【 ミステリーの舞台 】
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614 名前: 日本語教師(長野県) 投稿日:2007/03/18(日) 21:36:48.75 ID:hYq1ntMB0
 この古びた洋館で事件は起こった。
 俺の古くからの親友であり、また弁護士仲間である岸田が
何者かによって殺害されたのだ。発見したのは俺で、夕食の時間に
なっても降りてこないので、不振に思って岸田の部屋に
行ったところ、既に冷たくなっている彼を発見した。
 岸田の腹部にはナイフが刺さっており、ほぼ即死だったと思われる。
 
 今、この洋館に泊まっているのは岸田を除くと俺を含め七人。
 全員がある有名人に招待された客であった。
 警察を呼ぼうと考えたが、それは無理であることに気付いた。
 昨日から降り続いている大雨で、この館と外とを繋ぐ唯一の
道路が、土砂崩れによって封鎖されてしまっているからだ。
 さらに何故か電話も繋がらず、事実上完全に外界と遮断された
状態にある。 
 まさに典型的なミステリーの舞台になるような場所で、本当に
ミステリーのような事件が発生したのだ。

615 名前: 日本語教師(長野県) 投稿日:2007/03/18(日) 21:37:23.34 ID:hYq1ntMB0
 俺がロビーで他の六人に岸田の事を伝えると、皆青ざめた顔をして
押し黙ってしまった。場の空気に耐えられなかったのか、一人の男が
「警察……」と言おうとして、また黙ってしまった。
 
「……彼は、つまりここにいる誰かに殺されたのね」
 沈黙の封を切るように、中年の女性が恐る恐る発言した。
「そういうことになるな」
 初老の男性がそれに同意する。
 確かにその通りだ。この洋館には俺らを含め、誰もいるはずがない。
 岸田が自殺でもしない限り、犯人はこの中に潜んでいるというのは
誰が見ても明らかだ。
 再び静寂が訪れる。
 しかし、俺達はそれぞれ自分以外の全員に対し疑惑の目を向けている。

「もう耐えられないわ。私は自分の部屋に戻るからね」
 若い女がそう言って自分の部屋に帰ろうとした。
「待ってください!」
 俺は慌てて制止した。
「言いにくいのですが、犯人はまだ人を殺す可能性があります。
だから、我々はここに留まっているのが一番だと思うのです」
 女はため息をついて天井を見上げた。
「でも殺人犯と一緒にいろと?」
「仕方ありません。大変言いにくいのですが、これがミステリー小説ですと
次に部屋に戻ったあなたが狙われることになります」
「馬鹿馬鹿しいわね。じゃあここで救助が来るまで待っていろと?」
「そうです。明日には嵐は止むでしょう。そうすれば調達の人間が土砂を被った
道路を発見するでしょう。救助にもそんなに時間はかかりません」

616 名前: 日本語教師(長野県) 投稿日:2007/03/18(日) 21:38:02.07 ID:hYq1ntMB0
「しかし、やはり不安だ。これから皆、眠りに入るのだろう。その時に
襲われないとは言えないのではないか」
 俺と同じ位の年齢に見える男が発言した。
「確かにその通りです。ですので見張り役を付けましょう」
「犯人が見張り役だったら?」
「見張り役は三人ほど付けたらどうでしょうか。さらに、今この場で
全員武器となるような物を所持していない事を確認させてもらいます」
 俺は全員の持ち物を検査し、凶器を所持していないことを確認した。
「まて、あなたはどうなんだ」
 男が不審そうに言ってきた。
「はい、どうぞご自由に」
 俺は一通り調べられたが、当然凶器など持っているはずがない。
「全員がこの場にいる限り、これ以上の悲劇は起こるはずもありません」
こうして我々の「篭城」は始まった。

 夜中の十二時を過ぎたが、誰もが不安な気持ちなのか苛立ちを見せていた。
 殺人犯が隣にいるかもしれないのだ、それは当たり前だろう。しかし、最良の
防御策はここに全員でいることだ。
 それにしても犯人は誰なのだろうか。
 岸田は生前、相当金に汚い弁護士であった。
 恨みを買う理由などいくつでもある。
 そして、実は俺も彼と一緒に悪事を働いたことがある。
 岸田が悔恨によって殺されたとするならば、俺も間違いなく危険な状況にある。
 この防御策は何より、自分を守るためのものなのだ。

 あれからどれくらいの時間が過ぎただろうか。
 見張り役以外は寝てよいことになっているが、誰も眠ろうとしない。
 これは自然なことだろう。むしろ、この状況で眠れる人間の方が
どうにかしている。

617 名前: 日本語教師(長野県) 投稿日:2007/03/18(日) 21:38:38.68 ID:hYq1ntMB0
「岸田さんが刺されたナイフ、あれってこの館に最初からあったものじゃあ
ないのかな」
 男がぽつりと呟いた。
「いいえ。この館にはあのようなものは一切、置いてありません」
 館の主である男が答えた。
「もし、犯人がこの先再び誰かを殺そうとしているのならば、
別の凶器を隠し持っていることにならないでしょうか」
「それで?」
「探すんですよ。全員の部屋に行って持ち物を調べれば分かることです」
「でも、それってプライバシーの侵害よね」
 女が不満そうに言った。
「じゃあこのまま、殺人犯と過ごすのとどちらがいいです?」
「……」
 俺もこの男の考えに賛成だ。
 早く犯人を見つけ、拘束しなければ俺自身が危ない。
「じゃあ全員で行動しましょう。誰が犯人か分かりませんからね」
 俺は念を入れるように言った。

 全員が一人ずつの部屋を調べ始めた。
 異様な光景だが、被害が出ないためには当然の行動だろう。
 ミステリー小説の主人公達は好き勝手行動し、そして死んでいく。
 実際はそんな事が起こるはずがないのだ。人間は基本的に慎重で、
そして身の安全を第一に考える。現実はミステリーとは違うのだ。
「次はあなたの部屋ですがよろしいですか?」
 順番で俺の番が来たようだ。
 特に隠すことなどあるはずもない。俺はこの場においては極めて一般的な
人間だ。
「ええどうぞ」
 俺は部屋の扉を空け、最初に中に入った。

618 名前: 日本語教師(長野県) 投稿日:2007/03/18(日) 21:39:25.86 ID:hYq1ntMB0
 その時であった。
 俺の喉元に急激な力が加わってきたのだ。
「なっ……!」
 俺は混乱した。ロープか何かの感触があった。
 間違いなく何者かが俺を殺しにかかっている。
 そして、そいつは全員の前で堂々と。
 普通なら周りの連中が止めに入るはずだ。
 しかし、その気配は全くない。
 そうなると可能性は一つしかない。

 俺は床に押し倒され、そして首を絞める力はさらに強くなっていった。
 俺の首を締めているのは、全員の部屋を調べることを提案した男であった。
「……岸田とあんたのせいで、我々は一生消えることのない傷を負った。
これ以上は言わなくても分かるだろう」
 それを聞いて俺は確信した。
 犯人は俺以外の全員だったのだ。
「慎重を期してお前の部屋で殺そうと考えていたんで最初少し戸惑ったが、
詰めが甘かったようだな。我々がわざわざ洋館でお前を殺そうと
思った理由はただ一つ」
 後ろからは微かな笑い声が聞こえる。
「それは捕まらないためだよ」
 意識が遠のいていく。

「岸田を殺したのはお前で、その後我々によって問い詰められた
お前は部屋に逃げ込み自殺をした。まぁ、この辺は何とでも言えるからな」
 確かに全員が証言をすればよほどの事が無い限り、警察は彼らを疑わないだろう。
 その証言を裏付ける証拠も好きに作れる。
「なぜこんな容疑者が限定されるような場所で殺人を犯すのか、それを考えれば
お前は助かったのかもしれないな。現実はミステリーとは違うのだよ」



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