開始させてもらう。  私はあなた方も想像する通り、太陽系の外からやって来ている。私は今回の作戦の責任者であり、この作戦の決行を決めたのは私個人ではない。  私は、我々は何世紀も前からあなたたちを観察しているものだ。細かい動向は省こう。我々は我々以外の知的生命体を捜し求め、宇宙を彷徨った末にあなた方を見つけた。  我々はその日からあなた方が我々と対等に話し合えるほどまで進化するのを待ち続けており、つい最近あなた方は、取り決められた基準の最低条件に達した。  しかし、問題はあった。あなた方はその地球を破壊しすぎている。環境を破壊し続け、同様の行いを他星系においても続け、資源を浪費し尽くそうとしている。  我々はこの問題についての対策として、我々自身の手での地球の状況改善、もしくは我々の手により人類の数を調整する事を決めた』 384 名前: 浪人生(大阪府) 投稿日:2007/03/25(日) 16:06:34.48 ID:gotSacvJ0  聞いている内に開き始めた口がやがては閉まらなくなる。  これはまるで神にでもなったかのような振る舞いではないか。  相手の意思を推し量ろうともせず、自身の優位に物を言わせて、勝手に人の住処を弄ろうと言う。  三秒経って、四秒経った。これ以上は続かないだろうと判断し、ラヌは呆れ顔で言葉を紡ぐ。 「なるほど、わかる話だ。……つまりあなた方は私たちの導き手であろうと、教師であろうとしたわけだ」  エアレーザーフィールド手前に置きっぱなしになっていた電極を右手で握り、左手で後頭部を探る。 「約束通り、答えを返しましょう。私達は、抗戦も降伏もしません。ですがやられるばかりのつもりも無い」  左手がお目当ての物を探り出す。それは後頭部に開いた穴を塞ぐ為のキャップだ。  左に回してキャップを外し、カーボンで縁取りされた穴を剥き出しにし、右手で電極を掲げる。四秒待った。 『……それは一体どういう事だ?』  防衛機能を穴の周辺に張っているとは言え、そこに開いている穴は脳に直通している穴だ。  あまり長い時間剥き出しにしておくのは危ない。つい早口になる。 「あなた達は電脳化と言うのをご存知ですか?」  また四秒。  空気中の何が脳に悪影響を及ぼすかわからない。長距離通信がこうまでじれったいと思ったことは無かった。  脂汗の量が多くなり、歯がガチガチ鳴り出して、足が少しずつ震えだす。 『はい。しかしそれは私達の技術では実現されてはいない。  私たちが外宇宙探査を始めた段階で、やっとその単語が生まれた。  あなた方程の技術レベルでその単語を知っていると言う事は、あなた達は私たちよりも電――』  どうせ返答が来るまでは四秒待たなければならないのだし、どんな返答が来ても自分が次に言う事は同じなのだと決めている。言葉が終わるまでに言う。 「あなたには、見えていますか。私の周囲にある死体の山が何かわかりますか」 『――の技術が発達していると言う事。我々とは違うのだから、当然そのような、死体? そこには死体があるのか?』 「そうですよ」 『一体何で死体があるとあなたはいうのか?』  左手で握っていたカーボンのキャップを投げ捨てる。左腕を広げる。 「ここにいる研究員達は既に完璧な電脳化を果たしている。  地球の地下深くに埋め込まれた、チューブの道と一万枚のタングステンに守られた住居の中に彼らはいるハズだ。  脳を介してネットワークと繋がるのでなく、脳の中身を完全にネットワークサーバーに移して」 『そちらの映像は私に届いていない。一体どうなっているのか詳細な状況説明を』  右で握り締めた電極を掲げる 385 名前: 浪人生(大阪府) 投稿日:2007/03/25(日) 16:07:14.24 ID:gotSacvJ0 「私も今から電脳に完全に身を投じる。あなた方が導こうとした人類ではなくなり、肉体と言うアナログを脱ぎ捨てる」 『完璧な電脳化を行う技術力がありながら他の道を思いつけなかったのか? ネットワークサーバーはどこに』  会話に生まれるタイムラグが、双方の会話を噛み合わないものにしていく。遅れた話題にしがみつく相手を、ラヌはもう見ていない。  また、口の端が吊り上がる。話に着いて来れていない相手が哀れだ。ざまあみろ。俺は人間をやめるぞ宇宙人め。 『地下? 地下にあなた達は』 「もう人類ではなくなる! あなた達から私達は卒業しない。私達は人類を卒業して新たな分類の生命体になる」  右手を振り下ろす。電極が頭に埋め込まれて、間接的な百の手段を講じて、アナログの情報体をデジタルの中にコピーしていく。 『アナログを脱ぎ捨てて一体どうなるとあなた方は言うのか。それであなた方は生きていると言える? それは生き物の進むべき道ではない』  コピー完了まで四秒かからない。次に過剰な量のバグデータを脳内に流しこむ。  脳は直接打ち込まれた情報の渦に何の抵抗も出来ず、限界を超え、片端から発狂して機能を失っていく。 『一体どのような手段を講じている、……私たちが導こうとした方向がより良い方向であると言うのにあなた達はなにを』  もう、ラヌには聞こえていない。先程までラヌであった抜け殻は、瞳孔を開き、全身の筋肉を弛緩させ、涎を撒き散らしながら崩れ落ちる。 『あなた達は卒業しなければならない。私たちと対等に話し合えるだけの存在が、新たな分類の? 訳が解らない。私は』  声を聞いている者はもういない。薄暗い部屋の中、エアレーザーフィールドが展開されている。何者かがそれを通して喋り続けている。  今、生の人間が一人完全なデジタルに身を投じた。  一体どんなデータになって彷徨っているのか誰にもわからない事だが、ロボットを制御するAIよりずっと複雑であろう事は誰にも想像がつく。  古来より、人間は肉体を持って生きてきた。肉体とは実体を持ち、ずっと続いていくもの、つまるところはアナログなのだ。  しかし、データ群はそうはいかない。断続的で修復可能なデジタルである。  それはアナログな生命体にとって、全くイレギュラーな事態で、古今一切例の無い事だ。  電脳化を実行した本人にしか、電脳化が成功したかどうかはわからない。  話は変わるが、人間と人間型ロボットは昨今の状況において、外見で見分ける事は出来ない。  しかしもし電脳化が成功したとするならば、人とそうでないものの違いは電脳化した人間たちには、手に取るようにわかる事となっているであろう。  人間型ロボットと見分けがつかないのが人間だ。当然、人間を真似ているのだから。  電脳化した生き物たちは、ロボットとは違う。そうなのだから、彼らは既に人間ではないのだろう。  人間で無くなったのなら、彼らは何か別のものになったのだ。それは、人間を超えた一つのものとしての始まりを迎えたと言う事になる。 『あなた達は、我々の導きによって幼年期を脱し、我々と対等に話し合える力を――』  部屋はがらんどうだ。生きてるものはそこにはいない。  人類はの歴史は終わり、彼らの幼年期はもう始まっているのかもしれない。しかしやはりそれを確かめる術もどこにも無い。


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