【 変な少女の手のひらの上 】
◆InwGZIAUcs




254 名前: ◆InwGZIAUcs 投稿日:07/03/18 23:15:33 ID:mOuXfqy5
 教室のスピーカーから、授業の終わりを告げる鐘の音が響き渡った。
遊び盛りの小学生、健太にとってその福音は、本当の意味での一日の始まりを告げる合図なのかもしれない。
 当然今日のように暑い夏の日は、日も高く遊ぶにはもってこいである。
「おい健太、帰ろうぜ」
「ああ」
 健太に声を掛けたのはランドセルを肩にかけるピンと伸びた短髪がよく似合う少年。大親友の正樹だった。
 その時、教室から出て行く二人を横目で見ている少女が一人……そして彼女はそっとその場を後にした。


 校門をくぐり抜けた頃、正樹が思い出したように切り出した。
「そうそう、俺この前秘密基地にぴったりの場所見つけたんだよ」
 健太も喜んで頷いた。
「おうおう、どんなんだ?」
「屋敷? っていうのかな? ほら、三丁目の角を右に曲がった草のぼーぼー生えてるところにある――」
「西洋館ね」
「そうそう西洋か……うおっ!」
 正樹がギョッとしたのも無理はない。突然誰かが正樹と健太の間に、後ろから割って入ってきたのだ。
 「西洋館ね」と答えたのはクラスメイトの女の子、夕子だった。
「お、お前なんだよ急に……」
 滅多に人と話さない彼女が突然話しかけてきたのにも、二人は驚いていた。
「あなた達その洋館へ行くつもりなの?」
「あ、ああ」
「お前には関係ないだろ!」
 なんとなく答えた健太とぶっきらぼうに言い放つ正樹。夕子は冷めた目と、年不相応の微笑で一蹴した。
「止めておきなさい。あそこは危ない場所よ? 化け物とか……まあ、勇気も頭も足らないあなた達は、
そこら辺の段ボールでおままごとでもしていなさい」
 クスッと笑う夕子。二人は背筋に寒さを感じながら、精一杯強がった。
「ふん! そんな知らねーよ」
「ああ、化け物なんていないだろ……常識的に考えて……」
「フフ、楽しみね」

255 名前: ◆InwGZIAUcs 投稿日:07/03/18 23:16:04 ID:mOuXfqy5
 そんな二人を尻目に、夕子は優雅に髪をなびかせ彼らの前を去っていった。
「何が言いたいんだあいつ」
「さあ……てか楽しみってなんだよ」
 暑さで揺らめく夕子の背が、なんとなく幽霊に見えなくもなかった。


 夕子が去った後、いまいちテンションが上がらない健太と正樹はそれでもその洋館を目指して歩いていた。
「なあ」
 正樹はちょっと照れくさそうに健太に問いかけた。
「夕子ってさ……何者だろうな?」
「ああ、そうだな……とりあえず変なヤツだな」
 夕子はどんな子かと健太は頭の中で整理する。
(物静かな、あまり誰とも話さない女の子。ただ、結構可愛い……とは思う)
「なんか最近やたら目が合うんだけど、何なんだろうな」
 ぼやいた健太に、正樹が目を丸くした。
「お前もかよ! 俺も最近あいつと良く目が合うんだよ……ほんと何なんだろう?」
 物静かな、どこか不思議な印象を持つ少女。さっきは、初めての会話なのに突然話しかけてきたり(しかも毒舌で)、
行動がさっぱり理解出来ない健太と正樹。首を傾げど答えは出ず。
 眉をひそめながら歩いていると、二人は鬱蒼と茂る草々で視界が遮られてしまうような一画に差し掛かった。
 背伸びをしてみると、確かに奥の方、建物がひっそりと佇んでいる。
「おお! 正樹よくあんな建物に気がついたな」
「だろ? こんな場所絶対人なんかこないぜ」
 少し幅のある獣道を探して二人は洋館を目指し歩き始めた。
 途中拾った棒きれで武装する二人。なんだかんだ言って、夕子の言葉が気になっているようだ。
「備えあればなんとかかんとかだろ!」
「憂いなし……じゃなかったけか?」
 そんな他愛もない会話もそこそこに、彼らは洋館の入り口へと辿り着いた。
 目の前の洋館は、廃屋と言って差し支えない……なんて事はなく、意外と小綺麗な佇まいをしていた。
灯りこそ点いていないようだが、日の高い今、窓から差し込む日差しで建物の中は程々に明るいだろう。
 扉が空いていた事に不信感を抱きながらも、健太と正樹は洋館の中へと入っていった。

256 名前: ◆InwGZIAUcs 投稿日:07/03/18 23:16:47 ID:mOuXfqy5
「ちょっと不気味だな」
「まあ、これくらいスリルがなきゃつまらないぜ」
 強気な正樹が棒を素振りしながら言い放つ。

「ほう。これはこれは、頼もしい少年ですな」 

 突然の声。玄関の小拾い空間から階段で続いている室内バルコニーの上に、いつの間にか一人の紳士が立っていた。
 シルクハットを目深に被った老紳士だ。しかし、暗さでその表情までは伺うことが出来ない。
「ようこそ我が館へいらっしゃた。是非この私の館を十分堪能していって下されよ?」
 そう言って老紳士は後ろへと下がり暗闇に消えてしまう。
「す、住んでる人がいたのか……」
「あ、ああ。帰った方が良くないか?」
――ガン!
 何かのぶつかる大音が響きわたると同時に、入り口から差し込んでいた光も閉ざされた。
 慌てて振り返った二人が見たものは、固く閉ざされた扉だった。
 次いで、すぐ脇にあった扉が開き、頭の天辺からつま先まで甲冑を纏った騎士が現れた。
「「……」」
 お互い固まったまま、数秒。そして唐突に騎士が動き出す。
「うわああああああ!」
「おい! なんだこりゃあああ!」 
 全力で二階に続く室内バルコニーを駆け上がる二人の後を、騎士は追いかけた。
 がっしゃんがっしゃんやかましい音が二人の後を追い続けること一、二分。唐突に健太は腕を捕まれた。
「うおおおお!」「健太!」
「こっちよ!」
 聞き覚えのある声に二人は引き込まれ、転がり込むように脇の部屋へと避難する。
「夕子?」
 健太が疑わしげに問いかけると、そこには目を細め相変わらず冷めた微笑を浮かべる夕子がいた。
「何でお前がココにいるんだ」
 小声で凄む正樹に、夕子はデコピンをして黙らせる。
「あなた達が心配だったのよ……全くあれほど近寄るなと言ったのに……」

257 名前: ◆InwGZIAUcs 投稿日:07/03/18 23:17:17 ID:mOuXfqy5
「いや、だってなあ……」
 デコおさえて蹲っている正樹の代わりに、健太が答える。
 廊下の方から、数が増えた騎士の歩く足音がやたらと響いてくる。
「フゥ……。時間もないわね」
「いい? この廊下を真っ直ぐ行って階段を降りること。そこにこの洋館の裏口があるわ。そこからお逃げなさい」
「夕子は?」
「女の子一人置いてけるか!」
 やはり小声で凄む正樹に、夕子はもう一度デコピンをする。
「私は大丈夫よ。それより、裏口は恐らくさっきあなた達に挨拶をしていた老紳士が立ちふさがっているはず……」
「ちょっと待ってくれ! 何なんだよこの館は?」
 またもや蹲っている正樹に代わりに、健太が問いかける。
「化け物の館よ。そんなことより、老紳士を突破する方法を教えるからよくお聞きなさい」
 彼女曰く、さっきの老紳士は大きな音とプレッシャーに弱いらしい。
「要するに大きな声を上げながら、この木の棒を振り回して突撃すれば良いって事か?」
「そういうこと」
「だけどよ、廊下の鎧お化けはどうするんだ?」
 フゥ、と溜息をついた夕子があきれ顔で口を開いた。
「私が抑えておくわよ。それよりも、裏口から出たらさっさと帰ってちょうだい……
足手まといのあなた達を守るのも骨が折れるのだから」
「なっ! お前の方がどう考えても足手まといだろうが!」
 今度は大声で凄んだ正樹に、本日三度目のデコピンが炸裂する。同時に、夕子は立ち上がった。
「さあ行くわよ。 準備は良いかしら?」
 健太も涙目の正樹をなだめ立ち上がる。
「なんかよくわからないけど、ここは夕子に任せよう」
「ちぇ」
 そう言って頷く健太と正樹に満足した夕子はクスリと笑ってドアを開いた。
 すると、彷徨っていた騎士が一斉に三人に向ってくる。
「フッ!」
 夕子の空気を吐く音が聞こえた。それと同時に蚊を払うような夕子の腕が騎士の前方の空を切る。
 すると、見えない何かに押されるよう騎士達は後ろに転げていった。

258 名前: ◆InwGZIAUcs 投稿日:07/03/18 23:17:36 ID:mOuXfqy5
「今のうちに早くお行きなさい!」
 唖然とする二人を睨んだ彼女。二人は一斉に飛び出した。
「いくぞ正樹! うあああああああああああああああ!」
「お。おう! うおおおおおおおおおおおおおお!」
 叫びながら走りだす少年の背を見て、夕子はクスリと笑みを漏らした。

 
「夕子まだかな……」
 夕子の言葉通り、大声と勢いで老紳士を退け裏口の扉から飛び出した二人は、
置いてきてしまった彼女を館の前で待っていた。
「なんか……格好良かったな夕子のやつ……」
 健太が呟くと、正樹もうんうんと首を縦に振る。
 まるで狐につままれたような出来事だったと健太は思う。
 二人は、中に戻る勇気もなくその場に佇む。表札に書かれた、夕子の名字の門を背に……。  


 館の窓からは、夕子が出てくるのを待っている二人の姿が見えていた。
 窓際に座ってそれを眺める夕子。そして、シルクハットを被った老紳士……彼女にとっては専属の執事が跪いていた。
「これでよかったのですかお嬢様?」
「ありがとう爺。転んで貰った鎧の人たちも大丈夫かしら?」
「怪我人はいませんが、肉体的、あと精神的に疲れた使用人が多数いますな」
「そう? あとでお礼を言っておいてちょうだい」
「……お嬢様、これは一体どの様な意味のイベントだったのですか?」
「あら? 私に思いを寄ている(だろう)二人と急接近するためのイベントですわ。これで彼らはこんな不思議な私の事が気になって仕方のないはずよ……フフ、きっとそのうち私を取り合って争うのでしょうねあの二人……クスクス」
 うっとりとした夕子の目付きに執事はぞっとしながらも、呻きを漏らした。
「お嬢様の趣味にも困ったものです……」
 夕子は少女とは思えぬ微笑で、跪いている執事の額にデコピンをする。そして立ち上がると、
下でもんもんと彼女を待っているだろう二人を迎えに行くことにした……。
 <終>



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