【 キミは死んではいけない 】
◆DzHpA/9hyM




622 名前: 巡査長(京都府) 投稿日:2007/03/18(日) 21:46:20.89 ID:1e1hJNoO0
 対人事故だろうか。その曲がり角には大勢に人だかりと救急車があった。僕はそれを横
目で見てふと昔のことを思い出していた。
 ――嫌なものを見ちゃったな。
 僕は腕時計を見て約束に時間に遅れそうなのに気づくと、小走りで目的の場所へ急いだ。
 その日僕は、比奈ととある洋館で待ち合わせをしていた。
 比奈というのは僕の昔からの幼馴染だ。よく冒険ごっこと称して、人のいない民家や、荒廃した病院などに行っては幽霊を探し回った。一度だって遭遇したことはないけど。
 立ち入り禁止の柵をくぐり抜けると、洋館の正面門に比奈の姿を見つけた。
 僕は手を振りながら比奈の元へと走った。
「こういう所に来ると昔を思い出すね」
 比奈は少し手を上げて挨拶した、そのあと僕のほうを見てにこっと笑った。
「よく二人で冒険ごっこをしたね。ほんとにいろんな所を」
 そう言ってから比奈は大きな玄関のドアを押し開けた。
 ドアが開くと少し埃が舞った。赤いカーペットに大きな広間。大きな窓がたくさんつい
てるせいか、部屋の中はやけに明るい。雲の巣があちこちに張っていて、どうやら人はい
ないみたいだ。
 比奈は目の前の、大きく長い階段の上で跳ねて僕を呼んでいる。
 とりあえず僕らはその階段を上って二階に行くことにした。
 途中にある踊り場から階段は左右に別れていた。僕は迷わず左に進むことにした。
「ね、私がこういうところによく来たがるのって何でか知ってる?」
 比奈は横目で僕に語りかけた。
「私がね。小さな頃、お爺ちゃんが死んだんだ。すごく泣いた。お爺ちゃんっ子だったも
ん。それでちょうどその時見てたテレビの影響なのかな。死んだ人は幽霊になって、どこ
か人のいない建物とかに住んでるんだって、そう信じてた。それでその人の家族や友人が
死んで幽霊になってそこに訪れるまで、ずーっと待ってるの。――だから私はお爺ちゃん
探しに、あなたを誘っていろんな所を回ることにしたってわけ」
 そういって彼女は笑った。今日はやけにお喋りだな。
 そしてやはり、未だに比奈のお爺ちゃんは見つかっていない。
 僕ら二人の仲はかなり古い。まだ大人の恋愛すらも知らない年からの付き合いだ。だか

624 名前: 巡査長(京都府) 投稿日:2007/03/18(日) 21:48:43.70 ID:1e1hJNoO0
だからいまだに友達の仲を越えられないでいた。その事に僕は特に不満もなかったし、
そういうものだと思ってる。
 階段を上りきってドアを開けると長い廊下に出た。その瞬間、奥にあるドアが閉まった。
比奈は視線を僕の顔に移し、嬉しそうに言った。
「ここって、もしかしてほんとに幽霊がいるのかな?」
 ドアを開けたときの気圧の変化で閉まったのだろう。
 そう考えてるうちに比奈はそのドアに向かって走り出していた。僕はため息をついて歩
いて追いかけた。
 勢いよくドアを開けた比奈はそのあと、そのまま固まって動かなくなった。まるで部屋
の中にいる何かに驚いているように。
 僕は異変に気づきすぐそこへ駆けつけ部屋の中を覗いた。でもそこは埃だらけのただの
書斎だった。 
 固まったまま比奈は言った。
「今――。たっくんがいた……」
 書斎を見回してみたが特に何もない。人がいた形跡もない
 たっくん、とは。僕と比奈の共通の友達。タクミのことだ。彼とは中学校の入学式で出
会い、それから僕たちの冒険に参加するようになった。タクミと比奈は仲がよかった。話
を聞いてみると二人は両思いだったのだけど、その間を詰める事はとうとうできなかった。
 高校一年生の時、部活の帰りだった。小さな路地の曲がり角でいきなり突っ込んできた
トラックに押しつぶされたのだ。
 僕はすぐ救急車を呼び病院まで一緒についていった。でももはや手遅れで医者から正式
に死を宣告されてしまった。僕は病院の公衆電話で比奈に連絡することにした。
 最初は僕の悪い冗談だと思ったらしく比奈は笑っていたが、僕の態度を見るうちに本当
だとわかったのか、やがて無口になってそのまま電話が切れてしまった。
 異変を感じた僕は病院を抜けて、彼女の住むマンションへ駆けつけた。比奈の家のイン
ターホンを何度鳴らしても誰も出てこない。僕はもしかしてと思って屋上に向かった。
 僕の予感は的中した。
 比奈は屋上の端ぎりぎり、今にも落ちそうなところでしゃがみ込んでいた。
 僕は走って駆け寄り、落ちないように肩を支えた。

625 名前: 巡査長(京都府) 投稿日:2007/03/18(日) 21:50:17.89 ID:1e1hJNoO0
「キミは死んではいけない」
 僕がそういうと比奈は泣きはらした顔で僕を見た。
「もし死ぬのなら。タクミのせいだ。タクミのせいになってしまう。それって最悪だ」
 比奈はゆっくり頷いた。声にもならないようでそのまま俯いた。
「ちゃんと供養してあげよう? 可哀想じゃないか」
 そのあと僕は比奈を部屋まで誘導して、その日はそのまま帰ることにした。
 葬式にも参加して、毎年彼の墓に訪れることも忘れてはいない。
 いまさらタクミが何の用だろうか。僕が昔のことを思い出してしまったからか?

「たっくんに呼ばれているの?」
 そういって比奈は部屋に視線を戻した。そんな事はないだろう。いまさらだ。
「たっくん。消える前に下を指差してた。一階に何かあるのかも」
 二人は階段を戻って書斎の下にある場所に移動することにした。
 そこは食堂になっていた。中央に細長い大きなテーブルがあり椅子が数十個並べててある。
「あ、あそこ!」
 比奈が指をさした。そこには間違いなくタクミの姿がある。
 僕が気づいたことを確認してからタクミは手招きをして、奥の階段を下りていった。
 僕が歩き出すと比奈は叫んだ。
「待って!」
 振り向くとそこには震える比奈の姿があった。
「嫌だ。行きたくない。帰ろう?」
 ここで帰るわけには行かない。僕はタクミに会わなくちゃいけない。
 僕は比奈の忠告を無視して階段へ向かった。比奈は一人が怖いのか無言でついてきた。
 階段の下を覗くと下の階は広くなっていて一つだけドアがあった。そこにタクミはいた。
 僕は一段抜かしで階段を駆け下りてタクミの前に立った。
 タクミは僕ら二人を見て微笑んだ。僕はその笑顔に不気味さを覚えて、比奈を守ろうと
手を広げ後ろへ一歩下がった。
 その時。比奈の体が僕をすり抜けて前に出た。

626 名前: 巡査長(京都府) 投稿日:2007/03/18(日) 21:51:13.11 ID:1e1hJNoO0
 驚く二人の姿を見たタクミは、ゆっくりとそのドアを開けた。その向こうは完全な闇だ
った。どこか異界へつながるようにも見えた。
 僕は比奈の手を掴もうとした。でもやはり、すり抜けてしまう。まるで実体がないよう
だった。何度手を伸ばしても霧のように触れない。
 はっとした。
 僕がここに来る途中に見た対人事故。あれの被害者は誰だったのか。
 もしや、まさか――。
「お別れなの?」
 比奈は血の気の引いた顔で、僕を見て震えた。タクミは人形のようにその場所にいた。
「いやだよ、私。ねえ、ねえってば!」
 比奈はやがて目から大きなしずくを零した。
「ねぇ! 何でさっきから何も言わないの? 最後くらい何とか言ってよ。ずっとそうだ
よ。ここに来てからずっと。ずっとあなた喋ってない!」
 比奈が叫ぶように言った。
 僕は喉に手をやった。それを見ていたタクミが突然、僕の手を掴む。
 タクミの手はちゃんと実感があって、僕の腕を力強く握っていた。
 やっと記憶が鮮明になってきた。
 救急車に運び込まれたのは。あの時事故で死んでしまったのは。
 僕だった。
「――ねぇ。行っちゃうの? 二人ともいなくなったら私生きていけない」
 比奈の声は嗚咽交じりで聞き取りにくかった。
タクミが僕の手を力強く引っ張る。闇の向こうへ連れて行く気らしい。死人の世界だろ
うか。まぁそれもいい。
 比奈の涙まみれの顔を見た僕は、やっと最後に口を開いた。
「キミは死んではいけない」



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