【 キツネのダンスも夢うつつ 】
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643 名前: うどん屋(滋賀県) 投稿日:2007/03/18(日) 23:04:24.60 ID:rh0fbLY10
 風に打たれながらぼうっと座り込んでいた。
地面に置いていた手が草原でチクチクして、
気持ちいいなあ。田舎で素敵だな。
 どうしてここにいる事が問題では無くて、
ここで安らいでいることが美しい。
 ふわあと大きく伸びをして、
細目で遠くの海を見つめていた。

 なあ、僕どうしてここにいるのだろう?
 遠くに見える、海の波の音が聞こえるほど閑静で。
なんだか幻想的だなと感じていた。
 そう思う僕はロマンチストだ。
 ふと目に入る白く小さな西洋館。
さっきから視界にあったはずだが、
何故だか急に興味が湧き出した。
 それまでは景色の一部でしか無かったのに、
僕に会いたいと訴えかけてくる。
 よいしょ、と腰をあげてそれに向かって歩き出した。


645 名前: うどん屋(滋賀県) 投稿日:2007/03/18(日) 23:05:08.40 ID:rh0fbLY10
 丘の上の西洋館は見かけよりも小さく、
空の色の屋根、雲の壁。綺麗。
 中に入りたくて、壁を掻き毟った。叩いた。
グルリと一周すると膝の高さほどの入り口があった。
 ノックしても返事は無い。施錠はしていなかった。
僕はしゃがんで、体を縮めてお邪魔します。
 周囲がぼやけて頭痛がした。
誰かがいらっしゃい、と声をかけた。

 中は快適な温度で何故か天井が遠かった。
酷い違和感があるほど広く、甘い香りもした。
「おや、客人とは珍しい」
 ちょこちょこ目の前に二足歩行のキツネが現れた。
僕は一瞬目を丸くしたが、冒険心が疼いた。
「折角の機会です。皆を呼びましょう」
 彼がコーンと一声あげると、
どこからともかくわらわらとキツネが集まった。
「何かお食べになります?」
「いや、馬の糞に興味は無いなあ」
「クフフ、面白いご冗談を」
 賑やかな音楽が流れてきた。
何事かと尋ねるとニッコリ微笑んで、
「今宵のダンスパーティです。ゲストは貴方」
 踊れますか? と聞かれた。
子供扱いされているようで腹が立ったが、
「喜んで、ムッシュ」
軽快なステップでホールに躍り出た。

662 名前: うどん屋(滋賀県) 投稿日:2007/03/18(日) 23:21:57.92 ID:rh0fbLY10
 廻りめく音の中、
キツネ達と一緒にダンスを嗜む。
これほど神秘的な事があるだろうか。
 しかし時間が経つにつれ不思議になってくる。
どうして僕はこんなところにいるのだろうか。
「もうそろそろおいとましようと思うのですが……」
「おやおや、それは残念。ですがしばらくお待ちください。会わせたい方がいるのです」
 彼が振り向くと、後ろに綺麗な女性が立っていた。
彼女は目に涙を浮かべて、
「会いたかった……」
 そう僕に抱きついてきた。
胸が高鳴りながらも、肩を抱き尋ねる。
「申し訳ないのですが、どちら様でしたか」
 そういうと、彼女はハッとして一瞬寂しそうな顔を見せた。
すぐに頭を振って、右手を差し出す。
「踊ってくれますか?」
 急に優しい音楽に変わり、周りのキツネ達は消えていた。
慣れない足つきでふらふらとステップを踏む。
 二人だけの世界。
「僕達は何処で会いましたか? 美智子さん」
「いずれ出会います。必ず、おそらく」
 それまで此処でお待ちしています。
彼女はそう言いかすれていく。
 代わりに、目の前には始めのキツネが立っていた。
「いつでもお出で下さいませ、思い出の館に」

663 名前: うどん屋(滋賀県) 投稿日:2007/03/18(日) 23:23:12.82 ID:rh0fbLY10
――車のブレーキ音がした。
 野原で寝転がる洋平の元へ、一人の女性が駆けていく。
「お爺ちゃん! こんな所にいたのね」
 洋平は皺くちゃになった目を擦り尋ねた。
「美智子さんかね?」
「何言ってるの? 義母さんはもういないのに……」
 洋平が辺りを見渡しても、視界には緑しか入らなかった。
「昔はあんなに気丈だったのに、徘徊だなんて」
 信じられないといった風で、女性は唇を噛んでいた。
うとましいといった風に洋平を睨みつけて。
「母さんの死がショックだったんだろう。
親父も痴呆が進んだから記憶なんて何一つ残っていないだろうな」
 車の中から、また一人男が出てきた。
「母さんの名前が出て来ただけでも驚きものさ」
 洋平は何も無い遠くの丘を見つめがら、息子に抱えられて車の中に押し込まれた。
「何見てるんだ親父?」
 その質問には答えない。だが、
「もうこんな事しないでよね」
 そう言われると、消えそうなかすれ声で言った。

 また来るよ。
「え、今何か言った?」
女性が尋ねたが、洋平は既に眠っていた。
 車は近くの老人ホームに向かい走る。
 どこかでキツネの鳴く声がした。

                  (了)



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